受け継がれていく銀の花弁よ

「はっ、はっ……」


 ズオンと、巨大な漆黒の体が地面に倒れこむ。首を失った体は、力が抜けた糸人形のようにあっさりと倒れてしまった。


「やった、やったぞ!勇者様が、魔王を倒してくれたぞ!」


 しばらく、息を切らしてその場に突っ立ていた勇者は、その言葉にはっとした。それと同時に、わっ、と人々の歓声が王国の城下町を包み込んだ。


「勇者様、ばんざい!勇者様、ばんざーい!」


 共に戦っていた王国兵の仲間の一人が、そう大声を上げると、周囲にいた仲間たちも皆一斉に声を上げ始める。

 空から、まるで平和の訪れを祝うかのように、雲で覆われた空から光の筋が差し込んだ。いつのまにか雨も止んでいて、火事による焦げた木のにおいが鼻をくすぐった。


「終わった、の?」


 勇者が呆然としながら、町の崩れた噴水に横たわった魔王の死骸を見て、呟いた。

 目を擦って、頬をつねってみるが、目の前の光景は変わらない。倒れた魔王が動き出すことは、もうなかった。


「ああ、終わったんだ」


 幼いころから一緒に戦ってくれた仲間が、喜びを孕んだ、けれどそっとその事実を確かめるかのように勇者の隣で静かに言った。


 勇者はその言葉を聞き、はは、と疲れ果てた笑い声をもらす。


「長かったね」


 そして、ただその一言をこぼした。


「ああ、本当に長い戦いだった」


 正直、まだ信じられない。あの魔王が自分の手によって倒されることになるなんて、想像もしなかったことだから。

 この魔王を倒すという史実に刻み込まれるであろう偉業を成し遂げた勇者が、実は幼いころは田舎の牧場で静かに暮らしていたなんて言ったら、皆びっくりするに違いない。

 ひょっとすると、誰も信じてもらえないかもしれない。


 そんなことを思っていると、町に住んでいた普段から交流のある人たちが、勇者を取り囲んだ。そして、感謝の言葉を投げかける。


「勇者様、ありがとう!」

「勇者様、息子を助けていただいて、本当にありがとうございました……‼」

「私たちの町を守ってくれてありがとう」

「ありがとなあ勇者さん、おかげでうちの4代続いた店も無事壊されんで済みました」

「勇者様、めっちゃカッコよかったよ!」


 ある人は笑みを浮かべながら、ある人は涙で顔をぐしょぐしょにしながら、皆口々に勇者への感謝を述べた。

 今までそんな経験がなかった勇者はどぎまぎしつつも、笑みを浮かべてそれに応じた。


 そんな様子を見ていた仲間は「さすが、勇者だよ」と小さく呟いた。そして、「勇者さんや」と声をかけた。


「?」


 声をかけられた勇者は、隣に目を向けた。


「200年前からの念願が、ようやく叶った。ほんとうに─────」



 ありがとう。



 次の瞬間、パリン、と何かが砕け散った音がした。そして目の前で、銀色の花弁が舞い踊った。


 そして、それは天高く舞い上がっていき、空から差し込んだ光に照らされて、まるで昼間の空を彩るよう星のように、美しく照り輝く。ああ、まるで、あの日見た満天の星空のようではないか。勇者は、それを見て、心の中が懐かしさと、寂しさで満たされていく。


「あ、見て見て!お星さま、お星さまがいっぱいだよ。きれいだね!」


 母親に抱かれた小さな子供が、空に指をさした。


 勇者は頬を流れる一筋の涙をぬぐって、微笑みを浮かべる。そして改めて空を見上げた。


「私こそ、いろいろ教えてくれてありがとう」


 昼間の空に銀色に輝き続ける星々に誰にも聞こえないような小さな声で、彼女は「あの人」に向かって、そう告げた。


勇者の右手には刃を失った「勇者の剣」が、銀色の星々が流れ星となって地に落ちていくまで、ずっと握られていたのだった。



 ~fin~









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

受け継がれていく銀の花弁よ 香屋ユウリ @Kaya_yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ