捨て台詞
「君って泣かないんだね」何度目かのショッピングモールでのデートの最中カノジョに見惚れていた僕を真っすぐ見てカノジョはそう言った。
僕はカノジョの言ったその言葉の意味が分からなかった。泣ける恋愛映画を見ていたわけでもない、お互いの親しい人が亡くなったわけでもなかった。
原因は分からない。金がないからか、かっこよくないからか、友達が少ないからか、僕が気の利いた言葉を掛けなかったからか。心当たりはたくさんあったけれど答え合わせは出来なかった。分からなかったがまるで遺言のように放ったその言葉を最後にカノジョは僕の前から姿を消した。
カノジョの吐き捨て去った言葉はずっと僕の頭の中を支配していた。別れの言葉は僕らの間からは生まれないと思っていた。「ずっとこのまま一緒に居られたらいい」と恋愛ソングの様なことも考えていた。
もしかしたら僕が勝手に分かれたと勘違いしてるだけで明日になればカノジョから電話してくるかもなど考えていたがそれも起きなかった。
でも何故だろう本来冷たい思い出であろうはずの別れの言葉は、不思議と温かく感じた。カノジョからもらった最後の言葉だからだろうか。
そして、僕の目の前から彼女の事を考えつつカノジョと出会う前の様な色褪せた生活を繰り返し二週間が過ぎた。未だカノジョの行方を掴めず、この町の何処にもカノジョの痕跡はない。元々そんな人間なんて居なかったのではないかと思えてくる。
「透明人間にでもなったのかな」そう呟き吐いた僕の息は白く染まっており冬の訪れを感じさせた。
ここ二週間は失恋の所為で余裕がなかったので自分の吐く息への興味なんて一ミリも湧いてこなかった。僕も少しは落ち着いてきたのだろう。
晴れた青色の空が広がる下を歩きながらため息をつく。
目の前の中庭に生えているソメイヨシノは花を散らせ色を失っているのにも関わらず何故か僕の目を奪った。春には身に着けていたはずの桃色の花びらは跡形もなく消えており、茶色の木だけを残してまるで透明になってどこかへ消え去ったようだった。
周りを歩く学生は花びらのない桜なんてものに興味なんてなく、まるで見えていないかのように通り過ぎていく。そんな落ちぶれてしまった桜と今の自分を重ねてしまう。
そんな勝手に僕と重ねられている可哀そうな木の下から僕を見ている影が視界の端から見えたのでそちらに目を向けた。
僕の視線の先には木の斜め右下に佇む茶髪で少しちゃらちゃらとした雰囲気の男がこちらを見ていた。僕と目が合った事に気付いたチャラ男は少しニコッと笑いこちらへ歩いてくる。体幹が弱いのか体を少しくねらせながら歩いてくる。
「お兄さん、何見てたんですか」男は顔に似合わない低い声で僕に話しかける。
「何って、ただ木を見ていただけです。」
「木ってアレ?」チャラ男は指をさす。
「アレです。特に面白い木ではないですけどね。」
「だよねぇ。でもあれって何の木なんですか、結構大きいですよね。」
「ソメイヨシノですよ、代表的な桜です。因みに葉っぱには少しだけですが毒素が含まれてるんであまりいっぱい食べちゃダメですよ。」
「葉っぱなんて食べないよ。あ、でも桜餅とか葉っぱついてるよね。オレ桜餅だい好きだからさ、あれは食べない方がいいやつ?」
「あれは塩漬けしてるんで多分大丈夫です。昔の日本人の塩漬けへの信用は半端じゃないですからね。」
「へぇ、お兄さん物知りですね。あ、名前教えてくださいよ。まだ聞いてなかった。」
「タケルです。」
「あ、下の名前?いいね、俺はシクメっていうんだ。よろしくねタケル君。」
シクメ君か、見た目によらず可愛らしい名前だ。名前だけじゃない見た目はちゃらちゃらしてるけど気さくに話しかけてくれるし、ハンサムだ。
「シクメって女の子っぽいと思った?」俺の顔を見て察したのかシクメ君は首をかしげて聞いてくる。
「まぁ、そうですね。でも女の子っぽい名前の男の子って最近増えてますからまぁ不思議ではないかも。」
「そお?シクメって母親が付けてくれたんだよ。意味は聞いたことないからわかんない。」チャラ男改めシクメ君は少し照れ臭そうに話す。
いつぶりだろうか、カノジョ以外の人と話すのは。思えばカノジョと出会う前も大学ではだれとも話したことない気がする。人と話すのは存外楽しいものだ。
「ま、というわけでよろしくねタケル君。ついでにインスタも交換しよ。」少しだけ開いた会話の間に耐えられなかったのかシクメ君は話し出した。
スマホで何かを操作しているシクメ君に釣られて僕もスマホを開く。
「そういえば僕インスタ持ってないです」僕は申し訳なさそうに言った。
「まじ?じゃぁ今入れて」シクメ君は少し驚きながらもそう言うとスマホを揺らしながら待ってくれた。
僕のスマホは基本的に暇つぶし用のゲームと電話、電卓以外に使っている昨日はなくホーム画面もとてもスッキリしていた。
しばらくしてインスタを入れ新しくアカウントを作った僕はシクメ君とアカウントをフォローしあった。
初めて若者らしい流行り物を初めて浮かれている僕にシクメ君は、またねと言って自分の教室へと向かって行った。
「いい人だったな」僕は心が少し晴れたような気がして呟いた。初めて大学で出来た友達になりそうな人に出会えて僕は少し嬉しかった。そもそも連絡先を好感している時点で友達と言っても過言ではない。
「今日はいい日だ」僕は少し浮足立つ気分で教室へと向かった。
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