第30話 勇者ラルク
僕は聖剣グラスタリミアを構えると、魔王ザンタナに向けて走り出した。
「みんな援護を頼む! 僕が魔王に止めを刺す!」
勇者の――いや、ラルクの仲間が振り返った。
「そりゃあ構わないが、大丈夫なのか? 魔王を殺すと魔力爆発を起こすって話だったはずだが」
どうやらその辺の情報は全員で共有出来ているようだ。
説明の手間が省けて助かった。
「その通りだよ。だから僕が魔王の体に聖剣を突き立てたら、みんな全力でこの城から脱出してくれ。僕はみんなが逃げた後で、魔王の心臓を破壊する」
「待って! それってあなたはどうなるの?!」
驚きの声を上げる幼馴染の剣士シエラ。
僕は彼女に振り返った。
「僕は僕のやるべきことをやるだけだよ」
「何言ってるの! それってあなたが死――」
「よしな、シエラ!」
天秤抜きのマグリットが彼女の肩を掴んだ。
「魔王を倒すには誰かが犠牲になる必要がある。コイツはね、誰かさんに変わってそれを引き受けてくれてるって言ってんだよ」
「誰かさんって誰――あっ」
シエラはハッと目を見開くと背後を振り返った。
そこには青ざめた顔で立ち尽くすラルクの姿があった。
そう。聖剣の所有者は勇者。つまり僕がやらなければラルクがやる事になる。
勿論、聖剣は勇者にしか使えない訳ではない。だが、魔王に止めを刺した者が必ず死ぬと分かっている以上、ラルクは決してその役目を他人に任せたりはしないだろう。
僕には彼が絶対にそうすると分かっている。彼は僕だからだ。
「それは・・・」
そしてそれは、ラルクの幼馴染のシエラにとっても容易に想像が付く事だろう。
僕を止めれば、代わりにラルクが――自分の好きな人が死んでしまう。
何も言えなくなったシエラに代わって、戒律破りの常習犯ジェスランが尋ねた。
「なあ、アンタ。他に方法はないのかい? 確か王都の偉いヤツらがそいつを防ぐ方法を探していたって話だったが」
「それなら、二つのマジックアイテムがあれば防げる予定だったんだけど――」
僕はチラリと床に目を向けた。
そこにはひしゃげてボロボロになった|籠手≪ガントレット≫と、粉々になった|護符≪アミュレット≫が転がっていた。
ジェスランは僕の言いたい事を察したのだろう。苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あー、そういう事ね。ったく、|オルファン≪あいつ≫も、最後に余計な事をしてくれたもんだ」
「ラルク――でいいのかな? それとも未来の僕?」
僕は振り返った。
そこにはこの世界のラルクが立っていた。
「どっちでも好きなように呼んでいいよ、この世界の僕」
勇者パーティーの仲間達は、「えっ? 今のやり取りってどういう意味?」と混乱している。
ラルクは、僕の握った聖剣に視線を落とすと、小さくかぶりを振った。
「さっきの話に納得はしていない。けど、それでもその聖剣はあなたの物なんだろうな。――本当にお願いしてもいいのかい?」
「ああ、勿論」
僕は彼の肩に手を置いた。
「それでもどうしても気になるようなら、自分がやった事だと思ってくれてもいいよ。君と僕とは同じ勇者ラルクなんだからね」
「流石にそれはちょっと・・・。突然、もう一人自分がいるなんて言われても、気持ちが追いつかないと言うか。いや、あなたの呼びかけに応えて、もう一本の聖剣が現れた以上、信じるしかないんだろうけど」
実はこの聖剣は本物ではなく、エリーが作った複製品――なんてわざわざこの場で説明する必要はないよね。
ていうか、今更だけどこれってちゃんと本物と同じように、魔王を倒せる力を持っているんだろうか? 実は見た目がそっくりなだけでした、なんてオチじゃないよね?
信じてるよエリー。
ラルクは一つため息をつくと仲間を見回した。
「みんな、行こう。僕達の役目は魔王の動きを止める事だ。僕達でこの人が魔王に止めを刺すための舞台を用意するんだ」
「いやいや、何二人で勝手に盛り上がってんだよ! 未来の僕とか、この世界の僕とか、全然意味が分からないんだけど?!」
「そうよ! その人ってラージャマウリなんじゃないの?!」
「ラージャマウリ? 何とも風変りな名前だねえ」
納得いかない仲間達が慌ててラルクに説明を求める。
説明してもいいけど、今はそんな事をしている時じゃないんだけどなあ。
「おいいいいっ! いいからお前らも手を貸せえええ!」
「そ、|某≪それがし≫もこれ以上は耐えられんぞ! はりー、はりーでござる!」
魔王の相手をしている仲間達から悲鳴が上がった。
ラルクと僕は顔を見合わせると、「説明は後でするから」と仲間の背中を押して走り出したのだった。
その後の魔王ザンタナとの戦いは熾烈を極めた。
意識を持った魔王がこれ程手強い相手だとは思わなかった。
不死者が追加で作られなかったのは幸いだった。あるいは作りたくても材料となる死体がもうこの場には残っていなかったのかもしれない。
現在、行方不明になっている王国騎士団の戦力は約五千。
もしもそれだけの不死者で圧倒されていたら、さしもの勇者パーティーとはいえ、ひとたまりも無かったに違いない。
そして厳しかった戦いも遂に終わりの時を迎えようとしていた。
ズズーン!
地響きを上げて魔王ザンタナの巨大な体が倒れた。
二つ矢のアッカムが僕の背を叩いた。
「今だ! 行け!」
「分かってる!」
僕は素早く魔王の体に駆け上ると、その胸に聖剣を突き立てた。
――グオオオオオ!――
鋭い痛みに魔王が絶叫する。
僕を振り落とそうと体を振るが、その両腕はサイゾーとマグリットによってズタズタに切り裂かれ、ピクリとも動かす事が出来ない。
魔王の体に残った小型の蛇が(※それでも普通の大型の蛇くらいはあるのだが)最後の抵抗とばかりに僕の足に絡みつき、鋭く尖った牙を突き立てる。
「つっ!」
「ラージャマウリ!」
「僕に構うな! みんな逃げろ! 早く!」
後ひと押し、僅かに体重をかけるだけで、聖剣は魔王の心臓に到達する。
そうなれば魔力暴走による嵐が吹き荒れ、誰もこの部屋から脱出する事は出来なくなってしまう。
――グオオオオオ! や、止めろ! 止めろオオオオオオ!――
魔王は口から血泡を吐きながら弱々しく身もだえした。
「急げ! 急いでくれ! もうあまりもたない!」
「済まねえ!」
「恩に着るよ!」
「感謝する!」
勇者パーティーの仲間達は三々五々、負傷者に手を貸しながら玉座の間から逃げ出していく。
「未来の僕・・・」
「ラルク、急いで!」
そしてラルクが幼馴染の少女に手を引かれながら部屋を後にする。
後に残ったのは|勇者≪ぼく≫と魔王。それと主神の使徒エリーの三人だけ。
僕はエリーに振り返った。
「エリー、今までありがとう。君には感謝しているよ」
魔王がうるさく騒いでいるので、僕の言葉はエリーには聞こえていないかもしれない。
というか、エリーも何か言っているみたいだけど全然聞こえない。
まあ、お礼の言葉は死んで魂になった後に改めて告げればいいか。
「魔王ザンタナ。お前との因縁もこれで終わりだ。最後にまたお前の自爆に巻き込まれてしまうのは残念だけど、どの道僕にはほとんど時間は――TPは残されていないみたいだ。ここでお前と一緒に死ぬのもいいんじゃないかな」
魔王の虚ろな目が僕を凝視する。
これは憎悪? いや、恐怖か。
世界中の人間を恐怖の只中に叩き込んだ魔王でも、自分の死には恐怖を覚えるらしい。
そんな皮肉に僕は苦笑すると――聖剣に全体重をかけた。
――や、止め・・・ギャアアアアア!――
ズブリ・・・
剣先が深く沈み込むと同時に、魔王の体が大きくビクリと跳ねた。
魔王の最後だ。
次の瞬間、聖剣の光を飲み込む黒い光が溢れた。
この禍々しい光には見覚えがある。
呪いの揺り戻し。暴走の兆しだ。
暴走した呪いは無尽蔵に膨大な魔力を生み出していく。
増え続ける魔力に魔王の体が耐えられなくなった時、押し込められていた魔力は魔王の体を突き破り、一気に解放される。
魔力による瞬間的な破壊作用、魔力爆発である。
視界の片隅にエリーがこちらに向かって手を伸ばしているのが見えた。
「ラルクーっ!」
「エリー! さようならーっ!」
僕達の叫び声は魔力の嵐にかき消された。
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