第17話 魔人グレートス

 僕達の前に姿を現した異形の男。

 魔人グレートス。

 魔人の正体は元人間。魔王を信仰する邪悪な宗教団体の教徒達の成れの果てである。

 ちなみに魔王をこの世界に呼び出したのも、彼ら魔王教団ではないかと言われている。


 魔人グレートスはひとしきり吠えると、こちらに向けて無造作に手を突き出した。


「まアいいや。お前らもう死ね。【呪われよ】」


 なっ?! いきなり魔法を使うのか!


「【ライトニング・ファング】!」

「ああん? テメエ何――うおっ!」


 僕は慌てて魔法を発動。それによって|対抗呪文≪アンチスペル≫が成立。

 魔人グレートスの魔法は書き乱され、コントロールを失った魔力は暴発、爆発した。

 だが、人間なら吹き飛ばされそうなその威力を、魔人は少し痛そうな顔をしただけで平然と受け止めた。


「痛チチッ。手が焦げチまったぜ。|対抗呪文≪アンチスペル≫かァ。つまりは魔法を使える|人間≪ザコ≫って訳ね。クッソ面倒くせエ」


 魔人グレートスは黒く煤けた両手をパンパンと払った。

 底の知れない魔人の力に僕の背中に冷や汗が伝った。


「しょーがネえなあ・・・ふんっ!」


 ズルリ!

 魔人グレートスの両腕が三倍ほどの長さに伸びた。


「あんま遅れるとメディーガルのヤツがうるセえからな。サッサとケリをつけるかァ」


 メディーガルだって? 僕は自分の耳を疑った。

 不死将軍メディーガルは言わずと知れた魔王四将の一人だ。どうやら魔人グレートスは、魔王四将直属の部下らしい。

 まさかルートリアの町の壊滅に、そんな大物が関わっていたなんて。


(せめてここに仲間達がいてくれれば・・・)


 僕は奥歯を噛みしめずにはいられなかった。




 ガキン! ガキン! 鋼が打ち鳴らされる音が響き渡る。

 僕は槍。魔人グレートスは素手だ。

 魔人グレートスの指先が硬質化。鋼と化して僕の槍と打ち合っているのである。


「アハハハハ! まさかこの俺の攻撃をこうまで防げる人間がいるなんてヨォ! てメえは一体何者だァ?! 俺の魔法を|対抗呪文≪アンチスペル≫で防いだカら、魔法を得意とする後衛系かと思っていたが、バリバリの前衛じゃねえかァ!」


 魔人グレートスは牙を剥いて楽しそうに吠えた。

 一方、僕は防戦一方。攻撃どころか返事をする余裕もない。


「だったら、コイツでどうだァ!」


 魔人グレートスの長い腕がまるで鞭のようにしなって僕に襲い掛かる。

 僕は槍を旋回させる事で、辛うじてその攻撃を受け止めた。


「ハハッ! まさか初見で今の攻撃を受けラれるとは思わなかったゼ! オイ、てメえ、一体どんなインチキをしてやがる?!」


 インチキではない。これは経験だ。

 魔人グレートスの強力な攻撃。

 僕が彼の攻撃にどうにか対応出来ているのは、単に経験があるため。

 以前、同じ身体的特徴を持つ魔人と戦い、散々苦労した経験があったからである。


(ダメだ。近付く事すら出来ない)


 もし、過去の戦闘経験がなければ、最初の攻撃で僕は彼の抜き手に体を貫かれ、血反吐を吐いて地面に倒れていただろう。

 だが、その時の魔人より、魔人グレートスの攻撃の方が速く、鋭く、そして間合いが長い。

 そのため僕は相手に近付く事すら出来ずにいた。


 魔人グレートスの攻撃。そのトリッキーな動きの秘密は彼の腕の骨。その構造にある。

 グレートスの腕は多関節。彼の腕は肘の関節以外に、複数の細かな関節に分かれているのである。

 先程腕が伸びたのも、日頃は蛇腹のように折りたたまれている部分を真っ直ぐに伸ばしたせいだろう。

 魔人グレートスは、ある時は腕を鞭のようにしならせ、またある時はこちらの防御を回り込むように掻い潜り、予測不可能な攻撃を仕掛けていた。


「くっ!」


 流石は魔王四将直属の魔人。

 ギリギリの綱渡りに、僕は荒い息を吐き、額には汗がビッシリと浮かんでいた。


「ウヘヘヘ。どうしタ、大将? 槍の穂先が震えているぜェ? もう体が限界なんじゃねエか?」

「ラルク!」

「エリー、余計な事はしないでいい! 君は離れているんだ!」 


 僕は魔人グレートスの攻撃を防ぎながらエリーを止めた。


「弱イ、弱イなァ! 人間はホントに弱イなァ! 哀れ過ぎて泣けてクるぜェ!」

「・・・そ、そう言うお前も、昔は人間だったじゃないか」

「ああん?」


 僕が辛うじてそう言ってやると、魔人グレートスの目に凶悪な光が宿った。


「魔人は元々は僕達と同じ人間だ。それが魔王の瘴気を浴びて魔物化しただけに過ぎない。ゴブリンやオーガと同じ存在だ」

「てメえ! ぶっ殺す!」


 怒りの力か、それとも今までは単に僕を弄んでいただけだったのか。

 魔人グレートス腕が一回り大きく膨らんだ。


「てメえらクソザコ共の理屈で、俺達魔人を語るんじゃねェェェ!」


 ダメだ! これは防げない!

 魔人グレートスの繰り出した強力な一撃は、僕の槍をへし折り、腹部に深々と突き刺さったのだった。




「ぐっ・・・ぐはっ」


 魔人グレートスの腕が引き抜かれると、僕は地面に膝をついた。


「おおッといけねえ。つい本気を出しチまったぜ」

「ら、ラルク!」


 僕は震える手でエリーを押しとどめた。


「だ、大丈夫。まだやられた訳じゃないよ」

「ハンッ! 痩せ我慢かよ、みっともネえ」


 僕は折れて地面に落ちた槍の穂先に手を伸ばした。

 掴んだ。そう思った瞬間、僕の手は魔人グレートスの手に掴まれていた。


「ぐっ! くっ!」

「オイオイ、もう諦めろって。そんなモンでどうしようってんだ?」

「ラルク!」

「え、エリー、だ、ダメだ! 来るな!」


 僕は痛みを堪えながら魔人グレートスを睨み付ける。


「・・・まだ諦めネえか。じゃあコレならどうだ?」


 ブチブチッ。


「ぎゃあああああっ!」

「ギャハハハハハハ! 痛てエか?! そりゃ痛てエだろうな?! なにせ手を引きちぎってやったんだからな! ギャハハハハハハ!」


 魔人グレートスは引きちぎられた僕の手をブラブラと揺らした。

 僕は千切れて無くなった手首を押さえてうずくまった。


「ハア・・・ハア・・・ハア」

「オイオイ、顔を隠すんじゃネえよ。てメえの情けねえツラが見えネえだろうがよ」

「グッ・・・」


 魔人グレートスは僕に近付くと、首を掴んで持ち上げた。

 僕の視界一杯に魔人の醜悪な笑みが広がる。


「プハッ! ギャハハハハ! このまま首を引きチぎってブチ殺してやるよ! それとも魔法で生きながら丸焼きにしてやろうかァ?! 今なら|対抗呪文≪アンチスペル≫なんてクソ生意気なマネは出来ねえだろうからよォ! ――いや待て、いい事を思い付いた」

「――ぐはっ! ハア! ハア! ハア!」


 魔人はそう言うと首の締め付けを緩めた。僕は涙目で大きく息を吸い込んだ。


「よお、てメえ。最後に命乞いをしてみせろよ。もし、それが面白ければ、俺の気が変わってアンデッド兵にしてやるかもしれねえぞ?」

「ハア・・・ハア・・・ハア」


 僕は荒い呼吸の中、魔人グレートスを見つめた。

 武器は奪われ、腹に負傷を負い、利き腕は手首から先を引きちぎられた。

 正に満身創痍。

 過去の魔王軍との戦いの中でもこれ程のピンチに陥った事はない。

 それ程魔人グレートスは強い。いや、そもそも、魔人を相手に一人で戦いを挑むこと自体が間違いなのだ。

 魔物化した人間の力は凄まじい。魔王四将ともなると、一人で一軍を殲滅出来るとも言われている。


「ハア・・・ハア・・・ボソリッ」


 魔人グレートスは「ああん?」と眉間に皺を寄せた。


「聞こえねえぞォ、オイ? もっとハッキリ喋れや」

「・・・エリー」

「ん?」


 今だ!


「エリー!」 


 僕は全力で叫んだ。


「エリー! 3TPだ! 3TP払うから、武器を僕に! 何でもいいからお願い!」

「ああん? てメえ何言って――グッ! 痛テエエエエ」


 魔人グレートスは腹を貫く灼熱の痛みに絶叫した。

 そして自分の腹に突き刺さった剣を、信じられない物を見る目で見つめた。


 魔人グレートス。お前のミスは勝利を確信して迂闊に僕に近付いた事だ。

 ここは剣の間合い。そして長い腕もこの距離だと持て余すだけ。

 僕は錆びの浮いた剣を手放すと、続けてエリーに頼んだ。


「エリー! 次だ! 3TP払う!」

「てメえ、さっきから何をやって――なっ?!」


 突然目の前に現れた錆びだらけの剣に――そこら中に倒れているアンデッド兵が使っていた剣に――魔人グレートスは目を剥いた。

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