第22話 決戦前夜
かがり火が焚かれた陣地の中は昼間の勝利の余韻で興奮に包まれていた。
ラファレス王国軍を中心とした人類軍は、昼間の野戦で魔王精鋭軍を打ち破った。
夕食には一人一杯づつ酒が振る舞われ、兵士達は盃を手に、今日の勝利と戦いの中で死んでいった仲間達に乾杯した。
残すは敵の本丸。北の山の中腹に見える魔王の居城、通称魔王城のみ。
王国軍の士気は天を突かんばかりに高まっていた。
僕は不気味な魔王城を見つめながら、感慨に耽っていた。
「とうとうここまで来たか・・・」
生き返ってから五年。
僕にとっては二度目となる魔王軍との戦い。
それは、一度目のそれより遥かに辛く、厳しい物となった
|勇者≪ぼく≫という存在が、いかに仲間達、そして教会と王国軍によって支えられて来たか。
たった一人の戦いの中、僕はイヤという程、それを実感させられる事となった。
それでもどうにかここまで来られたのは、エリーの助けがあっての事だ。
エリーにはいくら感謝してもし足りない。
もし、彼女とミニオン契約をしていなければ、道半ばで倒れていたのは間違いない。
そうなれば、この世界で僕が助けて来た多くの人達も、元の歴史同様、魔王軍の犠牲者となっていただろう。
「ありがとうエリー。ここまで来れたのは君のおかげだよ」
「・・・ふん」
僕の言葉にエリーはそっぽを向いた。
エリーは最近、機嫌が悪い。
彼女が言うには、どうやら僕のTPは残り少なくなっているそうだ。
僕は彼女から、これ以上TPを使用しないように何度も言われていたのだが、出し惜しみをして勝てる程、魔王軍や魔人達は甘くはない。
結局、エリーの忠告を無視してしまう形になってしまい、完全に彼女にへそを曲げられてしまったのだ。
「そんなに怒らないでよ。僕の役目はこれで終わったも同然なんだし、もうTPを使う機会もないはずだからさ」
「そうかしら? 何だかんだで結局、ラルクは私の言う事なんて聞かないじゃない」
それは・・・まあ、自分でも自覚がないわけではない。
僕はエリーに機嫌を直して貰おうと、下手な言い訳を重ねようとしたその時だった。
「あら、ラルク。あんたなんでこんな所にいるの? ここは義勇軍の兵士達のテントの場所じゃない」
僕は耳に良く馴れ親しんだ女性の声に振り返った。
「えっ? あっ、とゴメンなさい。てっきりラルクかと――勇者かと思ったの。ええと、確かラージャマウリだったかしら?」
かがり火に照らし出されたのは、軽鎧に身を包んだ女剣士。
彼女の名前はシエラ。僕が勇者に選ばれて生まれ育った村を出た時、一緒に付いて来てくれた僕の幼馴染である。
シエラは不思議そうに僕を見つめた。
「あなたってラルクよりも年上だし、恰好も全然違うのに、なんでいつも間違っちゃうのかしら? ゴメンなさいね」
実はこの世界でも僕はシエラと面識がある。
少し前の事だ。今のように、彼女がこの世界のラルクと間違えて声を掛けて来たのだ。
シエラとはその時、互いに自己紹介をして、少しだけ話をしている。
「ねえ、本当にあなたってラルクの親戚とかじゃない訳? 私がラルクを見間違える事なんてあり得ないはずんだけど」
「ハハハ、僕が勇者様の親戚な訳ないですよ」
ウソではない。だって親戚じゃなくて勇者様本人だし。
シエラは「そう言えば港町ホルヘの出身だって言ってたっけ。そんな所にラルクの親戚がいる訳ないわよね」と首をかしげた。
エリーが呆れ顔で呟いた。
「あんたって本当にラルクの事が好きなのね」
「ちょ、あんた何言ってるのよ! エリーだっけ? 妖精に人間の男女の何が分かるっての?!」
シエラは顔を真っ赤にエリーの言葉を否定した。
いや、分かり易。
お前は彼女の気持ちを知っていたのかって? そりゃまあ、生前は全く気付いていなかったけど。
シエラの事は本当にただの幼馴染、歳の近い親戚か何かのような感覚だった。
しかし、ラルクではなく赤の他人、ラージャマウリとして接していると、彼女の気持ちは一目瞭然と言うか、僕ですら気付く程、分かりやす過ぎる程分かりやすい物だった。
考えてみれば、いくら仲が良い幼馴染だったとはいえ、危険な旅に付いて来てくれた時点で、お察しだった。
なぜ、ここまで明らかな彼女の気持ちに、昔の僕はずっと気付かなかったのだろうか?
僕はかつて、散々シエラに「ラルクは女の子の気持ちが分からない」と文句を言われ続けて来たけど、それも仕方がないというものである。
「思い込みって怖いね」
「? そうね」
シエラは分かるような分からないような顔で返事をした。
こうやって見ると、シエラは美人ではないものの、十分に可愛らしい顔をしている。
「シエラって、軽鎧を着ているから、ちょっと少年兵みたいにも見えるけど、ちゃんと着飾ってお化粧をすれば、凄く魅力的な女性になると思うよ」
「・・・ありがとう。ラルクもそう思ってくれるといいんだけど」
思うんじゃないかな。一回死んで五年くらいすれば。
「それはそうと、浮かれて夜更かしなんてしないようにね。明日は一日休みの予定だけど、その次はいよいよ敵の本拠地、魔王城に攻め込むんだから。ここまで戦って来たんだから、最後の最後に油断なんかして死んじゃ馬鹿馬鹿しいわよ」
「――耳が痛いなあ。分かった。十分に注意して挑むよ」
前回の戦いでは最後の最後、魔王の魔力爆発に巻き込まれて死んでしまった。
決して油断したつもりはなかったが、魔王に止めを刺そうと不用意に攻撃をしてしまったのも事実である。
しかし、今回はその恐れはないだろう。
なぜなら僕が止めを刺す役割ではないから――ではなく、ちゃんとその情報をこの世界のラルクに知らせているからである。
とは言っても、いち義勇兵でしかない僕が、直接勇者に会う事は出来ない。
そこで僕は、戦いの中で知り合った昔の仲間に彼への伝言を任せた。
その人物は女たらしの騎士オルファン。
オルファンは確かに女たらしだが、騎士としては非常に優秀な男で(※だから女性にモテるんだろうけど)、騎士団長の息子という事もあって騎士団内部にも顔が利く。
彼は情報の信ぴょう性に少しだけ疑問を持ったようだったが、事は勇者の命に係わる話だ。聡明な彼なら決してこの情報をないがしろにはしないだろう。
この世界の僕がどのような対策を講じるつもりでいるのかは分からない。そのような情報が、いち義勇兵に伝えられるはずもないからだ。
しかし、この世界の僕には数多くの仲間達がいる。そして教会の人達もいれば、国の騎士団の人達だっている。
一人では困難な事でも、みんなが力を合わせればきっと成し遂げられるに違いない。
僕は僕と仲間の勝利を疑っていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ラルク達から少し離れた場所に立てられた天幕の中。
一人の青年騎士が、王城から遣わされた伝令と面会していた。
青年騎士は――女たらしの騎士オルファンは――報告を聞くと、その端正な顔に喜色を浮かべた。
「そうか! 魔力暴走を食い止める手段が見つかったか!」
魔王の秘密。
それは自分自身に呪いをかけ、魔力を底上げしているというものだった。
魔王の体には物理的な攻撃は効果が薄い。だからと言って、魔法でダメージを与えようとしても、魔王の放つ魔力によって阻まれてしまう。
いわば魔王は、常時|対抗呪文≪アンチスペル≫を発動しているようなものなのだ。
その膨大な魔力は魔王の心臓が止まる時、暴走し、辺り一面を吹き飛ばす。
旅の剣士ラージャマウリからその情報を得た騎士オルファンは、急ぎ情報を王城に報告した。
国の頭脳とも言える賢者達に、対応と対策を調査して貰うためである。
「はい。こちらがそのマジックアイテム。バルナポルタの|籠手≪ガントレット≫と聖人サグサダレイの|護符≪アミュレット≫でございます。使用方法はこちらに」
「おお、コレが! バルナポルタという事は、竜騎士として名高いあの青竜卿が使っていた籠手なのか? まさか本当に実在していたとは。聖人サグサダレイの名は寡聞にも聞き覚えがないが、魔王の魔力暴走を抑えられる程の護符だ。その道ではさぞや名の知れた聖者殿が作った護符なんだろうな」
剣士オルファンは顔をほころばせると、伝令の男から二つの貴重なマジックアイテムを受け取った。
「・・・特別な使用方法はないのか。ほう。バルナポルタの|籠手≪ガントレット≫が魔力の流れを強制的に整え、聖人サグサダレイの|護符≪アミュレット≫が膨大な魔力から使用者を守る・・・か。それにしても良く届けてくれた。実はひょっとして間に合わないのではないかと覚悟を決めていた所だったのだ。大臣殿には是非よろしくお伝えしてくれ」
「――その大臣閣下からの極秘の命令書でございます」
「極秘の? 分かった」
極秘の命令という言葉にオルファンの顔から笑みが消える。
オルファンは蜜蝋で封印された手紙を受け取った。
手紙に目を通していくうちに、彼の表情はみるみるうちに険しくなっていき、眉間には次第に深いしわが刻まれていった。
「・・・バカな。大臣は一体何を考えている」
最後まで読み終えると、オルファンは吐き捨てるように言い放った。
出来るなら、さっきの感謝の言葉も取り消したい。オルファンは本気で怒りを覚えていた。
「魔王との最後の戦いなんだぞ?! それなのに仲間同士で功名争いなどしていてどうする! あのクソ野郎は本気で何も分かっちゃいねえ!」
オルファンは手紙を握り潰すと足元に叩きつけた。
「――大臣閣下は全てを分かっておいでです」
「ふざけんな! 分かっていたらこんな命令をよこせるかよ! これだから文官なんてヤツらは信用出来ねえんだ! 今は人間同士で下らねえ抜け駆けや駆け引きをやってる場合じゃねえってのが何で分からねえ?!」
「いいえ、分かっております。この命令を出すように指示したのは大臣閣下ではございません」
「ああん?! 大臣じゃねえってのかよ!? だったら一体どこのどいつが――まさか・・・」
オルファンはハッと目を見開いた。
国の文官のトップである大臣に命令を出せる人物。彼はそれを一人しか知らなかった。
「まさか・・・陛下・・・ラファレス国王陛下なのか?」
伝令の男は何も答えない。
オルファンは震える手で手紙を拾い上げると、灯りの火にかざして焼き捨てた。
そしてイスに座り込み、両手で顔を覆った。
「・・・すまねえ、ラルク。・・・俺達は陛下の命令には逆らえねえ」
この夜、騎士オルファン率いる王国騎士団五千が密かに姿を消した。
勇者ラルク達がそれに気づくのは翌日の事である。
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