第26話 魔王覚醒

◇◇◇◇◇◇◇◇


 魔王城の外。

 ここでは教会から派遣された軍と義勇兵達が、城内に突入した部隊の退路の確保に当たっていた。


「まさか王都騎士団がこのような手に打って出るとは。・・・我々の先を越されましたね」

「・・・滅多なことを言うものではない」


 初老の男が部下の軽口をとがめた。

 彼は教会軍指揮官。教会では主任司祭の立場にある。

 彼の直属の上司は中央の司教。中でも急進派に当たる司教である。

 ラルクの活躍で戦争の被害が抑えられた事により、結果として勇者ラルクの戦力は本来の歴史よりも強化された。

 その事に危機感を覚えた王都の貴族達が王都騎士団を動かし、自分達の戦力でこの戦争を終わらせる――魔王の首を取る事を画策したのだが、そちらはさておき。

 勇者ラルクの戦力の強化は、実は彼の後ろ盾である教会側にも焦りを生んでいた。

 戦争が始まった初期の頃とは違い、今の勇者ラルクは教会の助けを必要としていない。自前の戦力が充実しているからである。

 勇者の後ろ盾として自分達の権限を強化して来た急進派としては、勇者をコントロールしきれてない今の状況は非常に望ましくない。

 ならばせめて魔王の首くらいは自分達の手で。

 そう考える者達が出て来るのも当然の成り行きであった。


「こうなれば王都騎士団が魔王に敗れるのを願うしかないな」

「理想としては、王都騎士団が魔王を弱らせ、勇者が魔王と相打ちになって、残った我々が漁夫の利を得る。といった所でしょうか」

「ふふっ。そこまで望むのは流石に出来過ぎだろう」

「でしたら、現実が理想通りになるように、こちらからも動くしかないのでは? ――ああ、それがこの布陣という訳でしたか」


 副官は納得した様子で辺りを見回した。

 現在、彼ら教会軍は義勇兵達の前、最前線に布陣している。

 しかしこれは裏を返せば、魔王城ごと義勇兵達を取り囲む形でもあった。


「いざとなれば義勇兵達ごと勇者達を葬り、我らが漁夫の利を得る、という訳ですな。死人に口なしですか」

「だから言っているであろう。滅多なことを言うものではない、と」


 主任司祭は口では副官をとがめながらも、まんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。

 その時、部隊の一部から敵発見の報告が上がった。


「魔王軍発見! アンデッド兵かと思われます」

「またか。各自、各々の判断で撃破せよ」

「はっ!」


 彼らはここまでに何度もアンデッド兵による襲撃を受けている。

 いずれも散発的な戦いで、相手側の戦力も数十から百程度。今回もその程度のものと思われた。


「あの装備は王都騎士団? そうだ、間違いない。王都騎士団の死体がアンデッド兵になっているんだ」

「なに? ヤツらめ、本当に魔王にやられたのか」


 であれば、貴族側の狙いは――魔王の討伐は――まんまと失敗した事になる。

 主任司祭が喜色を浮かべたのは一瞬の事だった。


「つ、強い! うわあああああ!」

「何なんだコイツら?! アンデッド兵じゃないのか?! こんなヤツら、一体どうやったら殺せるんだ!」

「た、助けてくれー!」


 教会軍の戦線は無数のアンデッド王都騎士団兵によって、たちまちのうちに崩壊してしまうのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 玉座の間は赤い絵の具をぶちまけたように、一面、血と臓物にまみれていた。

 吐き気を催す光景の中、立ち尽くす巨大な影。

 魔王ザンタナの顔がゆっくりとこちらに向いた。


「そんなバカな!」


 僕の背筋を戦慄が貫いた。

 魔王ザンタナは意識というものを持たない。まるで植物のようにその場に佇む存在だったはずである。

 魔王の細く裂けた口が開くと、空気と共に濁った瘴気を吐き出した。


 ――ユウジャ・・・勇者・・・ゴ・・・殺す――


「今のは言葉?! まさか魔王が言葉を喋ったのか?!」


 バカな、あり得ない! 意識があるどころか、言葉を喋る知性まで持ち合わせているなんて!

 この世界の魔王に、一体何が起きているというんだ?!

 混乱して立ち尽くす僕に対し、勇者ラルク達は最初こそ驚きはしたものの、直ぐに戦いの準備を整えた。


「ちょっと、これってどういう事? 情報だと魔王は動かなくて、注意するべきなのは体から生えた蛇だけだって話だったわよね?」

「この死体は王都騎士団の物じゃろうな・・・。大方、動かんと油断していた所をやられたといった所か」

「ドレと魔法部隊は部屋の外まで下がれ。俺にでも感じ取れる程の魔力量だ。魔王に魔法が通用しないという話は本当だったようだ」


 ドシーン!


 魔王の六本の触蛇が床に叩きつけられた。

 これは怒りだ。なんとこの魔王には意識だけではなく、感情までも芽生えているのだ。


 ――ユウジャ・・・殺す――


「殺される訳にはいかないよ!」


 勇者ラルクは横っ飛び。大きく振るわれた触蛇を掻い潜った。


「ガレット!」

「むぅん!」


 ドシッ!


 大盾の騎士ガレットの構えた大盾が触蛇の一撃を受け止めた。


「サイゾー! マグリット姉さん!」

「心得た!」

「任せな!」


 動きの止まった触蛇の頭に、左右からサイゾーとマグリットの攻撃が叩き込まれる。

 サイゾーの武器はカタナブレード。マグリット姉さん(今となっては僕と同い年だが)の武器は乱戦でも取り回しの良い短槍。

 マグリット姉さんの異名は天秤抜き。裏に天秤が描かれたコイン――いわゆる天秤コインを槍で貫いた事から、その名で呼ばれている。


「ジャアアアアアア!」


 触蛇から魔物特有のどす黒い血が噴き出す。


「やった! 効いているぞ!」

「流石は勇者パーティーの五傑だ!」


 歓声を上げる仲間達。

 しかしサイゾーとマグリット姉さんの顔色は冴えなかった。


「チッ。硬ったいねえ・・・。槍の穂先が欠けちまったよ」

「よもや拙者とマグリット殿の攻撃でも倒せぬとは」


 そう。勇者パーティー五傑の二人、槍のマグリットと刀のサイゾーの二人がかりの攻撃でも、触蛇は倒し切れなかったのだ。

 とはいえ、流石に触蛇も無事では済まなかったようだ。ヨロヨロと力無く引っ込むと、怯えるように魔王の体に巻き付いた。

 触蛇は魔王最大の攻撃力である。

 戦いの開幕早々、六匹しかいない触蛇のうち、一匹に深手を負わせる事が出来たのは上々と言えるだろう。

 魔王ザンタナにもそれが分かったのだろう。魔王は怒りを堪えるように大きく瘴気を吐き出した。

 いや、違う。これは――


「見ろ! 魔王の瘴気が死体に吸い込まれていくぞ!」

「動いた! 死体がアンデッド化しているんだ!」


 そう。魔王は自らの瘴気によって、王都騎士団員の死体をアンデッド兵化したのである。


「くそっ! やけに王国騎士団員の死体が少ないと思っていたが、既にアンデッド化させていたのか!」

「無駄口を叩いている間に手を動かせ! アンデッドになったヤツらが動き始める前に、少しでも死体の首を切り落とすんだ!」

「ば、バカな! 切り離した首がひとりでにくっついたぞ!」


 通常、アンデッドは頭部を切り離せば動きが止まる。

 それは生き返った死体とはいえ、この世の摂理に支配されている――僕達生きている人間と同じく、脳から体を動かす命令が出ている――ためである。

 しかし、魔王ザンタナが生み出したアンデッドは、この世の物理法則を捻じ曲げるようだ。

 彼らは本当に文字通りの不死者なのか、頭が無くてもフラフラと体を揺らしながら起き上がったのである。


「オ、オ、オ、オレ、オレ、ハ、ドウナッタ」

「喋った?! アンデッドが喋るなんて!」


 そして頭部が残った死体は、言葉すら喋ったのである。


「オレ、ハ、死ンダ、ノカ。痛イ、痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イイイイイ痛イイイイイ・・・」

「ヒイイイイイ! アアアアアアアア! オオオオオオオオ!」


 中には死の間際の恐怖で既に正気を失っているのか、絶叫しながら頭を掻きむしる者もいる。

 それは正に地獄さながらの光景だった。


「ひ、酷い・・・」

「・・・これが魔王の力。魔王を倒さなければ、いずれはこの光景が国中に、いや、世界中に広がってしまうというのか」


 仲間の声が恐怖に震えた。

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