第23話 奪われた聖剣

 翌日。陣地の中は朝からざわめいていた。


「王国騎士団のヤツらが誰もいないだって? 一体どこに行ったんだ?」

「まさか逃げ出したなんて事は――流石にないよな?」

「当たり前だろ。王国騎士団だぞ。騎士団が魔王を前に逃げ出したなんて事になったら、国のメンツは丸つぶれだぜ」


 どうやら女たらしの騎士オルファン率いる王国騎士団が、陣地からいなくなったらしい。

 勇者ラルク――僕の事ではなく、この世界の僕の事ね――とその仲間達は、今朝から忙しくその対応に追われているようだ。

 それにしても一体何が?

 僕の時にはなかったこの出来事に、僕も戸惑いが隠せなかった。

 僕が参加している義勇兵軍に情報が伝わって来たのは、太陽も空に登り切り、そろそろお昼になろうかという頃だった。


「王国騎士団は先行して魔王城に攻め込んだそうだ」


 そう、騎士オルファン率いる王国騎士団は、僕達に先駆けて彼らだけで魔王城に攻撃を仕掛けたというのだ。

 僕は思わず山の中腹にそびえる魔王城に振り返ったが、流石にこの距離では王国騎士団が戦っている姿は見えなかった。


「しかし一体どうして? 僕達、正規の軍人ではない義勇兵が必要ないというならまだ分かるけど、教会の兵や勇者とその仲間達まで置いて行く理由なんてないだろうに」


 しかし、疑問に思っていたのは僕だけだったようだ。

 周りの義勇兵達は、みんな訳知り顔でため息をついていた。


「あ~あ、アイツらとうとうやりやがったか」

「かなり焦ってたみたいだしな。いつかこうなる気はしてたよ」

「? どういう事だい?」


 僕の疑問にヒゲの義勇兵が答えた。


「ああ。元々、魔王討伐軍は王国騎士団が中心になって編成されていたんだ。その部隊に、勇者ラルクが直接率いる勇者軍、それに教会の軍が加わった形だな」


 確かに男の言う通りだ。

 もう少し詳しく説明すると、討伐軍の中心は王国軍――王国騎士団が率いる軍約五千で、その下に各地から集まった領主軍、合計八千が従っている。

 領主達の軍が八千というのは少ないようにも感じるが、今では魔王領とも呼ばれるようになったノースベール伯爵領、そして伯爵領に隣接する領地では、魔王軍が攻めて来る恐れがあるため、部隊を動かす事が出来ないのである。

 これら一万三千に加えて、勇者ラルクとその仲間達が率いる、いわゆる勇者軍が約二千。

 その中には大盾の騎士ガレットの部下達や、老魔術士ドレ率いる魔法部隊、隻眼の剣士サイゾーの弟子達なども含まれている。

 そして勇者ラルクの支援者である教会の戦力が約二千。

 これには教会の僧侶だけではなく、腕に覚えのある信者達も含まれている。

 この一万七千の戦力に、僕達、一般の義勇兵約五千を加えた、合計二万三千が、今この場に集まっている魔王討伐軍の全兵力となるのである。


 軍事に詳しくない僕には、二万三千という数が多いか少ないかは分からない。

 しかし、最初の時の戦い――僕が魔王と相打ちになったあの時――には、この半分にも満たない戦力で魔王城に攻め込んでいた。

 特に勇者軍の戦力差は歴然で、今回の十分の一以下。たったの百数十人しかいなかった。

 魔王討伐軍の多くは魔王城にたどり付く前に、激戦の中、命を散らしている。

 僕達は|数多≪あまた≫の犠牲者の屍を踏み越えて、決戦の地――魔王城の玉座の間へとたどり着いたのである。


 僕が頷くと、ヒゲの義勇兵は説明を続けた。


「つまり、魔王討伐軍ってのは元々は王国軍だったって事だ。それが今では勇者の率いる戦力によって押されている。昨日の戦いだってそうだ。中心になっていたのは勇者達の軍勢だった。

 王国騎士団と言えばこの国の最高戦力。主に中央の貴族の子弟で構成されている。それに対して勇者様は平民だ。勿論、勇者軍の中には何人か貴族もいるが、それだって大抵は地方貴族だ。中央の貴族にとっては自分達より格下の相手に過ぎねえ。

 そんな勇者軍が王国騎士団より活躍しちまったら、そりゃあお偉い貴族様としては面目丸つぶれ、面白い訳がねえってこった」


 男の話は僕にとって予想外のものだった。

 一度目の戦争より戦力が充実している。犠牲者も少なくて済んだ。そう喜んでいたのに、まさかそのせいで王国騎士団が追い込まれる事になっていたなんて。

 僕は愕然として立ち尽くしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ラルクの中では五年前の戦い。

 一度目となる魔王軍との戦争はそれは悲惨な物だった。

 確かに大司教はラルクを勇者と認定し、魔王の脅威を訴えたが、ほとんどの者達は彼の宣言に対して懐疑的だった。

 そのため、魔王軍の攻撃は完全な不意打ちとなってしまった。

 勇者ラルクの活躍こそあったものの、一度傾いてしまった流れはそう簡単には覆せない。

 王国は初動のミスのせいで、数多くの犠牲者を出す事になってしまったのである。


 五年前の世界にやって来たラルクは、色々な葛藤を経た上で、戦いの犠牲者を減らすための活動を開始した。

 ラルクはどこの組織にも属さなかったが、五年間の知識があり、エリーという協力者がいた。

 ラルクの活躍によって救われた者達。彼らの中で戦う力を持つ者は、魔王軍との戦いの旗頭――この世界の勇者の下に集まる事となった。


 彼らの活躍もあって、戦いはラルクの知る一度目の歴史より王国側が優位の形で進んだ。

 しかし、それを良しとしない者達がいた。

 王都の貴族達である。

 戦場から遠く離れた王都にいる貴族達にとって、勇者軍の活躍は目障りでしかなかった。


「勇者とはいえ、村出身の平民ではないか」

「左様。勇者軍のほとんどの者が平民と聞く。そんなヤツらにやられる魔王軍も情けない」

「王国騎士団は何をやっておるのだ。勇者などに好き勝手やらせおって」


 貴族達の間で勇者ラルクの評判が低いのは、彼が平民だから、というだけではない。

 勇者の後ろ盾が教会という事もあった。

 つまり、王都の貴族達は教会の権力が強まる事が――自分達の利権が脅かされる事が面白くなかったのである。


「陛下。これ以上、教会が力を付けるのを見過ごす訳にはいきませんぞ」

「――うむ」


 元々、教会と国の――大司教と国王ラファレスの仲は決して悪いものではなかった。

 国王ラファレスが大司教の進言を受け入れ、ラルクを勇者として認定した事からもそれが分かる。

 しかし、勇者ラルクが魔王軍を相手に戦果をあげて行くにつれ、その関係は次第に悪化して行った。

 教会は勇者の後ろ盾として、国政にも口出しするようになっていったのである。


 全ては、勇者ラルクが活躍し過ぎた結果と言えるかもしれない。

 一度目の歴史に比べ、戦局に余裕が出来てしまった事で、戦いの外で勝手な事をする者達が――戦争に政治を持ち込む者達が出てしまったのだ。

 そして勇者ラルクの活躍を支えたのが、一度目の世界よりも明らかに増強された勇者軍の存在。

 つまりはラルクが人々を助けた結果が、巡り巡って今の状況を引き起こしたのである。


 そう。ラルクは頑張り過ぎてしまったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕はショックのあまり呆然と立ち尽くしていた。

 ヒゲの義勇兵は怪訝な表情を浮かべていたが、僕が反応しないので隣の男と話し始めた。


「それで、俺達はどうするんだ? 魔王軍には俺の親戚も殺されているんだ。ここで騎士団のヤツらが魔王の首をあげるのをジッと待っているなんてごめんだぜ」

「俺だってそうだ。今からでも遅くねえ。魔王城に攻め込むよう、勇者様に頼みに行こうぜ」

「そうとも! 魔王を倒すのは勇者様だ! コッソリ抜け駆けするようなセコいヤツらに手柄を横取りされてたまるかよ!」

「そうだそうだ!」


 義勇兵達は拳を振り上げると、勇者ラルクに直訴するために動き出した。

 僕はハッと我に返ると、慌てて彼らの後を追った。

 勇者ラルクが――この世界の僕が――どうするのか知りたかったからである。


(というより、なぜこの世界の僕は未だに動かないんだ? 王都騎士団の姿が無い事に気付いた時点で後を追いそうなものなのに)


 時刻はそろそろお昼になろうとしている。

 仲間と対応を相談していたとしても、こんな時間になっても何の動き出しも無いのは流石におかし過ぎる。


 この時、僕は知らなかった。

 この世界の勇者ラルクは動きたくても動けなかったのである。

 その理由は、極秘裏に仲間達と一緒にとある品を探していたから。

 それは教会から預かった重要な物。勇者の象徴。


 聖剣グラスタリミア。


 正式名、魔封聖剣。

 その名の通り、魔王に止めを刺す事の出来る、この世にたった一振りの剣。

 その宝剣が何者かによって奪われてしまったのである。

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