偽りの悪女はキスでとろける

烏目 ヒツキ

エイコとメイ

イビツな関係

 ちょっとだけ重い話をしよう。

 イジメというのは、どこにでもある。


 世界各地にあるし、都会にだって、地方にだってある。

 仕事場や学校、ネットにだって、どこにでもある。


 永遠になくならない罪だ。

 老若男女揃って、人を嬲る事を当たり前のようにやっている。

 一歩引いた側から見れば、どれだけ滑稽か分かる。


 そして、山と海に挟まれた穏やかな土地。

 春夏秋冬で移り変わりゆく景色は、長年地元に住んでるワタシにとって、癒しそのものである。

 一見すれば、イジメなんて起こらないと思われる、閉鎖的で穏やかな町。


 だというのに、こんな地方の学校にも、イジメはあるものだ。


「エイコさ。授業中、マジで臭いんだけど」


 ワタシの前には、一人の女子が立っている。


 一言で表せば、二重人格のギャルって感じだ。

 親は片方が外国人。もう片方も祖父か祖母のどちらかが、外国人だったはず。


 つまり、外国人と混血ハーフの親から生まれた混血ハーフの子だ。

 それを表すかのように、彼女――星野メイは、顔の彫りが周囲より一段と濃い。外国人特有の鼻の高さといい、目の彫りの深さ。


 髪の毛は、元々は金髪ではなかった。

 だが、色素が薄いのか、金色に染めると綺麗に染まった。

 照明に当たると、透き通るように綺麗な金色の長い髪が目立っていた。


 金髪の長い髪は、サイドに水色とピンク色のメッシュを入れている。

 髪の付け根から水色のラインが毛先まで伸びて、飾り付けをするようにピンク色のラインが、髪の毛の途中に一本、二本と入っている。


 肌の色は真っ白。

 ペンキを塗ったような肌の色と、日本人ではない皮膚の質感。

 背は高くもなく、低くもない。

 でも、ワタシよりは低いくらいか。


 スカートの丈は短くて、裾から出た二本の脚は肉感的だった。

 全体的に、男子が好む体型をしていると思う。

 発育が良いから、出る所は思いっきり出ている。


 本人は、それを武器にして、男子には愛嬌を振りまいている。

 かと言って、彼女は女子に嫌われているわけではなかった。

 明るくて、愛嬌があって、ワタシ以外の子には優しい。


 これが、星野ほしのメイだ。


「……ごめん」


 ワタシはトイレの個室で、便器に座っている。

 メイを見上げて、淡と謝った。

 何が気に入らないのか。ワタシの謝罪を聞いて、メイは笑顔のまま怒ってくる。


「ごめんじゃねえよ。マジで公害なんだけど」


 膝と膝の間につま先を置き、メイが髪の毛を引っ張ってきた。


「メイ~。次の授業、体育だから。早く着替えよ」

「うん。先に行ってて」

「あんま、やり過ぎんなよ」

「はーい」


 見えない所からは、メイの友達の声がした。

 耳を澄ませると、足音がトイレから出て、廊下の奥の方に消えていく。

 メイはワタシの髪の毛を引っ張り、顔を持ち上げた。


「アンタ、アタシの奴隷じゃん?」

「……そうね」

「だったらさぁ。今すぐ、ここで四つん這いになりなよ」

「嫌よ」

「は? 何逆らってんの?」


 念を押すようだけど。

 イジメというのは、絶対になくならない。

 そして、許されることではないだろう。


 ただ、ワタシにとっては、世間様の事なんて


「へ、ぁ、な、なに?」


 メイが足を下ろした所を見計らい、ワタシは細い腕を引っ張った。

 でも、強く引っ張ったわけではない。

 誘導するように、手前へ腕を引いただけ。


 メイは戸惑っているが、腰に腕を回すと、途端に大人しくなった。

 膝の上に乗せて、間近で見上げる。

 口を噤んで、メイが潤んだ目でワタシを見下ろしてくる。


「今日は、……何が嫌だったの?」


 両腕で腰を抱きしめると、鼻息が顔に当たった。


「今、ワタシ達以外誰もいないんでしょ?」

「……うん」

「何が嫌だったの?」

「また、男子と仲良く話してた」


 初めて見た人は、驚くだろうな。

 ワタシが彼女を二重人格だと言ったのは、こういうこと。


 ワタシに対しての態度。

 クラスメイトに対しての態度。


 八方美人のように愛嬌を振りまいてるけど、その裏ではイジメをやってます。なんてことが、理由ではなかった。


 ワタシ以外の人間がいる時の態度、だ。

 二人きりの時は、すぐに態度が変わる。


 まあ、感情的な子で、すぐ手を上げたり、イジメてくる時にしてくる行動は、普段からなので変わらないのだけど。


「佐藤くんでしょ」

「……うん」

「ワタシ、仲のいい生徒いないから、また話すよ。優しくする。思わせぶりな態度もたくさん取る」

「ぐっ、ぬ、え、エイコさぁ。……調子に――」


 細い首の裏に手を回し、顔を引き寄せる。

 彼女は、――自ら口を寄せてきた。


 唇を重ねている間、ワタシはメイの耳を触る。

 ゴツゴツとしたピアスをしており、また一つ増えていた。


「調子にぃ、ん、……乗らない、れよぉ」


 ワタシ達にとって、キスは性行為と同じ。


 ワタシ達は、間違いなく気持ち悪い関係だと思う。

 イビツで、理解してくれる人がいない、特別な関係。

 普段はイジメられているけど、二人きりになればワタシの番。


 だから、何度も言うように、世間で同性愛者が増えようが、何をしようが、本当にどうでもいい。


 気持ち悪いものは、気持ち悪い。

 受け入れられないものは、どこまでも受け入れられない。


 世間がどんな風に変わろうが、ワタシ達にとって必要なのは、二人きりになれる空間。


 ただ、それだけである。

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