第20話 ラルクの戦い

◇◇◇◇◇◇◇◇


 再び魔王軍との戦いを決意した勇者ラルクのその後の物語。


 本来の歴史では、ルートリアの町の西、ラホーウェ砦は魔王軍狼牙部隊による突然の奇襲を受ける事になっている。

 魔王四将、餓狼将軍バルコーン直属狼牙部隊の力は凄まじく、砦の守備隊はほぼ壊滅。あわや陥落かと思われたその時、勇者ラルクが増援として二千の軍を率いて現れる。

 勇者ラルクの活躍もあって、王国軍はどうにか敵を撤退させる事に成功する。

 しかし、この戦いで砦は使用不可能の被害を負い、破棄される事となる。

 勇者ラルクは戦いに勝つ事は出来たが、砦の破壊という魔王軍の目的を阻む事は出来なかったのである。

 その後、守るべき砦を失った大盾の騎士ガレットは、この戦いで死んだ部下や仲間達の仇を討つため、ラルクの仲間に入るのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「うおおおおっ! やったーっ! 敵が撤退していくぞーっ!」

「わああああああ!」


 ふう・・・。

 僕は大きなため息をつくと、マントで額の汗をぬぐった。


「ラージャマウリ」

「・・・・・・」

「ラージャマウリ!」

「――あっハイ! ゴメン、僕の名前だよね!」


 僕は大きな手で肩を掴まれて慌てて振り返った。


「僕の名前だよねって・・・お主の名でなければ何なのだ?」


 僕を呼んだのは、|板金鎧≪プレートアーマー≫の大柄な騎士。

 この砦の部隊長、大盾の騎士ガレットだ。


「人の名前でないなら、踊りの名前とか」

「ちょっとエリー、止めてよ」


 僕はキレッキレの踊りを始めたエリーを慌てて止めた。


「ラージャマウリよ。あの時、お主が体を張って団長を止めてくれたおかげで多くの部下の命が救われた。改めて礼を言う」

「ああ、うん。僕もみんなの役に立てて良かったよ」


 ガレットは僕の仲間になった後も、良くこの戦いの事を思い出しては自分を責めていた。

 あの時、団長が突撃するのを止めるべきだった。勇者が援軍に来るのを知っていれば、守りに徹していたのに。

 彼はそう言って、過去の自分達の判断を後悔していた。


「それにしても勇者の部隊はスゴイね」

「ああ。我々が苦戦した魔王の軍勢を、ああも簡単に一蹴するとはな。これでは我々の立場が無いというものだ」


 僕達は砦の上から戦場を見下ろした

 勇者の部隊の戦いを――自分達の戦いを――外から見るとこんな感じになるんだな。

 僕は何とも言えない新鮮な感覚に浸っていた。


「それより約束は覚えているよね?」

「無論だ。団長にはもう話を通してある。部下と共に勇者の部隊に加えて貰うつもりだ。しかし、お主が我々に協力してくれた見返りが、本当に俺なんかでいいのか?」


 僕は「勿論!」と、いずれ彼の代名詞になる大盾をコツンと叩いた。


「大盾の騎士ガレットが勇者の仲間になってくれるんだ! こんなに頼もしい事は無いよ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ラージャマウリことラルクは、未来の記憶で砦の将兵達の命を救った。

 その結果、本来であれば破棄される事になる砦が守られた事で、この方面の戦いは王国側が優位に立つ事となる。

 次にラルクは王立魔導学園へと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは学園の地下にある秘密の部屋。

 僕達の目の前で学園長の死体はみるみるうちに黒い霧に覆われていった。


「これは・・・死霊か?! まさか死霊が取り付いて学園長の死体を操っていたなんて!」

「なんという事だ! まさか学園長が殺されていたとは! 一体いつから死霊が学園長になり替わっていたんだ?!」


 学園の教授達が信じ難い光景に目を見張る中、白髭のローブの老人は――老魔術士ドレは、「チッ」と大きな舌打ちをした。


「まさか本当に魔王の手先が学園に侵入していたとはの。魔王にまんまとしてやられたわ。【ファイヤーファング】!」


 ゴウッ!


 炎が立ち上ると、黒い霧はたちまちのうちに消滅した。

 後に残っているのは学園長の死体だけ。


「ラージャマウリよ」

「・・・・・・」

「ラージャマウリ!」

「――あっハイ! 僕の名前でした!」


 老魔術士ドレは「僕の名前でしたって、何じゃそれは」と呆れ顔になった。


「お主のおかげで学生に被害を出さずに済んだわい。正直言って、最初はお主達の方こそ魔王の手先じゃないかと疑っておったのじゃが・・・あの時はスマンかったの」

「ホントよねー」

「ちょっとエリー。ええと、まあ、仕方がなかった事だと分かってますから」


 誰とも知れない旅の風来坊の言葉を、すぐには信用出来ないのは当たり前である。

 ましてや魔王の手先が学園に侵入しているなどと聞かされては、疑いも持つだろう。

 しかしドレはそんな話を、(一応は疑っていたとはいえ)ちゃんと聞いてくれたのだ。

 流石は”真理の探究者”と呼ばれるだけの事はある。

 ――いやまあ、実は今まではずっと自分で言ってるだけだと思っていたんだけど。


「なんじゃ?」

「あ、いえ。それより、僕との約束は覚えてますよね?」

「うむ。お主には大きな借りが出来た。すぐにはムリじゃが、出来るだけ早く勇者の部隊に合流する事を約束しよう」


 良し! 僕は心の中でガッツポーズを取った。

 ドレはあまり自分の過去を話す方ではなかったので、今回は僕の知識も不足気味だった。

 結構、際どい時もあったし、ずっとハラハラし通しだったけど、犠牲者が出る前に事件が解決出来て本当に良かった。

 僕はホッと胸をなでおろしたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 本来の歴史では、老魔術士ドレ以外の全員が不死将軍メディーガルの死霊術の犠牲となり、学園ごと焼き払われる事になっている。

 しかし、この世界では、ラルクは老魔術士ドレに協力し、学園長に取り付いた死霊が原因である事を突き止め、被害者が出る前に事件を解決する事に成功した。

 これにより王国は魔導学園の生徒達を――優秀な魔術士の卵達を失わずに済んだのだった。

 成長した彼らは、数年後、魔王との戦いの最終局面で王国の大きな力となるだろう。

 こうして学園を救ったラルクは、次は小さな漁村へと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「なあ、ラージャマウリ」

「そう! ラージャマウリは僕の名前だ!」


 僕だって成長するのだ。いつまでも名前を呼ばれて無反応なんて事はないのである。

 薄汚れた服を着た痩せた少年――パパスは、「何当たり前の事言ってんの?」と呆れ顔になった。


「まあいいや。ラージャマウリ――いや、ラージャマウリのアニキ」

「アニキ呼びは止めてくれ」


 僕にバッサリ断られたパパスは、「なんで?」という顔をした。


「以前、俺がアニキって呼ぶのはラルクのアニキだけ、って言ってただろ?」

「いや、俺そんな事一度も言った事ないけど。ていうか、ラルクって勇者ラルクの事だよな? 俺、まだそいつに会った事すらないんだけど」


 あーっと、そうだった。

 つい昔の記憶とごちゃ混ぜになっていたようだ。

 パパスは僕より唯一の年下の仲間だった事もあって、いつも弟のように接していたのだ。


「今のは忘れてもいいよ。ていうか忘れてくれ」

「まあ、アニキがそう言うならそうするよ。それより、俺達を――俺と妹を助けてくれてありがとう」


 僕はエリーと遊んでいる女の子を見つめた。

 確か以前、兄のパパスの二つ下だと聞いた事がある。だとすれば、今は九歳か。


 パパスが仲間になった経緯は少し特殊だ。

 彼はある時、行軍中の僕達の中に入って勝手に食事をしていたのである。

 その時、誰も追い出さなかったせいか、それから勝手に付いて来るようになり、いつの間にか仲間の一員になっていたのである。


 パパスは小さな漁村で生まれ育った。

 前の年に両親を流行り病で失くし、それからは二つ年下の妹と二人だけで生活していたという。

 とある事件でパパスは地元のチンピラと揉める事になり、その報復として彼らに妹を殺されてしまう。

 怒り狂ったパパスは、妹を殺したチンピラと、そのチンピラの兄貴分――地元の網元の息子を殺害すると村から逃亡。

 その道中で僕らと出会ったのである。


「まあ、この世界の妹は殺される前に僕が助けたんだけどね」

「さっきから何言ってんだ? ラージャマウリのアニキ」


 ダメだな。パパスの前だとどうしても気持ちが緩んでしまう。

 仲間達も結構パパスには気を許していたし、何と言うか、勇者パーティーの癒し枠みたいな感じだったんだよな。


「それより、この村に居場所がないなら勇者ラルクの所に行くといい。彼らならきっと受け入れてくれるよ。もし、断られそうになったら、老魔術士ドレか大盾の騎士ガレットを頼ればいい。『ラージャマウリの紹介だ』と言えば、二人なら必ず君達の力になってくれるはずだ」

「わ、分かった」


 パパスは「老魔術士ドレか大盾の騎士ガレット。老魔術士ドレか大盾の騎士ガレット」と、忘れないようにブツブツと呟いている。

 正直、こんな子供を戦いの場に連れて行くのはどうかと思うけど、度胸もあって目端の利くパパスは魔王城の最後の戦いまで付いて来たという立派な実績がある。

 それにもし、戦いに付いて行かない事になっても、その場合は教会の人か騎士団員辺りが、二人の世話をしてくれるだろう。

 村の有力者と揉めたままこの漁村に残るよりは、二人にとってはよっぽど安全なはずだ。


「じゃあね。行くよ、エリー」

「あ、待ってよラルク。じゃあね、キャロ」

「バイバーイ、エリー」


 そう言えばパパスの妹の名前を始めて聞いたな。パパスはいつも「妹」としか言っていなかった気がする。

 僕はキャロに振り返った。


「元気でね、キャロ」

「・・・・・・」

「あっ、おい、コラ! アニキが挨拶してるだろうが?!」


 キャロは僕の視線から逃れるように兄のパパスの後ろに隠れた。


「悪い、アニキ。コイツ人見知りだから」

「はは、気にしてないよ」


 少しだけショックを受けたのは秘密である。

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