第27話 折られた希望

 覚醒を果たした魔王ザンタナとの戦いは苦戦を極めた。


「くそっ! このワシともあろうものが、この大事に何の役にも立てんとは」

「いいから爺さん、あんたは下がってろって! 部屋の外に出たヤツらを――魔王の魔力範囲から出たアンデッドを倒してくれれば、それでいいんだからよ!」


 己の不甲斐なさに歯噛みする老魔術士ドレを、最年少の仲間、パパスが怒鳴り付けた。


「ラルク! 危ない!」

「シエラ! 今は勇者の事より自分の身を守る事を優先しろ!」


 幼馴染の思い人のピンチに思わず身を乗り出した剣士シエラを、二つ矢のアッカムがすかさず援護する。

 アッカムは弓兵。大きく弧を描くように放った一の矢を、すかさず放った二の矢で見事に命中させた事から、二つ矢の名で呼ばれるようになったそうだ。

 小柄な体に不釣り合いな大きな弓。どこかアンバランスな印象を与える原因は、左右の腕の太さの違いによるものだ。

 これは長く弓を扱っている者に見られる身体的特徴でもある。


 勇者ラルクの仲間達は魔王の生み出した不死者との戦いで手一杯だ。

 不死者は普通のアンデッド兵とは違い、頭を潰しただけでは倒せない。

 とはいえ、流石に完全な不死ではないらしく、体から切り離された部位は動かなくなる。

 そういった訳で、今では辺り一面、手足を切り飛ばされた胴体が、芋虫のようにウネウネと蠢いている状態だった。

 元が仲間――王国騎士団と知っているだけに、思わず目を覆いたくなる光景である。

 魔王は邪魔者の相手を不死者に任せ、自身は勇者ラルク(僕の事ではなく、この世界の勇者ラルク)へと襲い掛かっていた。


 ――勇者・・・ゴロス・・・殺す――


 魔王の耳まで裂けた口から瘴気が漏れると、丸太のように太い魔王の腕が、勇者ラルク目掛けて振り下ろされた。


「くっ! こ、この!」


 ラルクは慌てて大きく横っ飛び。辛うじて魔王の剛腕を躱した。

 今の所、ラルクは防戦一方。

 魔王の動きが鈍重なおかげで、どうにか攻撃を躱せている状態だ。

 とはいえ、それも長くは持たないだろう。疲れて動きが鈍った時が彼の最後になるに違いない。

 しかし、勇者パーティーも黙ってやられてばかりではなかった。


「ガレット!」

「おう! ――ぐっ! さ、サイゾー、マグリット、頼んだ!」

「任せときな! セイヤッ!」


 魔王の体から生えた巨大な蛇――触蛇――の攻撃を、大盾の騎士ガレットが受け止めた。

 動きの止まった触蛇に、すかさず左右から異国の剣士サイゾーと天秤抜きのマグリットが切りつける。


「ギャアアアアア!」

「ほんっっとに硬い蛇だねえ! いい加減、手が痛くなって来たよ!」

「サスケ、お主の刀を俺に! この刀はもう使えん!」


 マルグリットは顔をしかめながら軽く手を振り、サイゾーは愛用のカタナブレードを鞘に納めると弟子から武器を受け取った。


「残りの蛇は?」

「無傷の触蛇は後二匹。全ての触蛇を始末したらラルクの援護に向かうぞ!」


 意志を得た今の魔王は自分で敵に襲い掛かる事も出来るようになったが、それでも鋼の鱗を持つ巨大な六匹の触蛇が攻守の要である事に変わりはない。

 僕の時も先ずは仲間と総がかりで触蛇を倒し、それから魔王本体に止めを刺したのだ。

 今回は僕の時とはかなり状況が違うとはいえ、こちら側の戦力も僕の時に比べると遥かに充実している。


「ラルク! 今は守りに徹するんだ! こちらの手が空き次第、助けに向かう!」


 勇者ラルクは苦しい息の中、仲間の声に頷いた。

 負傷者こそ出しているものの、勇者パーティーは健闘している。

 今の調子で行けばいずれは――具体的には魔王の六匹の触蛇が動けなくなった時に、戦いの均衡は崩れるだろう。


(だが、それでも勝つ事は出来ない)


 そう。仮にいくら戦局が有利になったとしても、今のままでは魔王を倒す事は出来ない。

 勇者ラルクにもそれが分かっているのだろう。彼の顔には焦りの表情が浮かんでいた。

 僕に出来る事は・・・

 僕は可能な限り戦闘を避けながら、目を皿のようにして広い玉座の間を見回した。


(どこだ? どこに騎士オルファンの死体がある? 聖剣グラスタリミアはどこにあるんだ?)


 そう。魔王を倒すためにはその心臓に聖剣を突き立てる必要がある。

 僕は女たらしの騎士オルファンが奪っていったという聖剣グラスタリミアを探すのだった。




 前触れもなくその時は訪れた。

 今まで脇目もふらずに勇者ラルクを追いかけていた魔王が、突然足を止めたのである。


「ハア、ハア、ハア・・・?」


 ラルクは警戒しながらも、すかさず魔王から距離を取り、荒い呼吸を整えた。

 魔王ザンタナは苦悩するかのように額に手を当てると、大きな唸り声を上げた。


 ――思い・・・出したぞ。勇者・・・そして・・・聖剣。そうだ・・・聖剣グラスタリミア。我を滅した忌むべき魔封剣――

「ま、マズい!」


 僕達はハッと目を見開く。

 魔王は人間であれば顎が外れる程の大口を開けると、大量の瘴気を吐き出した。


「これは?! みんな下がれ! この瘴気の量はマズい!」


 勇者と仲間達は手で口を塞ぐと、慌てて魔王のそばから離れた。

 魔王を中心とした瘴気は渦を描くように、床の一点に吸い込まれていく。


 ズルリ・・・


 細長い何かが二つ、フラフラと床から伸びた。

 それは真っ二つに裂けた人間だった。

 そう。縦に半分に割られた人間が、左右それぞれ片足づつで立ち上がったのだ。


「――オルファン!」


 それは王国騎士団の団長。女たらしで鳴らした伊達男、騎士オルファンの変わり果てた姿だった。

 魔王ザンタナはオルファンの左半身に向けて大きな手を差し出した。

 オルファンは、その手の上に古風な|籠手≪ガントレット≫と、古びた|護符≪アミュレット≫を乗せた。


「この魔力! そうか! あれがバルナポルタの|籠手≪ガントレット≫と、聖人サグサダレイの|護符≪アミュレット≫か!」


 老魔術士ドレがギョッと目を剥いた。

 魔王ザンタナがその手を握りしめると、バキバキと音を立て、|籠手≪ガントレット≫と|護符≪アミュレット≫が破壊された。


「ああっ! 我が国に代々伝わる貴重なマジックアイテムがーっ!」


 ドレの悲鳴には誰も反応しなかった。

 魔王はもう一度、今度はオルファンの右半身に向けて手を伸ばした。


「あれは・・・まさか――まさかまさかまさか! 止めろおおおおおおお!」


 勇者ラルクは叫びながら飛び出した。

 オルファンは魔王の手に白銀の剣を――勇者の象徴たる聖剣グラスタリミアを乗せた。

 魔王ザンタナは無造作に両手で剣を握ると――


 バキーン!


 恐るべき剛腕で聖剣を根元から叩き折ったのであった。




 僕達の目の前で聖剣は破壊された。

 魔王が手を開くと、どす黒い血が滝のように流れ落ちる。

 聖剣が魔王の鋼の皮膚を貫いた結果である。

 流石は聖剣。しかし、いくら魔王の手に大きな傷を負わせたとしても、それだけでは致命傷にはならない。

 魔王を殺すためには、魔王の心臓に魔封聖剣グラスタリミアを突き立てなければならないのだ。

 そうしなければ魔王の力の源、無限に湧き出す瘴気の元を完全に滅ぼす事は出来ない。

 この瞬間、魔王を倒すためのたった一つの手段は永遠に失われてしまったのである。


「そんな・・・そんな事って・・・」


 勇者ラルクはその場に崩れ落ちた。

 いや、ラルクだけではない。勇者の仲間達もある者は力無く座り込み、ある者は絶望に膝を付いた。

 無理もない。

 勇者が希望を失った時、その仲間達も頼るべき物を失ったのだ。


 ――聖剣は・・・折れた――


 魔王ザンタナは満足そうに呟いた。


 ――これで・・・我は滅びぬ・・・永遠に・・・生き続ける――


 それは魔王ザンタナの勝利宣言だった。

 魔王の命を奪える唯一の武器はなくなった。

 もうこの世界に、誰も魔王を止められる者はいない。

 誰もがそう思った。

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