僕だけの物語

勿忘

僕だけの物語

 僕には物書きの知り合いがいた。


 中学2年生の冬、SNSで彼と出会った。

 彼は僕より1つ年上で、お互い中学生だった。

 僕の精神が崩れ、地獄のような日々を送っていた頃、1つの物語をネットで見つけた。

 その物語は、その時の僕を救った。

 僕の悩み、口に出すと、どうでも良くなるようなくだらない悩み。声に出すと価値が下がるような、そんな価値の低い物に悩まされ、死にたくなっている自分が惨めで誰にも相談はできなかった。

 普通の人は、相談して、悩みが軽くなって、相手に感謝して前に進むのだと思う。

 だが、僕は違った。

 自分の悩みがくだらないなんてことはあってほしくなかった。

 つまらないプライドだ。

 そして、そのプライドを守ってくれたのが彼の物語だった。

 彼の綴る物語は、少年少女が悩んで、苦しんで、踠きながら生きていくものだった。悩みがわかりやすく綴られているわけではない。細かくリアルな文章で、ひとつひとつの言葉に意味があるようの感じられた。最後には必ずハッピーエンド、なんてことはなく、中途半端に終わるものもあった。もしかしたら、大衆ウケはしないのかもしれない。

 でも僕には彼等の生きる上での障害物がよくわかった。彼等はまるで僕を模倣してるかのようだったから。それでも彼等が悩む姿は美しく、尊く、儚いものだった。僕と同じはずなのにどうしてだろう。不思議だ。彼の綴る物語の1つになりたいと思った。

 そこから僕はその物語を綴る彼に興味を持ち、SNSで関わるようになった。彼自身も、この世界に生きづらさを感じていたようだ。僕自身は物語を書けなかったため、ファンという形で関わっていた。

 そして、僕は高校2年生、彼は高校3年生になった。

 僕は、前よりは良くなった気がするが、相変わらずくだらないものに悩まされ、その度に彼の物語に救われていた。彼も同様、物語を書き続けていた。

 そして、冬になった。

 高校3年生は受験期だが、なんとか推薦が通ったようで、投稿頻度は変わらず、という感じだった。

 でも最近、彼の物語はつまらなく感じた。

 いや、正確に言えば、面白くなった。学生の恋愛、部活などをテーマにした青春物語。数年前まで固定読者は片手で数えられる程度だったが、今では、投稿するとすぐに評価がつけられ多くの人に読まれていた。確かに、彼の文章力はずっと素晴らしいものだった。その上、内容も面白くなったのだから人気が出るのは必然的なこと。

 彼は最近SNSでも意気揚々とし、楽しそうだった。

 だけど僕にはつまらなかった。何故だろう。

 そして、はじめて彼が作業配信のような形で、声を出して話をした。その時、彼は言った。

「最近は、色んな人が読んでくださり本当に嬉しく感じます。だいぶ昔から書いてはいたのですが、まあ少し前まで思春期でして、たいして面白くないものを書いていたのでね。」

 なんてことない言葉だ。

 でも、僕には裏切られたような心地がした。

 彼は、過去の彼自身の作品を馬鹿にした。ふつうのことだ。人間誰しも、謙遜の意味も含め、過去の自分を下げることはあるだろう。何がおかしい。何もおかしくない。わかっている。でも、彼にだけはそれを言ってほしくなかった。僕の過去も馬鹿にされた気がした。

「思春期」

 この言葉にどれだけ僕は苦しめられたか。この言葉のせいで、親にはまともに話を聞いてもらえず、学校だって勇気を出して休みたいと申し出たが思春期だからこんなんになっちゃうのね、なんて言われた。寂しかった。苦しかった。誰にも受け入れられない自分が惨めで仕方なかった。

 そんな自分を救ってくれたのが彼だったのにね。

 勿論知っているよ。

 こんなのは僕のエゴでしかない。

 こんなもので彼を縛りつけてはいけない。

 でも、彼の物語に縋ってきた僕の人生は、無駄だったとは思わないよ。

 過去に囚われ生き続ける僕と、過去を切り離した君。


 僕は、配信画面を閉じた。






 





 それから10数年の時が経った。

 今日はある小説のサイン会に来ていた。その小説は、高校生の女の子二人が、認められない世界でお互いを愛し合う物語だ。結局そっちにいくのかよ、と少し笑ってしまう。

 さあ、そろそろ僕の番が来る。

 本を差し出した。

 先生がサインを書いている間に言ってみた。

「いやあ、あれからあまり本は読んでなかったのですが、あまりにもこの本が流行るものだから試しに読んでみたわけです。そしたらすぐに気が付きましたよ。あなたの作品だってね。癖が全く変わっていない。でもまさか百合に走るとは。確かに百合作品好きって良く言ってましたけどとうとう自分で書くとは面白い。これからも昔みたいに読みますよ。たまにね。」

 一方的に言ってやった。少し喋りすぎた。

 目の前にいる先生はポカンと口を開け、後ろに並んでいる人は遅いとでも言うようにわかりやすく片方の眉毛を下げている。

 そして、よくわからないまま先生がサインを書き終えた本をとって、笑ってその場を去った。

 

 何を言っているかわからないという顔は滑稽だったな。きっと僕のことなど彼は覚えていないのだろう。

 

 でも、別にいい。


 もう今の僕は、彼の物語の1つではない。


 僕は、僕の物語を生きているのだから。

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僕だけの物語 勿忘 @wasurena_gusa

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