第19話 戦後処理

 エリーはクスクスと思い出し笑いをした。


「それにしてもあの時のラルクの踊りは傑作だったわね。ねえ、もう一回見せてくれない? お願い」

「・・・もうやらないから。それに今はそんな事をしている場合じゃないから」


 ここはルートリアの町の代官屋敷。その控えの間。

 開けっぱなしのドアの外には屋敷の護衛が控えている。

 ちなみに今の僕の言葉はただの負け惜しみではない。実際、代官に会う前に考えておかなければならない事があるのである。


「問題は、どこまで本当の事を言うか、なんだよなぁ」


 まさか馬鹿正直に全てを話すという訳にはいかない。

 五年後の未来から来た、なんて話をしたら、それこそ正気を疑われてしまうだろう。


「今まではとにかく犠牲者を出したくない一心で、なりふり構わず行動していたけど・・・。良く考えれば結構危なかったかもしれないな」


 僕の知っている歴史の通りに進むのなら、今後は魔王軍の活動が活発になって来る。

 そんな大事な時に、権力者の不信を買って拘束されるような事態は避けないといけない。


「しまったな。こんな事なら最初からもう少し考えて行動するべきだった。事前に魔王軍の襲撃を知っていた理由を、聞かれたらどうしよう? ていうか、絶対に聞かれるよね、コレ。困ったな・・・何? エリー」


 エリーは思わせぶりな表情で、こちらの顔を覗き込んだ。


「だったら私がラルクの代わりに説明してあげようか? 百TPでいいわよ」


 百TPか。高い――のだろうか? 良く分からない。


「ラルクって誤魔化すのが下手クソだからね。ここは素直に私にTPを払っておいた方がいいんじゃない?」


 それは・・・まあ確かに。自分でも十分にその自覚はあるけど。


「――分かった。じゃあ、上手く誤魔化せたらその時に払うって事で」

「オッケー、それでいいわ。任せといて」


 その時、部屋の外の護衛が姿勢を正した。

 僕達が振り返ると、身なりの良い初老の男――この屋敷の執事が部屋に入って来た。


「代官様がお会いになります。こちらにどうぞ」


 僕は小さく息を吐くと、柔らかなソファーから立ち上がったのだった。




 僕はちょっとエリーを甘く見ていたようだ。

 エリーは驚く程巧みに代官を言いくるめた。


 エリーの話はこうである。

 たまたま草原で遊んでいたエリーは、アンデッドの軍団が進軍しているのを見かけた。

 彼らの進行方向に人間の村(※コマイ村)がある事に気付いたエリーは、慌てて僕にその事を告げた。

 彼女の言葉を信じた僕は、村の人達を逃がすべく、草原で敵を迎え撃ったのだった。


 どうだろう?

 ちなみに僕はあまりの説得力に、「あれ? ひょっとして僕の記憶より、エリーの話の方が正しいのかも」と不安になった程だった。


「なる程。君はその妖精の言葉を信じた訳だね?」

「あ、はい。エリーは友達ですから」


 おっと、ここはエリーの話に合わせておかないと。

 僕は慌ててガクガクと頷いた。


「・・・それで、君が魔人を倒したという話だが、本当にたった一人で魔人を倒したのか?」

「勿論! このラージャマウリ(※僕の事ね)は港町ホルヘで一番の魔物ハンターで――」

「そ、それなんですが、相手はアンデッドを生み出す事に特化した魔人だったみたいです。あるいは、大量のアンデッドを作った事で力が弱っていたのかも。多分、そのせいで倒せたんじゃないですかね?」

「ちょっと!」


 エリーは自分の言葉を邪魔されて頬を膨らませた。

 説明を頼んでおいて何だけど、あまり僕の力が評価されると、この町の衛兵にスカウトされかねない。

 貴族の誘いを断ると何かと角が立つし、余計なトラブルは避けたい所だ。

 代官は顎髭を撫で付けた。


「ふむ。衛兵の話では、自分達が到着した時には、アンデッドは動きを止めていたという。君が倒した魔人によって生み出されたのは間違いないようだな」


 アンデッドは術者が死ぬと命令を失い、何もしなくなる。

 代官は一応、僕の説明に納得してくれたようだ。


「分かった。コマイ村の村人達を救ってくれた事、そして魔人を倒してくれた事、礼を言う」


 代官が手を叩くと、僕達を案内してくれた屋敷の執事が小袋を持って現れた。


「心ばかりの謝礼だ。――出来れば事件が起きる前に町の衛兵に知らせて欲しかったがな」


 代官は最後にチクリと嫌味を言った。

 話したけど、誰にも信じて貰えなかった、と説明してもいいけど、意味はないか。

 僕は「ありがとうございます」と頭を下げると、代官からの礼金を受け取ったのだった。


 代官の屋敷を出ると、早速エリーが文句を言った。


「もう。ラルクが途中で口を挟むから」


 派手好きで周りからチヤホヤされるのが好きなエリーとしては、もう少し代官から感謝されたかったようだ。

 僕は苦笑した。


「これで十分だと思わない? わざわざ代官が自らお礼を言ってくれたんだしさ」


 彼の立場を考えれば、これでも十分に誠意を見せてくれた方なんじゃないだろうか?

 普通なら執事や使用人に全て任せても不思議ではないのだ。

 なぜなら僕は流れ者の旅人だし、本当なら町の壊滅の危機だった、という事実を知っているのはこの世界では僕だけだからだ。


「ちぇ~っ」


 エリーは不満そうに僕の肩で足をブラブラさせた。


「あっそうだ。約束通り百TP貰うわよ。いいわね?」

「ああ、うん。どうぞどうぞ。それより宿を探すよ。今日はもうクタクタだ」


 そろそろ太陽が西に傾いている。

 数日振りにベッドで寝られると思うだけで、心が躍る。


「それで明日からはどうするの? アンデッドは倒したし、お金も手に入った事だし、しばらくこの町で遊んで行く? それともサッサと港町ホルヘに帰る?」

「・・・その事なんだけど」


 僕は足を止めるとエリーに振り返った。




 翌日。僕は早朝から宿屋を発った。

 目的地はここから西に向かった所にある町。魔王軍が次に攻撃してくるのは、その町の北にある砦だからである。


「結局、ラルクは魔王軍との戦いに参加する事にしたのね」


 エリーが呆れたように呟いた。


「参加する、というよりも、この世界の僕の手伝いかな?」


 この世界の魔王と戦うべき勇者は、五年前の僕であって今の僕ではない。僕の勇者としての戦いは、魔王と相打ちになったあの日に終わっているのだ。

 少し前にエリーが言ったこの言葉は、今も僕の心を固く縛っている。

 しかし今回、自分がとった行動でルートリアの町の人達やコマイ村の村人達が助かった事で、僕の気持ちに大きな変化が生まれた。


 確かに、この世界の勇者の戦いに首を突っ込むべきではない。かもしれない。

 けど、だからと言って、全く関わってはいけない、という理屈にはならないのではないだろうか。

 魔王軍との戦いは激戦だった。最終的に魔王を倒す事には成功したものの、その過程では数多くの犠牲者を出している。

 しかし、僕には今から五年後までの記憶が――魔王軍との戦いにおける全ての知識が――ある。

 その知識を生かせば、きっと今回のルートリアの町のように、本来であれば戦いで犠牲になったはずの命を救う事が出来るはずだ。


「・・・それでも、やっぱり犠牲者は出るだろうけど、元の世界より少しでも助かる人が増えるのなら、僕はそのために動きたいと思う」


 僕はエリーに振り返った。


「けど、仲間のいない僕の力じゃ、魔人一人にすら及ばない。それは今回の戦いで痛い程思い知らされた。だからエリー。僕には君の力が必要なんだ。危険な旅になるし、最前線なんてエリーには面白くないだろう。僕のわがままに付き合わせてホントにゴメンね」


 エリーは「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「しょうがないわね」

「あれ? 意外と気を悪くしていない感じ?」

「まあね」


 エリーはクルリと空中で回った。


「あの後、夜寝る前に計算してみたんだけど、昨日一日だけで、私、ラルクから一万TP近くも貰っていたのよね。今までラルクってどんなに私がアピールしても、全然TPを使わなかったじゃない」

「そりゃあまあ。普通に町で生活する分には何も困っていなかったからね」


 苦笑する僕に、エリーは鼻息も荒く詰め寄った。


「それなのに、よ! それなのに、昨日だけで一万TPよ、一万TP! だったら魔王軍と戦って貰った方がいいじゃない! その方が私の目的も果たせるってものよ!」


 エリーはドヤッと胸を張った。

 僕は呆れるしかなかった。


「エリーはいつもブレないね」

「当然よ!」


 何と言うか、微妙に喜べない気もするけど、エリーに不満がないなら、気を遣わずに済んで助かるかも。

 たった一人しかいない同行者と揉めたら、気まずいなんてもんじゃない。

 ラルクは女の子の気持ちが分からない、とは、僕の仲間だった幼馴染の剣士シエラが良く言っていた言葉だ。

 僕はエリーが機嫌を損ねていないと知って、本気でホッとした。

 エリーはフンスと気合を入れた。


「じゃあ、西の町へ向かうわよ! ホラ、行くわよラルク、レッツゴー!」

「ちょ、エリー、待ってよ。魔王軍が現れるのはまだ先だから。そんなに急いで行っても仕方が無いから」


 僕は勢い良く飛び出したエリーを慌てて追いかけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る