第25話 血濡れの玉座

「あれが魔王城か・・・。城って言うよりもでっかい遺跡みたいな感じだな」


 誰かの声が僕の耳に届いた。

 なる程。遺跡とは上手い事を言うもんだ。僕は密かに感心した。

 魔王城は便宜上、|人間サイド≪こちら側≫が勝手に城と呼んでいるだけで、実は城としての機能はほとんど備わっていない。正確には魔王の住居とも言うべき建物なのだ。

 男の言うように、大きな遺跡というのは中々に的を得ている表現と言えた。

 その時、部隊の前方でざわめきが広がった。


「敵だ! アンデッド兵!」

「アンデッドならワシに任せい! 【フレイム・アナイレーション】!」


 この声は老魔術士ドレか。


 ゴウッ!


 火属性魔法のファイヤーの上位魔法。フレイムの範囲攻撃が発動。

 魔王軍のアンデッド兵は、足元から立ち上る炎の柱によって丸焼きになった。


「討ち漏らしは任せたぞい」

「拙者にお任せあれ。行くぞ弟子達よ」

「「「はっ!」」」


 異国の剣士サイゾーが、湾曲した細身の片刃剣、カタナブレードを抜くと、弟子達を引き連れて走り出す。

 昔、本人から直接聞いた話だが、あのカタナブレードは彼の魂なんだそうだ。

 あれ? 本人の魂じゃなくてブシとか何とかの魂なんだっけ? ・・・いやまあ、それはさておき。

 一度死んだ事のある今の僕は、人間に魂が存在する事を知っている。

 想像するに、きっとサイゾーは秘伝の魔法か何かで、ブシとかいう人の魂をあのカタナブレードに宿らせているのだろう。


「カタナはブシの魂か・・・。あの時は全然ピンと来なかったけど、東方人は何とも恐ろしい事を考えるもんだなあ」


 僕は異国の文化に戦慄した。

 サイゾーと彼の弟子達によって、生き残りの(アンデッドにこういう表現を使うのもどうかと思うけど)アンデッド兵達はたちまちのうちに切り捨てられた。

 その見事な手並みに、義勇兵から「おお~」と感嘆の声が上がる。


「流石は勇者パーティーだな」

「ああ。けどこれだと俺達が付いて来た意味ないんじゃないか?」


 確かに。あちこちで義勇兵達が苦笑した。




 あの騒ぎの後、勇者ラルク(僕じゃなくてこの世界のラルクね)は、先行した騎士オルファン率いる王国騎士団を追いかける事となった。

 ラルク本人は気乗りしない様子だったが、みんなの勢いに押された形だ。

 まあ、彼の気持ちも分からないではない。(なにせ本人だからね)

 ぶっちゃけ、魔王さえ倒せるのなら誰が倒しても構わない。そんな風に思っているのだろう。

 騎士オルファンは勇者パーティーの五傑の一人。

 誰が呼んだか勇者パーティー五傑とは、剣のオルファン、魔法のドレ、槍のマグリット、弓のアッカム、刀のサイゾーの五人の事を言う。

 剣は|勇者≪僕≫が一番だったんじゃないのかって? う~ん、剣と槍は割とまあまあ。魔法はそれなり。弓と刀はからっきし、って所かな?

 要するに、僕は剣の腕ではオルファンに全然敵わなかったのだ。


 魔王ザンタナに関しては、事前に僕の知る限りを彼らに伝えてある。

 既にその情報を元に、対策はバッチリ考えられているだろう。

 勇者ラルク的には、なんなら自分よりオルファンの方がよっぽど上手くやれるんじゃないかな? くらいに思っているに違いない。


 勇者パーティーのメンバーが、戻って来たサイゾー達を労っている。

 かつての仲間達の姿を、こうして外から眺めるのは未だに違和感を感じて仕方がない。

 五年前の魔王城での戦い。あの時と同じ顔触れもあれば、本来であればこの場にはいなかった――この時点では既に死んでいた――仲間の姿もある。

 彼らの顔は良く言えば僕の記憶にあるものよりも明るく、悪く言えばどこか緩みを感じさせた。

 それはこの戦争の被害が僕の時よりも少ないから――勇者パーティーの仲間の犠牲だけではなく、彼らが大切にしている人達、家族や恋人、部下や友人を失っていないから、かもしれない。

 つまりは彼らが受けた心の傷は、僕の仲間達よりも浅いのだ。

 勿論、それ自体は大変に喜ばしい事だ。僕の五年間の苦労が実を結んだ結果とも言える。

 しかし、こうして記憶の中の仲間達と似て異なる彼らの姿を見ていると、僕は自分がこの世界の人間ではない――本来この場にいて良い人間ではない――と付き付けられるようで、胸にチクリと痛みを感じずにはいられなかったのだった。




 僕達の歩みは順調そのもの。ほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに魔王城の入り口まで到着した。

 どうやら敵の残党は、騎士オルファン率いる王国騎士団に粗方倒されてしまったらしい。


「王国騎士団のヤツらはどこにもいないな」

「既に魔王城に突入しているんだろうな。この様子だと、もう魔王もあいつらにやられているんじゃねえか?」

「汚ねえヤツらだ。最後の最後に勇者を裏切って抜け駆けしやがって」


 |勇者ラルク≪この世界の僕≫がホッとしている姿が見える。

 どうやら戦闘中の王国騎士団に追いついてしまったら、どんな顔をしてオルファンに会えばいいか分からない。とか考えて気が重くなっていたようだ。

 そんな彼の背中を幼馴染の剣士シエラが叩いている。多分、「頼りないわね! シャキッとしなさい! ここはもう魔王城なのよ!」とかなんとか言っているのだろう。

 う~ん。シエラはラルクの前だといつもあんな調子だから、好意に気付いて貰えないんだろうなあ。

 はたから見ているとそれが良く分かるよ。

 というか、こういう場面で、みんなが何とも言えない顔でこっちを見ていた事があったけど、あれってそういう意味だったのか。

 誰か教えてくれれば良かったのに。


 教会の兵士と義勇兵は城の入り口の確保のために残される事になった。

 魔王城に突入するのは勇者軍約二千。それと義勇兵の中から腕利き百人程度が選ばれ、魔王城に入る事となった。

 ちなみに僕もその選抜メンバーに選ばれている。これでも元勇者なので。


「ひえっ! ・・・こ、これは」

「うわっ! 何だここは・・・」


 勇者の仲間達は魔王城に足を踏み入れた途端、小さな悲鳴を上げた。


「な、なんだこの城は。建物の中というより、まるで生き物の体の中に入ったみたいじゃないか」


 中々上手い例えだ。

 僕が五年前、初めて魔王城に突入した時には、まるで洞窟のようだ、と感じた。

 しかし、この不気味さは、生き物の体内、と言われた方がむしろしっくりくる。

 僕達は石造りの巨大な体内を、警戒しながら進んだ。

 それからしばらく。

 隊の先頭を歩いていた勇者ラルク達が、突然走り出した。

 僕達も慌てて後に続く。

 走り始めてすぐに、なぜ彼らが急に走り出したのかに気が付いた。

 廊下の先から声が――悲鳴が聞こえたのだ。

 そして漂って来る濃厚な血の匂い。

 誰かがこの先で戦っている。

 やがて開け放たれた大きな扉が見えた。

 忘れもしない、あそこは玉座の間。

 魔王ザンタナと戦った決戦の場だ。


「伏せろ!」


 先頭を走っていた勇者達が、突然その場に身を伏せた。

 一瞬遅れて僕もそれに続く。


「えっ?」


 次の瞬間、反応の遅れた兵士がまとめて吹き飛んだ。


「な、何が・・・」

「バカ! まだ立ち上がるな!」


 ゴリッ!


 立ち上がった兵士の頭を巨大な蛇が噛み砕いた。

 すかさず異国の剣士サイゾーのカタナブレードが閃くと、兵士を殺した蛇の胴体に必殺の抜き打ちが叩き込まれた。


 ギャリン!


 薄暗い廊下に、甲高い音と共に激しく火花が散った。


「クッ! こやつの体、硬い。よもや銘刀、一文字長光ですら断ち切れぬとは!」

「魔王の触蛇だ! 避けろ!」


 触蛇は|百蛇≪ひゃくだ≫の魔王ザンタナの体から生えた無数の蛇、その中でも特に大きく、硬い、魔王の腕とも言うべき六匹の蛇の事を言う。

 実は魔王ザンタナ本人には攻撃力はない。

 というよりも、魔王本人には意識というか自我がない。

 魔王とは意思も無く、ただ魔力を垂れ流すだけの存在なのである。

 そんな魔王を利用し、自らを魔物化した者達がいる。

 それが魔王を信仰する邪悪な宗教団体の教徒達である。

 そう。この戦争は魔王によって引き起こされた物ではない。

 その首謀者はあくまでも魔人――つまりは元人間。この戦争は人間対魔王ではない。全ては魔物化した人間達による歴史に類を見ない大虐殺、ないしは人間に対しての裏切りだったのである。


「こ・・・これは」

「・・・酷い」


 玉座の間は赤い絵の具をぶちまけたように、一面、血と臓物にまみれていた。

 吐き気を催す光景の中、立ち尽くす巨大な影。

 魔王ザンタナの顔がゆっくりとこちらに向いた。

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