第16話 元人間
僕がコマイ村に駆け込んだ時、既に村人達の姿はなかった。
どうやら村長が僕の忠告に従って、町に全員避難させてくれたようだ。
本来であれば――僕の知っている五年前の歴史であれば――彼らはアンデッド兵に殺されていたはずである。
死んでしまったはずの命を救う事が出来た。
僕はその事実に胸が一杯になってしまい、いつまでも村の広場で立ち尽くすのだった。
「ラルク、何ぼんやりしてるの! 敵が村に入って来たわよ!」
エリーの声に僕はハッと我に返った。
後ろを振り返ると、ボロボロの服に赤錆びた武器を持った不気味な兵士達。
魔王軍の作り出したアンデッド兵達だ。
アンデッド隊は戸惑った様子で村の中をキョロキョロと見回している。
「・・・って、あれ? アイツら何やってんの?」
「多分、村人を捜しているんだと思う。アンデッドっていうのは、基本的には術者に命じられた事しか出来ないんだよ。自分で物を考えたり、物事を判断する能力が極端に低いんだ」
「あ~、なる程。ちょっと考える頭があれば、もうこの村には誰もいないって事ぐらい、すぐ分かりそうなものなのにね」
エリーは、村の中をウロウロとうろつき回るアンデット達を見て、納得顔でうんうんと頷いた。
「エリーはここで待ってて。今のうちにヤツらの数を減らしておくから」
今は戸惑っているアンデット兵だが、そのうち村に誰もいない事に気が付くだろう。そうなれば次の目的地――この村の南にあるルートリアの町へと向かうに違いない。
町を守る衛兵達の負担を軽くするためにも、今ここで可能な限り敵の数を減らしておいた方がいいだろう。
「大丈夫? ラルクの魔法で結構やっつけたと思うけど、敵はまだまだ沢山いるわよ?」
「心配ないよ」
僕はそう言って手にした槍を掲げて見せた。
「さっきは村の人達にアンデッド兵の接近を知らせるために、派手に魔法で戦っただけだから。実は僕は魔法よりこっちの方が得意なんだ」
「シュッ!」
僕の突き出した槍がアンデッドの口内に突き刺さると、その奥の|頸椎≪けいつい≫を打ち砕いた。
不死のアンデッド兵も、頭部を切り離されてはひとたまりもない。
僕は空いた左手でアンデッドの肩を掴むと、クルリと態勢を入れ替えた。
背後から切りかかって来たアンデッドの剣が、仲間のアンデッドの肩に突き刺さる。
僕は武器を封じられたアンデッド兵の横に回り込みながら、槍を大きく頭上に振り上げた。
「ハッ!」
槍の穂先はアンデッドの頭にヒット。頭頂部から顎の辺りまで真っ二つになった。
僕は動かなくなったアンデッドを蹴り飛ばすと、その場で回転。すぐ後ろにいたアンデッドの首を切り飛ばした。
そのまま一回転すると前方に大きくジャンプ。
蹴り飛ばされたアンデッドに巻き込まれて地面に倒れていたアンデッドの頭部を踵で踏み抜いた。
「ハア、ハア、ハアッ・・・。エリー! 回復をお願い!」
僕はアンデッドの包囲網から抜け出しながら、エリーに叫んだ。
「ハイハイ、回復は百TPよ。あ~あ、これなら最初に三百TPくらい吹っ掛けときゃ良かった」
「はは、お手柔らかに」
次の瞬間、僕の体から熱が引き、荒くなっていた呼吸が整った。
「――ふう。生き返った。ありがとうエリー、おかげで助かったよ。せいっ!」
僕はエリーの力で元気百倍。背後に忍び寄っていたアンデッドの頭部を粉砕した。
「いくらアンデッド兵はそれ程強い相手じゃないとはいえ、僕一人でどれだけ削れるか不安だったけど・・・」
しかし、僕の想像以上にエリーの回復が効いている。
「――これならいくらでも戦えそうだ! いける!」
僕はアンデッド兵の首を切り飛ばした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さっきは軽口を叩いたエリーだったが、目の前の光景に圧倒されていた。
(これが勇者――。主神アポロディーナが見出した人間の最強戦力)
魔王軍のアンデッド兵、約千体。
村に到達するまでに、ラルクの魔法で多少倒しているとはいえ、残りは九百体以上。
いくらラルクが強いとはいえ、一対九百。その差は圧倒的だ。
そのアンデッド達がみるみるうちに数を減らしていく。
ラルクの槍が閃くと、その度にアンデッドが一体、また一体と倒れていく。
ラルクの繰り出す攻撃は、全ての攻撃が致命傷。アンデッドは流れ作業のように彼によって捌かれていく。
(ラルクがこんなに強かったなんて・・・)
港町ホルヘでラルクはハンターとして、何度も魔物と戦っている。
エリーもその場にはいたものの、ラルクがあまりにも簡単に倒していたため、彼の強さに今一つピンと来ていなかった。
しかし、目の前の光景は圧倒的だ。
ラルクは大量のアンデッド達を機械的にバサバサと切り伏せて行く。
日頃のどこか緩い彼からは想像もできない姿である。
そう。エリーは今日初めて、真のラルクを――戦場のラルクの姿を見たのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハア、ハア、ハアッ・・・。エリー! 回復お願い!」
どれくらい戦った? 四半時(約三十分)? それとも半時(一時間)?
戦って疲労して、その疲労をエリーに回復してもらい、また戦いに戻る。
ずっとそんな事を繰り返していると、時間の感覚が曖昧になって行く。
「シュッ!」
僕は目の前のアンデッドの首を切り飛ばすと、その場で回転。首無しになったアンデッドを思い切り蹴り飛ばした。
その瞬間、エリーの力で体の疲労が回復する。
少しだけ余裕が出来た頭で、僕は周囲の様子を確認した。
「かなり倒したな・・・」
村の広場は一面アンデッドの死体だらけで、足の踏み場もない程だ。
・・・いやまあ、元々死んでいるはずのアンデッドを、死体と言うのもどうかと思うけど。要は動かなくなったアンデッドという事で。
あれだけ辺り一面にひしめいていたアンデッド兵の姿も今はまばらになっている。
「もうこれ、ラルク一人で全滅させられるんじゃない?」
「いや、そんな事が・・・あり得るのかな?」
呆れ顔のエリーの言葉に、僕は微妙な返事を返した。
本来なら「出来るはずない」と言うべきだろうが、自分でも「出来そう」と思ってしまうのが怖い。
「エリーが疲労を回復してくれたおかげだね。ありがとう」
「どういたしまして。もっと私を頼ってくれてもいいわよ」
「その分TPを持って行くんだよね?」
「なに言ってんの。そんなの当たり前でしょ」
僕は槍の石突でアンデッドの頭を砕きながら苦笑した。
けど、エリーの存在が頼もしいのは確かだ。魔王軍との戦いの時にも、今回のようにエリーが居てくれたら、仲間の犠牲者はもっと少なくて済んだだろうに。
そんな事を考えていた僕は、突然の悪寒にハッと目を見張った。
「なんだァ?! 何があったァ?! 俺の作ったアンデッド兵達が粗方やられチまってるじゃねえか!」
僕達とアンデッド以外、誰もいないはずの村に男の声が響いた。
「ルートリアの町を襲う前に、村でアンデッド兵を増やシておこうと思ったのによォ! 逆に減っちまっちゃあ、話にもナんねえだろうがよォ!」
広場に姿を現したのは背の高い男。
次の瞬間、僕の全身が総毛立った。
勇者として数々の戦場を潜り抜けて来た事で鍛え上げられた僕の勘。その直感がうるさい程ガンガンと警鐘を鳴らす。
奇妙なシルエットの男だ。
身長は三メートル程。上半身だけが不自然に発達している。その分、下半身は貧弱だ。腕が異様に長く、指を伸ばせば地面に届きそうだ。
灰色の肌には赤い染料で複雑な文様が描かれている。血に濡れたように真っ赤な髪は、頭頂部に集められ、トサカのようになっている。
男の金色の瞳が僕の姿を捉えた。
「ああん? こりゃあ一体、どうイう事だ? まさかテメエが一人でコレをヤったのか?」
男の視線は僕を通り過ぎ、建物の影から様子を窺っていたエリーの所で止まった。
「んんっ? そこにイるのは妖精か? コイツは珍しィ、本物の妖精なんて初めて見たゼェ」
男がニヤリと笑うと、長く伸びた獰猛そうな鋭い犬歯が覗いた。
「エリー、危ないから下がって! コイツは|魔人≪・・≫だ!」
今考えてみれば、不自然な話だった。
いくら不意を突かれたからといって、堅牢な城壁を持つルートリアの町が、たかだか千体程度のアンデッドに、そう簡単に滅ぼされるはずはない。
しかし、敵側に魔王軍の幹部が――魔人がいたとなれば話は別だ。
「魔人って、魔王軍の?!」
エリーはこんな場所で魔人に出会うとは思っていなかったのだろう。驚きに目を見張った。
「人間でありながら主神アポロディーナを裏切って、魔王の側に付いた|元≪・≫人間?!」
「ああん?! テメエ、妖精のくせに、何生意気に利いたふうな口を叩きやがる!」
魔人はエリーの言葉にいかつい顔をこわばらせた。
「俺を、俺達魔人を、クッソ弱エエ人間なんかと一緒にすんじゃねエ! 俺はアンデッド隊隊長グレートス! 俺達こそは魔王様に選ばれし存在! この世界の新たな支配者となる存在なんだよオオオオ!」
魔人は――アンデッド隊隊長グレートスは、長い両腕を振り上げると天に向かって吠えた。
魔人は人類の裏切り者。人間である事を捨て、邪悪な魔王に魂を売り渡した狂信者。
魔王の瘴気で魔物化した|元≪・≫人間なのである。
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