タイムリミット

 親のいないリビングで、ワタシ達は鍋をつつく。


「美味しそー」

「やっぱ、メイは料理上手いね」

「ふふ。もっと褒めてくれてもいいから」


 鶏肉と白菜、モヤシ、水菜を入れた野菜中心の鍋。

 醤油がベースで、鍋の素は使っていない。

 お玉で皿に持ってもらい、ワタシ達は汁が染み込んだ野菜を頂く。


「んまぁ」


 ワタシは、口に出せないけど、メイが好きだ。

 泣いた顔はイジメたくなるし、本当に好き。

 今みたいに、ふにゃっとした笑顔も好き。


 皿に盛った白菜を箸の先で突き、ワタシは考えていた事を切り出す。


「あのさ」

「んむ?」

「食べながらでいいから。ちょっと、真面目な話があって」


 タイミングは悪いと思う。

 でも、考えれば考えるほど、ワタシは問いたくて気持ちにブレーキが掛からなかった。


「高校卒業したら、……どうする?」

「んぇ? 普通に大学行くけど」

「そっか……」

「エイコは違うの?」


 ワタシ達は高校二年生。

 今から、将来の事を考えなくちゃいけない。

 高校三年生は、もう行動の時期だ。


 ワタシは特にやりたいことがない。

 家だって、両親が共働きで頑張ってくれているから、生活ができているけど、大学に行く余裕なんかない。


「エイコ」


 やや不安げに眉を下げ、メイがワタシの手を握ってきた。


 だから、言いたくないの。

 ワタシ達の関係には、がある。

 永遠には続かない。

 何度思った事か。


 もしも、ワタシが男で、メイを彼女にできたら、世間様に色眼鏡で見られることはないだろう。特に、親からは「良い人ができた」で終わる。


 でも、女同士ではそうはいかない。


 同姓で一緒に生きていくのは、相当な覚悟がいる。

 ワタシには、嫌いだけど感謝してる親がいて、覚悟は決められない。


 大学に行けば、お互いに新しい友達ができて、離れる事になる。

 分かれ道が目の前にあるので、ワタシはメイに今の内話をつけておこうと考えたのだ。


「ワタシは、就職かな」

「ふーん。じゃあ、……一緒に住んじゃう? なんちゃって」

「ねえ。メイ」


 手を握り返し、ワタシは言った。


「ワタシのこと、……好き?」

「いきなり、なに? 意味わかんないんだけど」


 二人きりの時は、イジメる度に思っていた事をスラスラ言えていた。

 今は口を開く度に、重くて仕方ない。


「メイは大学に行って、新しい友達たくさん作ってほしいかな」

「エイコは一緒にいるでしょ」

「どうかなぁ。……ワタシは就職したら、まあ、適当にやると思う」


 ワタシは好きな人に幸せになってほしい。

 躓くことなく、普通に生活してほしかった。


「だから、高校を卒業したら、ワタシ達の関係は終わりだね」

「……なにそれ」

「ずっと、このままってわけにはいかないでしょ」

「やだ」

「だったら、お互いの親に言える?」


 意地悪だったかな。

 メイは黙ってしまった。

 頬を膨らませ、眉間には皺が寄っている。


 ワタシ達の本音は、握り合った手だけ。


「進学しないとか、言わないでね。せっかく頭が良いんだから。良い所に行かないと」


 指を絡ませると、メイは無言で握り返してきた。

 今、この瞬間がずっと続けばいいと思った。

 気まずくていいから、指が絡んでいる今が続いてくれたら、ワタシはこの世界が滅んだって構わない。


 だって、ワタシ、この世界嫌いだからね。

 一番欲しい物をくれないし。

 望んだことは何一つ叶わない。


 つまらない世界なんて、もういらないのよ。


「親に、……黙って、……一緒に住むとか」

「それもありだね」

「じゃあ――」

「でも、ワタシ親が大事なんだ」

「……」

「メイは?」

「そりゃ、……大事だけど」


 いい加減伝わってくれないだろうか。

 お互いの親が同性愛とか嫌いなタイプなら、永遠には続かないの。

 ワタシが縁を切るだけの覚悟があれば、メイの方に行く。

 でも、大事だからできない。


 板挟みの苦しみをこれ以上続けたくない。


「高校卒業したら、終わりにしよ」


 メイは黙ったままだった。

 もそもそと鍋をつつき、気まずい空気で食事を終える。

 かと言って、喧嘩をするわけではない。


 皿を洗うときは、肩を並べてシンクの前に立った。

 部屋に戻ってからは、一言も喋らないけど、メイはずっと抱き着いてきた。


 ワタシは、今すぐ死にたかった。

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