始まりは

 ワタシ達がイビツな関係になったのは、いつからだっけ。


 メイとは、実のところ超腐れ縁である。

 ワタシの親が中華料理好きで、町中華をよく食べに行った。

 その店に、同じ歳の女の子がいて、初めはお互いに素っ気なかった。


 遊ぶほどの仲ではなかったが、関係は小学二年生になった頃から変わった気がする。


 メイは、イジメられていた。

 クラスの男子には、外人とバカにされていた。

 男子の場合、好意の裏返しが見て取れたので、酷いことにはならないと思っている。――よっぽど、歪んだ奴じゃない限り。


 でも、女子からは酷い扱いを受けていた。

 メイは、男子からとてもモテるタイプだ。

 昔から変わらない。


 おまけに、今とは違って、オドオドするタイプ。

 絞ってない雑巾を頭に乗せられたり、机に落書きは日常茶飯事。

 仲間外れだって、されていた。


 その時、ワタシは――。


「一緒のグループなろっか」

「……う」


 メイは小動物みたいに怯えていた。

 女子はワタシの事をターゲットにしてきた。

 でも、考えてみてほしい。

 ワタシは人付き合いが上手いタイプではないし、元々友達がいなかった奴である。


 それでも、一人遊びの一環で本を読んだり、テレビに熱中したり、幼いながら色々と知識を詰め込んだ。


 ワタシは親の事が嫌いだけど、嫌いな両親は教育だけはきちんとしてくれた。

 知識は、使んだぞ、と。

 ごもっともである。


 メイと一緒のグループになり、日々の勉強を終わらせていく。

 繰り返しだ。

 そんな時、イジメっ子がワタシに言った。


「ばい菌」


 確か、後ろにメイがいた時だったかな。

 オドオドして、ずっと泣きそうな顔をしていた。

 今思えば、ワタシはスイッチが入ったのだろう。


「あのね。ばい菌って何種類いるか知ってる?」

「知りませーん」

「だよね。知らないくらいばい菌っているんだよ。アンタの顔にも。足にも」

「だから何?」

「お互い、ばい菌塗れじゃん。バカじゃないの?」


 あ、これは、ワタシが眼鏡を掛けるようになったきっかけだ。

 頭にきたいじめっ子が、掃除用具入れからホウキを取り出して、ワタシの顔に目掛けて振り回してきたのだ。


 バチン、と衝撃が走った。

 痛いに決まってる。

 少しだけ泣いたが、心は怯まなかった。


 小学校の時は、運良く動いてくれる先生が担任だったので、すぐに親を呼んでくれた。親同士は話し合い、相手の親が「ごめんね」と謝ってくれた。


 ワタシは「はい」としか言えなかった。

 視力は落ちたが、幸いケガは軽傷で済んだ。

 目じりが腫れたくらい。


 この日から、眼鏡を掛けるようになり、学校ではメイと過ごすようになった。


 ちなみに、いじめっ子はメイにきちんと謝った。

 メイはオドオドして、何も言わなかった。

 ワタシは背中を指で突き、耳打ちする。


「ごめんなさいしたら、終わりだよ」


 反省の色もなかったら、親にイジメの事を密告しようと考えていた。

 だけど、そのいじめっ子は、今思えば、何かがこじれただけで、根は悪くない子だったと思う。


 メイは相手を許して、一件落着。


 そのはずだったが、今度はメイがワタシに執着してきた。

 どこ行くのにも一緒。

 トイレとかも一緒。


 小学校二年で、こんな感じ。

 それから、徐々に遊ぶようになって、小学五年生。


「じーっ」

「なに?」


 体育の授業は、水泳だった。

 教室で着替えていると、メイがジッと見てきたのだ。

 正直、小学生だったというのもあるが、ワタシの裸は魅力がない。


 中肉ではあるけど、胸はぺったんこ。

 メイと違って、顔は地味な感じ。

 眼鏡を掛けて、さらに地味。

 当時から、髪型は変わらない。


 髪の長さは、ずっとミディアム。

 肩までの長さだ。

 前髪をフロントで適当に分けた感じ。


 全体的に、生きてること自体がダルそうな雰囲気がある。と、自負している。


 ずっと変わらないのだが、その時はメイが熱心に見つめてくるので、居心地が悪かった。


 そして、五年生の時に、メイがワタシの家へ泊まる事になった。

 狭い自室で布団を敷き、二人で眠ったのを覚えている。


 寝ていると、頬に柔らかい感触があって、目が覚めた。


「?」


 視界はぼんやりとしているが、全く見えないわけではない。

 振り向けば、間近には驚いて固まるメイがいた。


「何してるの?」

「うぇ、あ、や」


 頬が濡れていたので、何となく気づいてしまった。


「キスしたの?」

「ち、ちが、やだ」


 布団に潜り込んでしまった。

 丸くなって、虫か何かに見えたっけ。

 本当だったら、ここで見なかった振りをしてあげて、優しい気遣いをするところなんだろうけど。


 ワタシは、変なスイッチが入った。


 恐らく、頭があるだろう位置に近づき、ワタシは聞いた。


「何で女の子同士なのに。キスするの?」

「やっ!」

「答えて。友達でしょ」

「……してないもん!」

「怒ってないから。ほら。出てきてよ」

「やだ!」

「ワタシ達、友達じゃないんだ? へえ。本当にそれでいいの?」


 ガッツリ、追及した。

 最早、イジメの領域で。


 そこまで言うと、メイがもぞもぞと頭を出す。

 暗いし、輪郭はぼやけていて、あまり見えなかった。

 でも、鼻を啜ってる事から、泣いてるのかなと思った。


 やめてあげればいいのに、ワタシはまだまだ追及する。


「どんな風にキスしたの」

「してない」

「じゃあ、今から指にキスしてよ」


 何も答えなくなった。


「ほら。見ててあげるから」

「……や……やだ」

「何で?」

「恥ずかしいから」


 こんな風に、可愛い子なのだ。

 本当にイジメたくて、仕方なかった。

 泣かせたかった。

 でも、手元に置いておきたかった。


 小学生でありながら、ワタシの歪んだ欲望は、同級生のキスで完全に目覚めてしまった。


「はい。やって」

「……寝ようよ」

「やって」


 強めに言うと、メイは鼻をぐずり、口を近づけた。


「はむ」


 キスしろ、って言ったのに。

 この子は唇で甘噛みしてきたのだ。


 頭を撫でると、小動物のペットが餌を貪るかのように、指を何度も唇で甘噛みしてくる。


「メイ」

「んむ?」

「ワタシの事、……好きなの?」


 メイが再び布団に潜ったのを覚えている。

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