第29話 僕の聖剣
そうか。TPはギリギリ足りたのか。
僕はホッと息を吐いた。
聖剣を複製するために必要なTPは・・・ええと、確か一千万、だったかな?
正直、全く足りないのではないかと心配していたのだが、どうやらそれは僕の思い違いだったらしい。
僕はエリーに手を伸ばした。
「エリー、TPを払う。僕に聖剣を、聖剣グラスタリミアを頼む」
――・・・何?!――
「聖剣だって?!」
魔王ザンタナと勇者ラルクが――僕の事ではなくこの世界の勇者ラルクが――驚きに目を見張った。
その直後、僕の目の前に光が集まると、美しい細身の剣が姿を現した。
この姿、刀身の銀色の輝き。間違いない。
魔封聖剣グラスタリミアだ。
剣の柄を握ると、聖剣はまるで僕との再会を喜んでくれているかのように、柔らかな光を放った。
「そんなバカな! 間違いなくたった今、聖剣は魔王の手によって破壊されたはずだ!」
「ていうか、あの剣は一体どこから現れたんだい?! アタシには何も無い所から突然現れたようにしか見えなかったんだけど!」
「し・・・信じられん。これは奇跡じゃ」
勇者パーティーのメンバーは、突然の出来事に混乱しているようだ。
そんな中、真っ先に動いたのはこの世界の勇者ラルクだった。
彼は素早く僕の下へと駆け寄った。
「あなたが誰だか知らないが、その聖剣を渡してくれ! 魔王を倒すにはどうしても聖剣グラスタリミアが必要なんだ! 頼む!」
僕は思わず彼の顔を見つめた。
こんな時にどうかと思うが、僕が彼と――この世界の僕と――こうして面と向かって話をするのはこれが初めてだったからだ。
彼の顔は今の僕の顔よりも(※五歳年下の僕なんだから当たり前だが)若く、そして表情に屈託がなかった。
「聞こえていないのか?! いいから早く僕の聖剣を返してくれ!」
僕が聖剣を手にして混乱しているとでも思ったのか、勇者ラルクがこちらに手を伸ばした。
僕の聖剣? いや、違う。
僕は半身になって彼から聖剣を遠ざけると、ハッキリと言い放った。
「僕の聖剣? 違うよ。これは僕がエリーに作って貰った僕の聖剣だ。君も見ていただろう? さっき魔王に折られてしまった剣。あれが君の聖剣だ」
「なっ・・・」
衝撃に勇者ラルクの顔が強張った。
まさか僕に断られるとは思わなかったのだろう。勇者ラルクは驚きで固まってしまった。
甘いな。甘すぎる。
そんなだから大事な聖剣をオルファンに盗まれたりするんだ。
いくら仲間を信用していたとはいえ、魔王との最終決戦を前に、唯一の切り札である聖剣から目を離すなんて、昔の僕では考えられない。
(これも僕が歴史を変えてしまったせいなんだろうな)
勇者が甘くなったばかりか、どこか軟弱になってしまった。
あるいは、人というのは大事な物を失った事がなければ、夜ごと後悔するほどの失敗をしなければ、本当の意味では強くはなれないのかもしれない。
(だが、そんな強さは、平和な暮らしには必要無いものだ)
魔王軍を恨んで憎んで、過去の自分を責め立てて、そんな戦いの日々が終わった後、誰もが平和に暮らせる世界がやって来た時、その人は本当に心から幸せになれるのだろうか?
僕や僕のかつての仲間達の苦しみなど、経験せずに済めばその方が幸せなんじゃないだろうか。
――グオオオオオオオ! 勇者! 勇者ラルク! 殺す! 殺してやる!――
突然、魔王ザンタナが吼えた。
「いかん! 魔王が――グッ!」
「ガレット!」
魔王が振り回した拳を、大盾の騎士ガレットが辛うじて受け止めた。
天秤抜きのマグリットが槍を構えながらこちらに振り返った。
「もうどっちでもいいから、とっとと聖剣を魔王の心臓にぶっ刺しな! お膳立てはアタシらが整えてやるからよ! 行くよ、ジェスラン!」
「マグリットちゃんさあ、こんな時だけ俺を名指しで呼ぶの止めてくんない?」
教会服をだらしなく着崩した神父、戒律破りの常習犯ジェスランが嫌そうに棘付きメイスを構えると、マグリットの後に続いた。
「援護する!」
ジェスランに伸びた毒蛇を、二つ矢アッカムの矢が貫いた。
「デカイ蛇の相手はムリだけど、ちっこい蛇の相手なら俺だって――」
「パパス、前に出るな! むしろ邪魔だ!」
「ちょ、サイゾーのオッサン! それって酷くね?!」
異国の剣士サイゾーの容赦ない言葉に、少年兵パパスが涙目になった。
再び聖剣がこちらの手に戻った事で――魔王を倒せる手段が見つかった事で――勇者パーティーの仲間達は息を吹き返した。
現金というか、したたかというか。
こういう点は世界が違っても頼もしい仲間達である。
僕は聖剣を握りしめると、彼らの戦いに加わるべく走り出そうとした。
そんな僕の腕を勇者ラルクが掴んで止めた。
「待て!」
「待つんじゃ!」
勇者ラルクの声に老魔術士ドレの声が重なった。
「その聖剣は僕の――」
「んなコト言っとる場合か! 二人共良く聞け! これは王城の賢人会に勤めるワシの弟子が伝えて来た話じゃが、魔王の心臓を破壊した際に発生すると思われる魔力暴走。これを防ぐには二つのマジックアイテムが必要という事じゃ。一つは竜騎士として名高いあの青竜卿が使っていたバルナポルタの|籠手≪ガントレット≫。もう一つは教会から聖人として認定されているサグサダレイが作った聖なる|護符≪アミュレット≫。このどちらが欠けても魔力暴走を防ぐことは叶わんのだそうじゃ」
「それってまさか・・・」
正確に覚えている訳ではないが、その二つの名前には聞き覚えがある。
聖剣グラスタリミアが折られる前。魔王ザンタナが破壊したマジックアイテムを見て、老魔術士ドレが叫んでいたのがそんな名前ではなかっただろうか?
「そのまさかじゃ。おそらくオルファンのヤツは二つのマジックアイテムを持っておったのじゃろう。だからこそ、聖剣を盗み、自分の手で――いや、王都騎士団の手で魔王を打ち倒そうとしたのじゃ。そして魔王の魔力暴走を抑えられるマジックアイテムは失われてしまった。つまり、最早魔王の魔力暴走を止める事は誰にも出来んという訳じゃ」
魔王に止めを刺せば、その瞬間に魔力の暴走が始まってしまう。
そしてそれを止める手段はない。
五年前の僕の時と同じく、大爆発する未来が待っているという訳だ。
なんて事だ。せっかく王都の賢者達が、魔力爆発を抑える手段を見つけてくれたというのに、まさかこんな事になってしまうなんて。
「くっ・・・じゃあ一体どうすれば」
この時、僕はふと視線を感じて振り返った。
そこにいたのはエリー。
彼女は今まで一度も見た事がない程辛そうな表情で僕を見ていた。
(そうか。僕に残された時間はもう――)
僕は改めて周囲を見回した。
忘れるはずもない、僕のかつての仲間達。
勿論、この世界の彼らだって、戦いの中で悩み、苦しみ、後悔だってして来ただろう。
しかし、それでも彼らの表情には、僕の知っている仲間達ほどには、芯の強さ、あるいは触れれば切れるような張り詰めた悲壮感を感じなかった。
(結局、僕はこの世界のイレギュラー。本来ならここにいてはいけない人間なんだろうな)
僕は勇者ラルクの手を振りほどいた。
彼は僕の表情から何かを察したのか、ハッと目を見開いた。
「ダメだ! よせ! それは勇者である僕の役目だ!」
僕は大きくかぶりを振った。
「違うよ。さっきも言ったけど、君の聖剣は魔王に折られてしまった。君はもう勇者じゃないんだ。今の君はアロイ村の少年ラルクなんだよ」
「えっ・・・なんであなたが僕の村の名前を?」
あれ? 僕って仲間達に自分の村の名前を言っていなかったっけ?
あ~、そう言えば、「どうせみんな聞いた事ないだろうし」と思って、山の中にある小さな村としか言ってなかったんだっけ。
「僕は君だから。時を越えてこの世界にやって来た未来の勇者ラルクだからね」
僕の言葉にラルクと老魔術士ドレは絶句した。
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