本格始動と新年 Ⅱ´

 かつてアストの部下だった2人、一花司令とフローレンスがどうして今の立場になったのか簡潔に話を聞いた。


 "フローレンス・N・ウールウォード"はアルキオネから異動後、1年もしないうちに宇宙連合軍を辞職。ケプラー第2大学へ入学し理学系研究科 地球外生物科学専攻 博士課程修了した後、この会社を設立したという。


 一方、16年前は"九条一花"であった彼女の苗字は、家庭の都合で現在は母の旧姓である春夏秋冬ひととせを名乗っている様だ。

 いつの間に宇宙連合軍中将にまで上り詰めたのかを聞くと、ドヤ顔で「誰かさんと違って目立つように努力した結果です」と鼻高に言う。


 まさか元部下の2人が、宇宙連合軍中将と企業の代表になっているとは思わなかった。あの時から16年経つと人はここまで変わるのか……恐ろしい



 一花司令が「本来アスト艦長が司令官になっててくれてもよかったのになぁ」と、愚痴をワザと聞こえる様に言い、ジト目で見詰める。


「うんうん、アストならまだしも、九一くいちの傘下って言われるとなんだかしゃくね」とフローレンスが揶揄からかう。


 対して一花は両手を腰に当て言い返す。

しゃくですって!?私の部隊がフロルの作った機体を使ってあげるのだから感謝しなさいよ!」


「アーハイハイ、ワカリマシタヨ」


「何その言い方!ムカつく!」


「アスト!九一くいちにもっと注意して!」

「アスト艦長!フロルを叱って!」


 2人が揃ってアストへ詰め寄る。


 あ……この2人、立場以外なんも変わってないわ。


 アストも やれやれ と頭を振りながら額に手を当て、少し間があった後に3人とも耐え切れず笑った。


「あははは!アストなんにも変わってないね!」

「でしょ?ホント、昔に戻ったみたい」

 

「そりゃこっちのセリフだ」



 このやり取りでなんとなくあった一花司令へのわだかまりは消え、フローレンスには今の部下たちを紹介し、彼女たちも今後別の部隊へ異動することを伝える。


「そうなのね……私もアストの元を去る時は悲しかったわ。だけど、今みたいに巡り巡ってまた集まれた。だからあなた達も自分の納得する道を選びなさい。そうすればいつかまた巡り会える日が来るわ」


「そうだな、一花司令とフローレンスはエクスィーとヴィナミスの初代パイロットでもあるし、お前らとは何かと縁が――」


「「えぇ?!」」

 遮る様にリリアとアーシアが驚く。

 

「それ、もっと早く言って下さいよ!」

「その時の話を詳しく聞かせて下さい」


 と今度はこっちの2人が揃ってアストへ詰め寄る。


 娘の様に見えてたリリアとアーシアがあの2人の前だと孫の様にも見えて、何だか面白い。


 その様子を見ていたソフィアが「みんなこどもみたい」と呟くと途端に全員がお姉さんぶり始め、ようやく場が落ち着いた。


 一花司令が咳払いをし、仕切り直す。

 

「それじゃ、アスト艦長。サクラメント・エレクトロニクスの皆様へご挨拶をお願いします」


 急にそう来る?何も考えてなかったよ……まぁ、いつも通り名乗ればいいか



「完全独立部隊アサナトス 第1部隊 アルテミス級 5番艦 アルキオネ。艦長の天音アストだ。よろしく頼む」



 大勢のサクラメントの女性社員がアストの淡白な挨拶に何故か尊敬の眼差しで拍手を送りつつ、何かをコソコソ話し合っているが響き渡る拍手のお陰で何も聞こえない。


 そんな中「……え?終わり?」と一花司令は不満げに問う。


「他に言う事ないだろ?」


「もっと武勇伝とかそう言うの語らないと、天音アストの凄さが分からないじゃない!例えば――」と早口で語り始めた。


 そんな一花司令を他所にフローレンスは端末に通信が入ったのか、何度かやり取りをした後「えぇ、問題ないわ」と言い通信を切ると、大勢の部下達へ指示を出す。


「皆んなご苦労様!丁度空いてるここへ、"ブラックロータス"を格納させるわ!各自今日は上がっていいわよ!」


 ブラック、ロータス?格納するってことは兵器か何かの識別名の様だが……


 アストが言葉の意味を推測していると、綺麗に並んでいた数百人の女性達は一斉に足早に帰り始めた――かと思った。


 何故か我先にとアストの前へ列を成し、握手を求め、一人一人名乗っていく。

 

 な、なんだこりゃ?!どうなってるんだ?!


 アストは訳も分からず差し出される か細い手と挨拶に「ど、どうも」と返事し握手をすると皆「キャー」と歓喜の声を上げる。十数人と握手を交わした所でフローレンスが吠えた。


「あーはいはい!!散った散った!!皆んなさっさと帰る!!」


「えー代表のケチ!」

「次私の番だったのにぃ!」

「フローレンス博士ばかりズルいです!」

「もう業務外なので自由じゃないですか!」


 ワーワーとブーイングの嵐が起こる。


「あなた達は折角早上がりなのに……そんなに残業したいんだ?」


 その一言でブーイングが一瞬で静まり口を揃えて「失礼します」と、皆アストへ手を振りフローレンスから逃げるように帰っていく。


 フローレンスはため息をつき、アストへ伝える。「皆んな、熱狂的なあなたのファンよ」


 ふぁん?…… fanってこと?


「人気になるようなことをした覚えは一切ないんだが」


「えっと……私が書いた本の主役のモデルがアストなの。それが結構人気で……なんかごめんね」


「なるほど……」


 まぁ、女性から人気になる分には悪い気はしないが、なんか周囲からの視線が痛い。


「リリアさん、なんか面白くないですね」

「私はなんか疲れた」

「アストにんき」

「肖像権の侵害!」


「実在する個人・団体等とは一切関係ありません」


 いや、モデルにするならまず俺に一言 言おうね


 

 突然、格納庫前のブザーが鳴る。



「来たわね。みんなも見に来て」とフローレンスが格納庫の外へ向かうので、着いていく。



 格納庫から出ると、フローレンスが薄暗いコロニーの夜空を見上げる。


 アストもその視線の先を見るが何も見えない。


 フローレンスが「あそこ!」と指で示す。その夜空に紛れた"それ"は徐々にこちらへ近づいて来ている。


 アストは漆黒の機体の輪郭を捉え、その姿に驚愕する。


「あれは……あの時の?!」

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