言葉の棘
変なスイッチが入ってしまうと、ワタシはおかしくなるみたいだ。
という自覚をして、早一年が経つ。
現在。高校二年生。
また、同じクラスになったワタシは、基本誰とも喋らずに読書をする。
机の落書きには、『ビッチ。クズ。ゴミ』などと書かれている。
この落書きを見ると、ワタシは去年の夏に公園でメイにやったことを思い出してしまう。
甘んじて、これぐらいは受け入れているというわけだ。
今は、体育の授業も終わり、放課後。
すぐに帰らず、少しだけ読書をしてから帰るつもりだ。
ところが、今日はちょっと面白い事になった。
「フゥ、フゥ」
「佐藤くん、いいよ。放っておいて」
教室から誰もいなくなると、雑巾を持った佐藤くんが戻ってきた。
何も言わずに、机の落書きを拭いてくれている。
相変わらず、汗っかき。
せっかく拭いた場所に汗が落ちて、綺麗にしてるのか、汚しているのか分からない。
「大原さ。イジメられてんだろ」
使った雑巾で額を拭い、佐藤くんは言う。
「俺さぁ。こういうの許せねえんだよ」
「うん。でも、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃねえよ。高校にもなって、何でガキみたいな事してんだよ」
佐藤くんの言ってる事は正しい。
いつまでも、イジメなんて事してる方がおかしいのだ。
ただ、ワタシの場合、事情が違う。
裏ではメイの事をたくさん泣かせている。
メイの鬱憤晴らしってわけではないけど、これぐらいは許容しているだけだ。
キュっ。
床とゴムの擦れる音だ。
教室の入口を見ると、そこには誰もいない。
いや、目を凝らせば、スカートの裾が見切れていた。
何となく、メイかなと考える。
他の生徒なら、佐藤くんに「きしょい」の一言で終わらせるだろう。
隠れるってことは、見られたくないわけで、その理由に当てはまるのがメイだった。
「佐藤くん。もういいって」
佐藤くんは一生懸命落書きを拭いてくれる。
ワタシと違って、擦る力が強く、机ごと揺れ動いていた。
さすが男子だ。
「先生に言えば?」
「んー、……そこまでじゃないよ」
「俺さ。中学の時、イジメられてたけど。声を上げないと、ずっと終わらないぞ」
声を上げたって、終わらないでしょ。
ワタシはそう思った。
「そりゃ、声を上げれば面倒なことにはなるけどさ。結局、ジリジリ苦しめられるか、一瞬だけ苦しいかの違いだろ。だったら、すぐに終わらせた方がよくね? おかしいものは、おかしいじゃん」
ワタシは何も言えなかった。
佐藤くんの言葉は、状況や事情が別だったら、勇気をくれる言葉となっていただろう。
今のワタシには、チクチクと胸に刺さる言葉だ。
周りからすれば、ワタシは異常者だ。
女の子をイジメて、興奮して、自分を抑えられない。
メイを理不尽に嬲るのは、全てワタシの好意と欲望によるもの。
佐藤くんは落書きを拭き終えると、また額の汗を拭いた。
「ありがと」
「いいってことよ。助けが必要なら、俺、頑張るから。教えてくれよ」
「うん。……ありがとね」
佐藤くんは雑巾を持って、廊下に出て行く。
そして、入口の下あたりから、ひょっこりとメイが顔を出した。
顔半分だけを出して、ジッとこっちを見ている。
ワタシが手招きをすると、佐藤くんの向かった方を一瞥して、そっと近寄ってきた。
「何話してたの?」
「いざとなったら、助けてくれるってさ」
「ふ~ん」
綺麗になった机を見下ろす。
メイは複雑そうな表情を浮かべていた。
「でも、……エイコが……悪いから」
「そうだね」
「アタシ、謝らないから」
「いいよ。あ、そうだ。今日、ウチの親いないから」
片方は町内会の旅行。
片方は、仕事。
家にはワタシ一人だ。
念のため、防犯ブザーとかは持たせてくれているけど、使う事はないかな。
「来る?」
メイは頷く。
ワタシは、ずっとメイの体を求めている。
気持ちが膨らめば、膨らむほどに求める欲望まで肥えていく。
ワタシが家に呼ぶ理由を彼女が知らない訳がない。
「どうせ。……また、き、キモいことするんでしょ」
なんてことをメイは言う。
前で手を組み、親指同士を擦り合わせて、落ち着きがなかった。
意地悪し過ぎたせいで、メイは悪態が混じるようになってしまった。
「する」
「……っ」
ビク、と体を震わせて、メイがワタシを見下ろす。
口を尖らせ、濡れた瞳の奥にワタシが映っている。
「あとさ。メイに、鍋とか作ってほしいなって」
「鍋?」
「うん。買い出しに行こうよ。どうせ、こんな田舎のスーパーでクラスメイトと会わないでしょ」
会うとしたら、駅の前にコンビニ。
あとは、ワタシの地元より発展した隣町だ。
「帰ろっか」
「……うん」
ワタシが席を立つと、メイは小走りで廊下に出た。
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