再会と新世代 Ⅰ

北暦290年 

ケプラー日時 12月5日 10:30

第2超巨大コロニー グリーゼ 宇宙軍工廠 第8ドック



 初の部隊会合から特に任務は発令されず、2日が経った。現在は待機が続き、一花司令も汚部屋が片付いて、「これで勢いにのれるわ!」 的なことを言っていたが、音沙汰がない。相変わらず他の艦隊からの引き抜きは不発に終わっているようだ。

 


 せっかく時間があるので、1週間程の休暇をクルー全員に交代制で取らせ、連戦続きのアルキオネもグリーゼ 宇宙軍工廠で隅から隅まで綺麗さっぱり整備してもらっている。内部の整備点検まで全て任せているが、時間をしっかり掛けてここまで整備されるのはいつ以来だろうか。


 休暇をもらっても特にやることがない俺は、8番ドックの休憩室から整備されるアルキオネの様子をボーっと眺めていた。


 23年か……そりゃお前もこうなるよなぁ


 戦艦の至る所に微小隕石やデブリによる凹み、ENIMエニムとの戦闘による傷があちこちに見受けられる。


 ほんと、ジジィみたいだ……

 

 差し入れで貰った名も知らないメーカーのコーヒーをちまちま飲み、整備中のアルキオネの全貌を眺める。


 普段は平たい潜水艦の様な凹凸の少ない形状のアルキオネは、甲板の整備のために全て主砲や砲座が展開され刺々しい外見になっている。両舷には中部から前部にかけてDD発艦用の長いリニアカタパルトが見え。そして特に目を引くのが大型ENIMエニムの攻撃さえ物ともしない特殊装甲で覆われた傷だらけの船首周り。


 目立たないようにやってきて、これだもんなぁ……



 背後で自動ドアの開く音がした。ここのスタッフか誰かが入ってきたのだろう。

 

「天音少尉!」と不意に呼ばれ、振り返ると年老いたドワーフみたいな技術士官がこちらへ近づいてくる。


 俺のことを少尉と呼び、背が低く、いかつい髭を生やした男は彼しかいない。


「えぇ?!――ダニエル軍曹!?お久しぶりです!」明らかに当時より老けてはいたが懐かしい顔を見て自然と握手を求めた。それに対し「久しいな!元気そうで良かったわい!」と握手に応じてくれる。


「軍曹こそ!お元気そうで!――いつからグリーゼへ?」


「20年は経ったかのぉ?グリーゼの建造に携わってな。そのままここで戦艦整備に明け暮れとるわい」

 

 ダニエル・オイラー軍曹。俺がアルキオネの艦長になる前は、同じ戦艦のクルーだった。


「U275B-AR-5 アルテミス級 DD搭載強襲揚陸艦 5番艦 アルキオネ……この歳で再びアルテミス級を整備できる日が来るとは、いやはや良い年末年始になりそうじゃ」


 彼の言い回しの通り、アルテミス級は建造された数が少なく珍しい戦艦だ。数多の戦艦を整備していてもなかなか遭遇できないのだろう。




 北暦179年、DDが製造されるようになり、宇宙連合軍初のDD搭載艦として設計され、幾多の戦闘で大きな戦果を挙げ、反撃の狼煙を上げた伝説の宇宙戦艦――

 

 U180B-AR-1 DD搭載 強襲揚陸艦 アルテミス

 

 以降アルテミス級は、時代の節目節目に、あるいは新たな技術が生み出される度にそれらに対応した最先端技術の試験運用戦艦として設計、建造されるようになった。

 

 

 そんなアルテミス級は俺の知っている限りでは、8番艦まで建造されている。


    

2番艦 マイア 

 アルテミスで不要だった機能を完全廃止、適切化を図った大幅改装艦


3番艦 エレクトラ 

 DD発艦用リニアカタパルト及び、戦艦用の新型の対ENIMエニム武装を搭載した運用試験艦

 

4番艦 タイゲタ

 ENIMエニムの生体データや、DD製造メーカーに捉われないあらゆるDDを搭載可能に改装。特殊光子武装の等の運用試験艦


5番艦 アルキオネ 

 戦況に応じた各種DD専用ギアコンテナの搭載。DD搭載数増加によるDD発艦用リニアカタパルトを両舷及び中央へ採用した多目的試験艦


6番艦 ケラエノ

 有用だった戦況にに応じた各種DD専用ギアコンテナの拡張、Namedネームドが持つ特殊な力を再現し搭載した特殊武装試験艦

 

7番艦 アステローペ

 北暦290今年に建造されたばかりの最新アルテミス級。詳細を見ていないのでどういう性能をしているのかは不明


8番艦 メローペ

 数年前から建造中で、北暦300年に完成予定とされている。

 


 アルテミス級が現状、何隻生き残っているのか、俺は知らない。知っているとすればネームシップであるアルテミスは、既に撃沈している。

 

 ダニエル軍曹は「いつ見ても……美しい船だ」と呟き、子供の様に瞳を輝かせアルキオネを見つめていた。


 人によっては、こうも見る眼が変わるのか……ジジィみたいとか言ってごめんな


「こんなにも長く戦い続けられて、"奴"もさぞ喜んでるじゃろぉて」


「えぇ……そうだと嬉しいです」


 ダニエル軍曹は少し寂しそうな表情を見せる。二人きりの休憩室はしんみりとした空気になった。


「外傷ばかりで、ここまで綺麗に運用されてしまっては整備のし甲斐は、あまりないがのぉ」と続け、先程の表情を誤魔化す様に ガハハハッ と嬉しそうに笑った。


 俺もそれに合わせて あはは と自然と愛想笑いをする。


 

 その後も談笑を続けていると、何やら休憩室前の廊下が騒がしくなる。騒音の原因は休憩室の自動ドアの前まで来ると、ぞろぞろと中へ5人ほど入ってきた。


「多分この辺で整備してるらしいぜ」

「噂だろ?本当にあるのかよ~?」

「嘘だったら今度DDの整備はお前だからなー!」


 と悪びれた様子もなく話し続けている。


「これこれ。訓練生はここへは立ち入り禁止じゃぞ」とダニエル軍曹が優しく注意をする。


 あぁ入港時に軍事演習をしてた連中か、一花司令も演習を満了する訓練生をスカウトしたがっていたな……


「は?――俺を誰だと思っている?エースパイロットのエリオット・フェリックス・マッカートニーだぞ!」


 えぇ……そういうセリフを本気で言う奴って、本当にいるんだ……





 俺とダニエル軍曹の感動の再会は自称エースパイロットの訓練生によって見事に撃墜されるのであった。

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