第18話 死闘決着
僕は魔人グレートスとの戦いが始まってから、一度もエリーに力を使わせなかった。
そのため、グレートスは彼女を全く警戒していなかった。
エリーの事を喋る妖精としか思っていなかったのである。
彼女の正体は主神アポロディーナ様の使徒。
TPを代償に僕に力を貸してくれる存在なのである。
「エリー! 次だ! 3TP払う!」
「てメえ、さっきから何を――なっ?!」
突然目の前に現れた剣に、魔人グレートスは目を剥いた。
赤い錆びが浮いた安物の剣だ。それもそのはず。この剣は3TPを代償に、エリーがそこら辺に転がっているアンデッドの死体から拾ってくれた剣なのだ。
僕は無事な手で剣の柄を握ると、魔人グレートスの胸に突き立てた。
「ギャアアアアアア!」
剣は弾かれる事無く、魔人の胸に突き刺さった。
瘴気を帯びたドス黒い返り血が僕の体を濡らす。
予想通りだ。
魔人グレートスは指先は鋼のように硬質化出来ても、胸は硬質化出来ないようだ。おそらく、それをすると腕や体の動きに弊害が出るのだろう。
「エリー! もっとだ! 3TP払う!」
「何をしている! よせ、止めロ! ギャアアアア」
僕はエリーが渡してくれた武器を、今度は魔人グレートスの脇腹に突き立てた。
「ハアッ、ハアッ。ど、どうだ! 武器なら周りに何百本でも転がっているぞ! お前は後、何本耐えられるかな?!」
「ハアッ! ハアッ! ・・・や、止め・・・ グハッ!」
魔人グレートスは黒い血を吐くと、そのまま後ろに倒れた。
倒した?! などと油断するような僕ではない。
魔人はこの程度では死なない。恐るべき生命力を持つ生き物なのである。
「の、【呪われ――」
「させるか!」
魔人グレートスは両手を突き出すと魔法を唱えようとした。
僕は相手の上に馬乗りになると、その口に錆びてボロボロのナイフを突き立てた。
「エリー! 3TP払う! 次の武器だ!」
「か・・・かひゃ・・・かひゃひぇ・・・ひいいいい」
僕は目の前に現れた錆びた剣を掴むと、魔人の胸に突き立てた。
「かひゅ・・・けて・・・」
「え、エリー。さ、3TP払・・・う。次の、武器、を」
僕は剣を魔人の喉に当てると、残った力を振り絞って、体ごと押し込んだ。
ズッ・・・ズズッ・・・
錆びてボロボロになった刃が魔人の喉に食い込んでいく。
やがて・・・ドスッ。
刃の先が不意に抵抗を失って地面に到達した。
いくら生命力の強い魔人とは言え、胴体から首が切り落とされては流石に無事ではいられない。
・・・実はそうなっても死なない魔人もいるにはいるのだが、どうやらグレートスはそっち方面の体質の魔人ではなかったようだ。
魔人グレートスの首がゴロリと転がると、焦点の合っていない目で虚空を見つめた。
「やった・・・」
流石にこれ以上はもう限界だ。
僕は魔人グノーシスの死体の上に覆いかぶさるように倒れた。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・」
「ラルク、随分とムチャしたわね」
頭の後ろでエリーの呆れた声がする。
「サッサとお腹の傷を塞がないと死んじゃうわよ。それに千切れた手だってつなぎ合わせないと。合わせて二千TPね。いい?」
「・・・うん。よろしくお願い」
エリーの能力が発動したのだろう。体の痛みが和らぐと共に、僕の意識は遠のき、やがて気を失ったのであった。
「おい、あんた大丈夫か? おい」
僕は肩を揺すられて目を覚ました。
目を開けると鎧を来た男の姿があった。どこかで見覚えがある姿だと思ったら、ルートリアの町の衛兵のようだ。
「気が付いたか。一体ここで何があったんだ?」
「だからぁ、魔王軍とラルクが戦ったんだって! さっきから何度も言ってるでしょ?!」
ちょ、エリー、うるさい。
耳元で怒鳴らないでくれないかな。
僕は地面に手をついて体を起こそうとして、そういえば片手は魔人に千切られたんだったな、と思い出した。
「・・・手が付いている」
僕は永遠に失ったはずの手を何度か握った。
「そういやあの時、お腹の傷を塞ぐのと一緒に、この手もくっつけるって言ってたっけ」
魔人グレートスに引きちぎられた手は、傷跡もなく、完全に元の状態に戻っていた。
治療にかかったのは、確か二千TPだっけ? それだけのTPがどの程度の価値になるのかは分からないが、本来であれば治らないはずのケガが治っているのを考えると、僕にとってはお得だったのではないだろうか?
「その手がどうかしたのか?」
「あ、いえ。――うっ」
意識がハッキリすると、辺りに漂う悪臭に気が付いた。
辺り一面に散らばったアンデッド兵の死体が原因だ。
夏の日差しの中、野ざらしにされた死体は、早くも腐臭を放ち始めている。
衛兵達は村の荷車を使って、それらの死体を村の外まで運んでいる最中だった。
「そう言えば他のアンデッドは? まだかなりの数が残っていたはずですが」
「ああ、それなら俺達で対処した。とは言っても、ボーッと突っ立ってるだけで何もして来なかったから、作業みたいなものだったがな」
アンデッドは術者が死ぬと命令を失い、何もしなくなる。
魔人グレートスは、自分がアンデッド達を作った、と言っていたが、どうやらあいつの言葉は本当だったようだ。
「戦っている時は気付かなかったけど、アンデッドの死体の中には、この国の兵士以外の物もかなりありますね」
「この服装は東の遊牧民の物だよ。十年くらい前までは割としょっちゅう町に攻めて来ていたからな。その頃に出た死体がアンデッド化したんだろう」
なる程。
遠い異国の地で命を落とした異民族。僕達この国の人間から見れば憎い侵略者だが、こんな風に死後も亡骸を利用されて――人としての尊厳を踏みにじられて――いい訳がない。
やはり魔王軍をこのままにしてはいけない。
僕の心の中でとある決意が固まったのだった。
「それで、あんたに聞きたいのは、あの化け物の死体についてなんだが――」
衛兵が指差した先には、魔人グレートスの死体が転がっていた。
体には何本も剣が突き刺さり、首は切り落とされている。
エリーがプンスとむくれた。
「だから、さっきから魔人だって言ってるじゃない! 何を疑ってるのよ!」
「エリーの言った通りです。本人はグレートスと名乗っていました」
「本当か?! いや、疑っていた訳じゃないんだが、流石に魔人と言われて、ハイそうですか、とは思えんだろう」
僕の世界――この世界の人達にとっては五年後となる世界――では、魔人が出たと言われて疑う人間はいなかっただろう。
しかし、ここは魔王が生まれてすぐの世界。ルートリアの戦いは魔王軍と王国軍との初めて戦いである。
つまり、この世界の人達は、魔王のしもべである魔人の事などほとんど知らないのだ。
異形の死体を見せられ、「これが魔人だ」と言われてても戸惑ってしまうのも当然だろう。
僕は衛兵の男に(※後で聞いた話だが、彼はこの部隊の隊長だったらしい)かいつまんで事情を説明した。
僕が話を終えると、男は――衛兵隊長は、難しい顔をして唸り声を上げた。
「それが本当なら町の一大事だったという事になる。・・・スマンが今の話をもう一度代官様にしてくれないか? 事が大き過ぎて俺だけでは判断出来そうにない。それとお前の名前は何て言うんだ?」
そう言えばまだ名乗っていなかったか。
エリーがさっきから何度か呼んでいる気がするけど、本人の口から確認したいんだろう。
「勇者ラルクです」
「勇者?! 勇者ってまさか、大司教様と国王陛下がお認めになったというあの勇者の事か?! そんな大物がなぜ?! あ、いや、魔王の軍勢が攻めて来たのなら、ここにいてもおかしくはないのか?」
あっとしまった。魔人との死闘の後だった事もあって、ついうっかり昔のノリで名乗ってしまった。
この世界にはこの世界の勇者ラルクが存在している。僕の存在が国や教会に知られれば、最悪、勇者の名を騙る詐欺師として牢屋に入れられてしまうだろう。
「い、言い間違えました。勇者ラルクというのは、あ~、何と言うか、僕のあだ名みたいなもので。ええと、そう。急に聞かれたので、つい、間違えて口に出してしまいました。僕は自分の本名があまり好きではないもので」
「なに? こんな時にふざけているのか? じゃあお前の本名は何だ?」
衛兵隊長は先程までの柔らかい態度から一転、疑いの目で僕を見つめた。
ヤバイ、ヤバイ。どうしよう。
「ラ――」
「ラ?」
「ラージャマウリ、です」
咄嗟に口を突いて出た言葉だけど、これってどこで聞いた名前だっけ? あっ、僕の言葉に反応してエリーがダンスを始めたのを見て思い出した。これってしりとりの時にエリーが言ってた、彼女の地元で流行している踊りの名前だ。
「ラージャマウリ? 聞きなれない響きの名前だな。外国の者か?」
「いえ、この国の生まれです。ラージャマウリはエリーの――じゃなくて、そ、そう。僕の生まれ育った村の踊りの名前なんです。こういう感じの」
僕は咄嗟に見よう見まねでエリーの踊りのマネをした。
衛兵隊長は「そ、そうか。世の中には変わった踊りがあるんだな」と軽く引いていた。
そしてエリーは僕の踊りがツボに入ったのか大爆笑していた。
僕は恥ずかしさで耳まで真っ赤になってしまった。
衛兵隊長はそんな僕の顔を見て、何か勘違いしたのだろう。急に同情的な表情になると僕の肩を優しく叩いた。
「そんなに気にするような名前ではないぞ。踊りの名前か。いいじゃないか。町には多くの人間がいるからな。誰かに名前の事で何かを言われたとしても、そんな事をいちいち気にしなくてもいいと思うぞ。うん」
「・・・はあ、そうですか」
僕は何故か衛兵隊長に励まされてしまった。
何だろうこの空気。
そしてエリーは笑い過ぎ。
君、気付いていないみたいだけど、僕達の会話に聞き耳を立てている周囲の衛兵達から、残念な目で見られているから。
みんなから酷い妖精だと思われているから。
それはさておき。
こうして僕は、町の代官に今回の戦いの証言をするために、ルートリアの町へと向かう事になったのであった。
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