遥か彼方
あれから少し時間が経った。正直もう会うことはないと思ってたシクメ君はあれから大学内で声をかけてくれるようになり、インスタのダイレクトメッセージも送ってくれて友達のような関係になれた。
課題や教授への愚痴で盛り上がったり、どの授業を取るのが一番楽かなんてことも教えてくれた。今まで経験したことなかった大学生らしい日常を僕は楽しいと感じ始めていた。
カノジョの事は片時も忘れていなかったが、失恋の悲しみは少しづつ消えていっていると感じられる。
そんなある日、僕は大学の授業が終わりシクメ君とも一頻り喋ってから別れた。いつも通る住宅に囲まれたアスファルトの道を歩きながら考える。カノジョは一体どこへ行ったのだろうか。ここ数週間ずっと考えてはいたが未だ答えは導きだせない。
一応交際していた僕へも何も言うことなく消えてしまったのだ。何か問題にでも巻き込まれているのだろうか。でもだとしたら最後のあの意味深な言葉は何だろう。別れようと面と向かって言えないから遠回しに伝えたのだろうか。いや、でもカノジョは僕に対して気を遣うような人ではなかった。それは恐らくない。でも、そうか。考えてみれば何も言わずに姿を消すのは少しカノジョらしいとは思った。
カノジョはたまに言っていた。
「私達っていつか何も言わずに消えそうだよね」
あの時はカノジョの言う事に同意していたから深いことは考えていなかったが、今思うとあの言葉にも何か意味があったんじゃないかと思ってしまう。
あぁ、いつもこうだ。カノジョについて考えはするものの、分からないことが多すぎて謎は解けない。とても不快な気持ちだ。最近僕は何故小さい頃に探偵を目指さなかったのだろうと自分へ意味のない不満を覚えてしまっていた。
気付けば僕が歩いている道の先に僕が住んでいるアパートが見える。薄汚れたベージュの壁に赤い屋根が特徴的な二階建てで一階毎に3部屋ずつあるアパートだ。僕の部屋は手前にあるむき出しの階段を上って一番奥にある角っこの部屋。203号室だ。
たまに大家さんからのお願いでアパートの外側の掃除をしたりする。今は薄汚れたベージュ色の壁も磨けば綺麗な白色になるんだ。白に染まった壁を見て僕は達成感と自分が少しでもいい場所に住んでると思わせられるという優越感を感じる。
見た目は綺麗に保ててはいるが、でもアパート自体はかなり古い。今僕が上っているむき出しの階段も一段上がるたびにギシギシという軋む音と、少しの振動を感じる。
大部分は問題ないが、最近何故か一か所だけ異様に劣化してきており足を着こうものなら底が抜けてしまいそうなほど脆くなっている。
何はともあれ僕は結構このアパートを気に入っている。家賃はまぁまぁ安いし、住人も僕とあと一人の2人だけなので住民トラブルも全くない。とても快適なのだ。
「今日ご飯何食べよう」僕は独り言を放ちながら階段を上り奥の自分の部屋の扉まで続く廊下を歩いていく。
「最近は寒いからカレーとかありだな。楽だし。」カツカツと足音が鳴る。
「よし、今日はカレーパーティーだ」周りに住人がいないので独り言をいう癖が出てしまう。
自分の部屋の前まで来た僕は上着の右ポケットに入れて置いた扉の鍵を取り出す。鍵を差し込み捻るとガチャンという音が鳴った。ここに長く住んで何百回と聞きなれた音なので、出かけるときに「あれ、今カギ閉めたっけ?」となってしまう。
鍵を引きぬきドアを開く。途端に自分の部屋の匂いが鼻に漂う。やはり人間も動物だ、慣れ親しんだ自分の匂いが一番安心する。マーキングってやつかな。
鍵を玄関に設置してある棚に置くとドアを閉め、鍵を閉める。他にほとんど住人がいないので誰かが間違って入ってきたことはないが、入ってきたら怖いので鍵はちゃんと閉めるようにしている。
履いていたスニーカを脱ぎ、リビングへ向かおうとしたが後ろに気配を感じ足を止める。
後ろは今カギを閉めたばかりのドアしかないので気配がするのはおかしい。もしかしてお化けだろうか。髪の長い女がこちらを覗いていたり、ドアのスコープから誰かの眼が覗いていたりするのだろうか。
怖いけど、気になってしまったので僕は恐る恐る振り返る。
そこにはやはりドアしかなかった。僕は安心からため息をつく。
何もなかったがパッと郵便受けが目に入ったので一応確認してみる。普段はゴミ出しを終えた後に確認しているので結構光熱費などの支払いが遅れそうになったりすることはある。小さい頃はゴミ袋が重かったのでゴミ出しの時には台車を使っていたのだが、台車の上に乗って海賊ごっこなどして遊んでいた記憶がある。
懐かしい記憶をフラッシュバックさせながら僕は郵便受けを開けて中身を確認する。
そこには近所の個人で経営しているピザ屋のビラと携帯の支払い請求書、そして白い封筒に入った手紙の様なものだ。無地で真っ白なシンプルな封筒だが僕はその封筒にとても興味が湧いていた。
だって、そこには
宛名:風邪麻タケル様 という僕の名前と共に
差出人:風邪麻タケル と書いてあったから。
消印もない、住所も書いていない。と言う事は誰かが直接僕の家の郵便受けにこの封筒を入れたというわけになる。
とても怪しい、誰かの悪戯だろうか。剃刀何か入ってたりするかもしれない。
普段の僕なら恐らく中身も確認せずに捨てていただろう。でもなぜだろう、僕の中でこの封筒はとても重要な気がしてきてたまらない。
僕は好奇心に負けて封筒を開けることにした。閉じ口に剃刀など危ないものが付けられているかもしれないから、逆の下から開けてみる。
スゥっと空気を鋭く吐いたような音を鳴らしながら真っ白な封筒を裂く。中には一枚の白い紙が入っていた。幸い剃刀などの危ないものは入っていなかった。僕は紙を拾い上げ長方形の白い紙を二つに折っている状態のモノを広げる。
白い紙には黒くて太いマジックペンで文字が書いてあった。
「真桜原 ユイ様がお亡くなりになられました。次回は二日後に参ります。」紙の中央に書いてあったそれはカノジョ、真桜原 ユイの死を知らせている物だった。
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