イビツな欲望と

 家の近くにある公園で、ワタシは詰められた。

 公衆トイレの陰で壁際に追い詰められ、メイが怒鳴ってくる。


「なにあれ⁉」

「なに、って……」


 ゲームをしただけだ。

 それ以外に答えようがなかった。


「ゲーム、しただけだよ」

「違う。エイコ、女の顔してた」

「いやいや……」


 一つ言っておくと、ワタシはで、気持ちは固まっている。

 絶対に言いたくないし、メイだって同じはずだ。

 その理由は明白。


 小難しい話になるけど、例えば世間様で「同性愛を認めましょう」なんて法律が出来上がったとする。

 ただし、法律で人の心は変えられない。

 むしろ、嫌悪感が倍増するのは、少し考えれば分かる事だ。


 ワタシの親は、同性愛的な物が好きではない。

 メイの親に至っては、海外の文化を知ってる外国人なので、「気持ち悪い」という感情が生まれているくらいだ。


 だから、何度も言うように、ワタシにとって世間様の回答は、幸せに直結しない。それどころか、どうでもいいし、迷惑なのだ。


 二人だけの空間があれば、事足りる。

 まあ、心の中でこれだけ言葉にできるのだから、気持ちは固まっていると言っていい。


「エイコ。キモいよ」

「何がよ」

「キモすぎ。何で、あんな気持ち悪い男子に、媚び売ってるわけ? キモい。ほんっとキモい!」


 このように、メイは感情的な子である。

 普段なら、虫を見ただけで発狂するのに、この時ばかりは傍にいる女郎蜘蛛を手で払って、足で踏み潰していた。


 ワタシは「すご……」と感心。


 メイはふてくされてしまい、頬を膨らませて言った。


「もう話すのやめて」

「無理だよ。空気悪くなるじゃんか」

「やめてってば!」


 地団駄を踏み、メイが怒り狂った。


「エイコは……、あ、アタシの物なの」


 メイは感情の赴くままに、ワタシに抱き着いた。

 鎖骨に口元を埋めて、腰には手を回してくる。


「ねえ。……お願いだから、もう、意地悪するのやめて。エイコがあんな事するから、眠れないよ」


 素直に謝るのが正解だろう。

 ワタシという生き物は、やはりどこか欠陥している事を自負している。

 メイの頭を抱きしめ、ワタシは冷たく言った。


「絶対にやだ」

「……なん、で?」


 声を震わせて、間近で見上げてくる小動物。

 公園にポツンと建っている外灯の明かりが木に当たり、木の葉の影を作る。小さな明かりと木の葉の影は、メイの頭部で微かに上下し、薄暗い空間で濡れた瞳を浮き彫りにした。


「ワタシ、佐藤くんの事……好きかも」


 そんな事実はないけれど。


「っ⁉」


 バチン、と大きな音が鳴った。

 頬には強い衝撃が走り、メイは怒りで肩を震わせる。


「調子に乗んな! そんなに気持ち悪い奴が好きなら、一生イチャイチャしてれば? キモい。ほんっとキモすぎ!」


 怒りのあまり、ほとんど悲鳴のような声で叫び、メイは茂みから出て行く。ワタシは後ろを付いて行き、周りに誰もいない事を確認した。


「ぐず、最悪……っ。バカ。エイコ、最低……っ」


 メイが嗚咽していることに気づき、ワタシは罪悪感が湧いた。

 でも、罪悪感を遥かに上回って、ゾクリとする快楽が背筋に流れた。

 前を行くメイの腕を掴むと、いつになく乱暴に振り回す。


「離して!」

「メイ」

「エイコなんか嫌い! 死んじゃえ!」

「こっちにきて」


 力では、ワタシの方が強い。

 友達がいない分、ワタシは自分で体調管理をしている。

 まあ、何が言いたいかというと、それなりに運動をしたり、食事も気を遣って、体を整えている。


 カラオケに行ったり、ジャンクフードを食べたりなんてしていない。

 細い腕を引っ張ると、簡単によろめいて、メイが転びそうになる。

 構わずに、ワタシは外灯の下にあるベンチに連れて行く。


 雑に座らせて、逃げないように膝の上へ跨った。

 一気に怒りの形相から、怯えた表情に変わる。


「エイコ……?」

「ごめんね。ワタシ、メイの事をどう思ってるかは、絶対に言いたくないんだ」

「なによぉ、それぇ……」


 目じりの涙を指で拭い、汗で張り付いた髪の毛を取ってあげる。

 そして、耳元でなるべく優しい声で言ってあげるのだ。


「ワタシ、……メイが泣いてる時の顔が好きなの」


 ワタシのイビツな欲望が、口からこぼれた。

 これは好意の言葉ではない。


「メイの泣き声が聞きたい。涙が見たいの」

「……さいてぃ……」


 ワタシの欲望は――奥底にどんな感情があるんだろう。


「アタシのこと、嫌いなわけ?」

「嫌いじゃないよ」

「ど、どいてよ」


 口で言わない代わりに、ワタシはメイの手首を掴む。

 それだけで大人しくなり、彼女は従順な犬になった。

 ジーンズのボタンを外し、チャックを下ろすと、そのままメイの手を下着の中に誘導していく。


 鼻を啜り、メイがワタシの本音の一部に触れる。


「……エイコ……」


 気が狂いそうなほど、ワタシは興奮していた。

 顎を持ち上げると、すぐに唇を重ねる。

 何の抵抗もなく、メイはワタシを受け入れてくれる。


「……誰か……来ちゃうってば」

「それ、メイのせいでしょ」

「ち、違うもん。エイコが、意地悪するから……」

「全部、メイが悪いんだよ。メイのせい」

「そんな……」


 耳の裏を指の平で撫でて、口の中で怯えている舌を吸い出す。

 無理やり外に引っ張り出した舌は、表面同士を擦り合わせ、お互いの吐息をぶつけ合った。


「メイって、本当に悪い子だよね。昔から、ずっとワタシに迷惑を掛けて」

「……ご……ごめ……」

「こんな変態が、ワタシに詰め寄ってくるなんてね」


 ワタシはメイの弱い部分を知っている。

 中学三年の頃には、すでにお互いの体を触り合っていた。

 高校になってからは、もっとだ。


 一番弱い部分は、歯茎。

 メイ曰く、他人に歯ブラシをされている感覚だとの事だ。


「メイは気持ち悪いよ。最低で。淫乱で」

「や、だ。イジメないで。……もう、やめてよぉ……」


 自然と腰を動かしてしまう。

 メイは手を抜こうとせず、ピッタリと手の平を当ててきた。

 涙をボロボロ流し、空いた手はワタシの服を掴んでいる。


「これからも、佐藤くんとは話すよ。まあ、どこまで仲良くできるか分からないけど」

「やだ……」


 耳元で、止めの一言を口にする。


「佐藤くんと……付き合うかも……」

「いや! やだ!」


 エイコは手を抜き、ワタシにしがみついてきた。

 叱られた子供のように見上げてくるメイを抱きしめ、満たされた吐息を頭皮に吹きかける。


「ごめんね。メイ」

「ぐじゅ、ひっぐ……。エイコなんて、嫌い……」

「うん。ごめんね」


 お互いのズボンは、びしょ濡れになっていた。

 夏場で地面は蒸れており、空は星が散らばっていた。


 このイビツな関係をワタシは誰よりも望んでいる。

 誤解を恐れずに言うならば、ワタシは――メイをだ。

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