第15話 アンデッド軍団
「そ、そ、ソンダマウ!」
耳慣れない単語に、僕は思わずエリーに聞き返した。
「ソンダマウ? ええと、エリー。それって何?」
「植物の名前よ。ジメッとした所に生えてるヤツ。地の底だと割と良く見るんだけど、知らない?」
「ふぅん。こっちで言う所のキノコみたいなものなのかな? じゃあそれでいいよ。ソンダマウね。う、腕枕」
「ら、ね。ら、ら、ラージャマウリ!」
「・・・今度のは何?」
「踊りの名前。地の底じゃ流行ってるのよ。こんな感じの」
エリーは独特のリズムを口ずさみながら、キレッキレのダンスを披露した。
「大体こうかな? ホントに知らない?」
「え、ええと、エリー。しりとりはもうこの辺で止めようか」
ここは村の北の外れ。
青空の下、一面、背の低い草の生える見晴らしの良い原っぱである。
僕は立ち止まると北の方向を見つめた。
草原の先にポツポツと人影が現れると、その数はみるみるうちに増えて行った。
「思い付きで始めたけど、生まれ育った世界が違うと、しりとりって成立しないっぽいし、それに・・・」
風が僕達の頬を撫でる。
そこには夏草の青臭い草の匂いに混じって、不快な腐敗臭が漂っていた。
「それにヤツらが――魔王の軍団がやって来たみたいだから」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはコマイ村。村の子供が母親を見つけて駆け寄った。
「お母さん、エリー知らない? 村のどこにもいないの」
「エリーって、あの言葉が喋れる妖精かい? そう言えば今日は見ていないわね」
エリーは若い旅の少年ラルクが連れている妖精である。
彼らがこの村にやって来てから今日で三日。娯楽に乏しい村人達は、「なんであんな若い者がこんな何も無い村に?」「近くに町があるんだから、そっちに泊まればいいのに」と、誰かと顔を合わせる度に二人の事を噂し合っていた。
水汲みに来た奥さんが、二人の会話に加わった。
「あの子達なら、北の荒地に行くって言ってたわよ。そろそろ魔王の軍団が現れる頃だから偵察に行くんですって」
「魔王の軍団って、あの子が村長に言ってたっていうアレの事? けど、魔王なんて本当にいるのかしら?」
狭い村である。ラルクが村長に魔王軍の襲来について警告した話は、とっくに村中に広がっている。
しかし、村人達の反応は思わしくなかった。村長がラルクの忠告を真に受けなかったように、村人達の反応も半信半疑だったのである。
「さあ。けど、急に町に逃げるように言われてもねえ・・・」
「そうよね。小麦畑の世話もしなきゃいけないし」
その時である。突然遠くでドーンという大きな音が鳴り響いた。
二人が驚いて立ち尽くす中、音は、ドーン、ドーン、と何度か続いた。
「ねえ、これって何の音かしら?」
「分からないわ。北の方から聞こえて来ない?」
「なんだなんだ? 一体何の音だ?」
「おい、誰もこの音の正体を知らないのか?」
村人達がぞろぞろと集まって来た。
そんな中、一人の老人が杖を突きながら現れると、全員の視線はその老人に集まった。
「村長。さっきから聞こえて来るこの音は一体?」
老人は――村長はこの問いかけには答えず、難しい顔で黙り込んでいる。
「村長」
「・・・村の者を全員集めよ。畑に出ている者も全員じゃ。ルートリアの町に逃げる準備をするぞ」
「「「「?!」」」」
村人達は一斉に戸惑いの表情を見せた。
「それって、村長――」
「急げ! 何事もなければそれでいい。後でただの笑い話になるだけじゃからな。しかし、もしこの音があの若者の言った通りのものならば・・・」
村長は北の方角――村の外を見つめた。
「あの若者がアンデッドの軍団と戦っているという事になる」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「【ライトニング・アナイレーション】!」
僕は魔法を発動。
空中に大きな魔法陣が描かれると、辺り一面に雷のシャワーを降らせた。
アンデッド達はその雷に貫かれ、次々に炎の柱になる。
僕の切り札。
アナイレーション――殲滅の名を冠した強力な範囲攻撃魔法だ。
「うわっ、威力えっぐ。流石は勇者ね。なんで魔王との戦いにはこの魔法を使わなかったの?」
僕は魔法の反動でビリビリと痺れる手を何度か握り、握力を確認した。
「魔王を相手に人間の魔法なんかが通じる訳ないだろ? 今回はほとんど魔法を使わないアンデッドが相手だからだよ」
魔法の発動は魔法によって干渉出来る。|対抗呪文≪アンチスペル≫の原理だ。
干渉を受けた魔法はほとんどの場合は暴発。発動に至る事無くエネルギーを解放――つまりは爆発してしまう。
「アンデッドの場合、素体となった人間が生前に魔法を使えた場合、アンデッドになっても使う事が出来ると言われている。だけど、アンデッドは基本的には術者の命じた動きしか出来ないからね。こちらの魔法に対してカウンターで魔法を放って来るような事はないって訳さ」
「ふぅん。それはそうと、ラルクって良く戦いながら私と会話出来るわね」
「いや、君が聞いて来たからじゃないか」
僕は槍を振り降ろすと、アンデッドの頭を粉砕した。
アンデッドを倒す方法は二つ。頭を破壊、ないしは胴体から切り離すか、全身を焼き尽くすか、である。
蘇った死者とはいえ、脳からの指示で体を動かしているし、実際に体を動かすのは筋肉だ。この辺の事情は生きている頃とそんなに大きくは変わらないのである。
ただ、アンデッドは人間と違って痛みを感じない。そのため、自分の体がキズ付こうが壊れようがお構いなしに襲って来る。
そしてアンデッドに傷付けられた人間は、呪いが感染してアンデッド化してしまう。
アンデッドは動きは単調だがタフで力が強い。そして負傷した箇所から呪いを移されてしまう。アンデッドと戦う際に最も重要なのは、こちらの集中力を切らさない事なのである。
「ラルク、後ろ! 回り込まれそう!」
「くっ。【ライトニング・ファング】!」
僕の手から雷が迸ると、背後に回り込んでいたアンデッドが二~三体纏めて吹き飛んだ。
「その魔法も随分と強力ね」
「僕の覚えている魔法はこういうのしかないからね。老魔術士ドレは、効率が悪いって言ってたよ。必要以上に強力な魔法は魔力の無駄使いだってね。エリー、一度大きく距離を取るよ」
僕は魔法で空いた空間に駆け込むと、そのまま包囲の輪から抜け出した。
「ふう。今の戦いでやれたのは二~三十って所か。流石に一人で一軍を相手をするのは厳しいな」
アンデッド軍団の数は約千。普通に考えれば、いくら僕が勇者でも、流石にそんな数は相手に出来ないし、魔力だってもたない。
今回、そんな無謀な戦いを可能にしている理由は――
「ラルクどうする? そろそろ魔力を回復しとく? 後、疲労の回復はどう?」
「そうだね。どっちもお願い出来るかな」
エリーは「任せといて!」と僕の頭の上に止まった。ここが魔力を回復するのに丁度いいポイントらしい。
彼女が何か呟くと、みるみるうちに僕の体に力が満ちて行った。
「はい、お終い。今ので八百TPね」
「ありがとう。おかげで元気が出たよ」
無茶な戦いが継続可能な理由。
それはエリーが僕を回復してくれているからである。
ちなみに回復は一回につき八百TP。これが高いのか安いのかは良く分からない。
しかし、今も僕がこうして戦えているのは、こうしてエリーが回復してくれているからに他ならない。
もし僕一人だけなら、とっくにアンデッドの群れに飲み込まれ、ヤツらの仲間入りを果たしていただろう。
「【ライトニング・アナイレーション】!」
この戦いが始まって以来、最早何度目になるのかも分からない雷の魔法が炸裂する。
焼け焦げたアンデッドの匂いで息が詰まりそうだ。
「村長には、この音が聞こえたら僕が魔王軍と戦っている証拠だから、村人達を連れて町に逃げるようお願いしている。こうして時間を稼いでいる間に、彼らは安全な場所へ避難しているはずだ」
「そう? 案外、みんな村に残っているかもよ」
エリーは、「あのお爺ちゃんもあんまりラルクの話を信じてなかったみたいだったし」と呟いた。
それは・・・実は正直言って僕も不安ではある。けど、今は囲まれないように逃げ回りながら攻撃するだけで精一杯だ。
この上で更に村人達を守りながら戦うなんて出来るはずがない。
今の僕には村長を信じるしか出来なかった。
「ラルク! 村よ! 村が見えて来たわ!」
「くそっ! 足止めをしておくのもここが限界か」
僕はアンデット達を放置すると、一直線に村に向かった。
もし、まだみんなが村に残っていたら、出来るだけ早く彼らを避難させなければならない。
アンデッド軍団は村のすぐ近くまで来ている。最早一刻の余裕も無かった。
「魔王軍だーっ! 魔王の軍隊が攻めて来たぞーっ! みんな急いで町まで逃げるんだ!」
僕は大声で叫びながら村に駆け込んだ。
しかし、そこには誰もいなかった。
僕の声は無人の村の中に虚しく響き渡るだけだった。
「ラルク! 誰もいないわ! みんな逃げ出した後みたい!」
エリーが手早く辺りを確認すると僕の所に戻って来た。
「そうか。村の人達は――村長は、僕の言葉を信じてくれたんだ」
本当だったら、この村の人達は、魔王軍との戦いの開始と同時に、真っ先に犠牲になっていたはずである。
そして村人を吸収して数を増したアンデッドはルートリアの町を襲った。
町の衛兵達は自分達が何を相手にしているのかも分からないまま、アンデッド軍団の急襲を受けてやられてしまったに違いない。
「けど、この世界では違う。村人は町に逃げて全員無事に助かった。そして衛兵達は彼らから事情を聞いて、敵の進軍に備えるに違いない。
僕はあの日守れなかった人達を守る事に成功したんだ」
正確に言えばここは僕の世界ではない。僕がここの人達を助けたからと言って、元の僕の世界で彼らが生き返るという訳ではないのだ。
だが――
だが僕が本来であれば失われたはずの命を救ったのは、まぎれもない事実である。
胸が一杯になってしまった僕は、どうする事も出来ずに、いつまでも村の広場で立ち尽くすのだった。
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