本格始動と新年 Ⅲ

 アストの前に再び漆黒の花が咲くと、徐々にその速度を落とし始めた。


「黒いスイレン」


 アストがそう呟くとフローレンスは微笑む。


 着陸地点ライトの横に設置されている防塵用のスプリンクラーが自動的に作動し水が噴射される。


 着陸体勢をとるため咲き誇った花弁状の装甲が左右へ展開すると内部のDrive Dollドライヴドールに似た人型兵器が露出した。

 花弁の翼1枚1枚が細かく操作され、着陸地点へ機体を優しく着地させようと近づいてくる。

 

 眺めている7人へダウンウォッシュのような強い風が吹き、着陸地点に撒かれた水が細かく舞い上がり肌に当たるとアスト以外の女性陣は髪が乱れぬように抑えた。


 漆黒の機体は立膝をつき無事に着陸を成功させると、着陸時の風と駆動音が徐々に小さくなっていく。


 まだロールアウトして間もない機体なのは間違いない。傷の無いボディと翼の光沢感が洗練された機体構造と相まって一際その美しさを昇華させている。


「綺麗だな。それにいい腕だ」

 

 アストが呟くとフローレンスが近づく。


「でしょ?でもね、あれは睡蓮スイレンじゃない。イメージはハスよ」


「ハス?何か違うのか?」


「まぁ、植物的な話だとしても全く別物ね。気になるなら後で調べてみて」


「へぇ……ハスか」(分かってない)



 コックピット周りの外部装甲が開き、搭乗者が補助乗降設備を使わず。結構な高さから飛び降りると平然と歩き、ヘルメットを外しながらこちらへ歩いてくる。


 ソフィアと同じくらいの背丈、女の子か?


 ヘルメットを外し脇に抱えると彼女はその長い髪を手でサラリと払う、そしてアストとフローレンスの前に立ち止まり、敬礼する。


「ブラックロータスの宇宙連合軍正式採用試験。無事、完了致しました」


 見覚えのある容姿と、あの時咄嗟に聞こえた『――まだ沈んでない』という音声通信と同じ声にアストは機体以上に驚いた。


「君は……!?」


 模擬戦に参加していた3人も驚く、リリアと最後に戦う予定だったあの銀髪の少女だ。


「紹介するわ。彼女はヴェルル・デ=グロート。あの機体、ブラックロータスの正式パイロットよ」


「正式?つまりあの時操縦していたのは……」


「天音アスト大佐。お目に掛かることができて、光栄です。お話はマスターから色々と伺っております」


 色々?


「……そうか、あの時は本当に助かったよ。ありがとう」


 アストは右手を差し出し握手を求める。

 少し戸惑ったのかヴェルルは一度、握った手を胸に当て、ゆっくりと握手に応じた。


 可憐な細い手だ。


 この小さな手に俺たちは救われたのか……


 握った手先を見詰め、握手にしては少し長い間握り続けていると、彼女の手が少しピクッっと動きアストは我に返り手を放す。


「――す、すまない!改めて感謝するよ……えっと」


「ヴェルル・デ=グロートです。アルキオネ配属後、少尉となります。グランドマスター」


 グランドマスター??なんだろう、この子も一癖ありそうな子だな……ってアルキオネに配属!?


 アストは隣にいるフローレンスへ視線を送ると彼女は何やらニヤニヤと悪い顔をしている。


九一くいちが言ったでしょ?私達はアサナトスの傘下になるって、だからヴェルルはあなたの部下よ。よろしくねグランドマスター天音」


 変な呼び方はお前の入れ知恵か!


 アストは項垂れ溜息を吐く。


 ヴェルルはきょとんとした表情で首を少し傾け、赤い瞳でアストとフローレンスのやり取りを不思議そうに見詰めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る