第10話 豪商の娘

「これは一体・・・。うっ、痛たたた」

「あ、気が付きましたか」


 護衛の男達が目を覚ましたようだ。


「大丈夫ですか? |対抗呪文≪アンチスペル≫を受けて魔法が暴発したみたいですね」

「ハッ! そ、そうだ! 俺達はお嬢様の馬車を護衛中に襲撃者に襲われて――。なっ! まさかコイツらはお前が倒したのか?!」


 護衛の男は周囲を見回すと、襲撃者達(※タラスコ兄弟)の死体を見つけて驚きの声を上げた。


「ええ、はい」

「一人で全員をか?! 賊は十人近くいたはずだぞ!」

「ちょっとラルク! このチビをどうにかしなさいよ! さっきからメチャクチャうっとおしいんだけど!」

「チビってあなたの方がチビじゃない! 本当に口の減らない妖精ね!」


 エリーはフリフリのドレスを着た金髪の少女――ええと、確かマルガリータだったかな? から逃げ回りながら、僕に文句を言った。

 マルガリータの侍女が主人に呼びかけた。


「お嬢様、飼い主の方も困っておられます。もう妖精を追いかけるのはおよしになって下さい」

「コラーッ、そこの女! 誰が飼い主よ! 人をペット扱いするんじゃないわよ!」

「ホラ、妖精もこう言ってるわ! この妖精はアイツの物じゃないのよ! だったら私が捕まえても別に構わないわよね?!」

「何をーっ! 人間ごときが生意気よ!」


 僕は困り顔で頭を掻いた。

 どうやらマルガリータはエリーの事が気に入ったらしく、見ての通り、さっきからずっとエリーを追いかけ回しているのだ。

 子供のする事だし、あくまでも好きが高じた行動なので、あまり邪険にするのも気がとがめる。

 そう思ってしばらく見ていたのだが・・・このままじゃそのうちエリーがキレそうだ。流石にそろそろ止めた方が良いだろう。


「エリー、こっちに来て。マルガリータはそこでストップ」


 僕はエリーを肩に止まらせると、両手を上げてマルガリータを押しとどめた。


「何よ! 私の邪魔をする気?! その妖精はアンタの物じゃないんでしょ?!」

「その通り、エリーは誰の物でもないよ。エリーと僕とは友達なんだ。だからマルガリータもエリーを自分の物にしようなんて考えずに、友達になってくれないかな?」


 マルガリータは顔を怒らせて僕とエリーを交互に睨んでいたが、やがて肩を落とすと「分かったわ」と言った。


「エリー、私と友達になって下さらない?」

「・・・ふん。最初からそう言えばいいのよ」


 エリーはちょっと意外な程、素直にマルガリータの言葉を受け入れた。

 子供相手にムキになるのも大人げないと思ったのかもしれない。

 マルガリータはパッと笑顔になった。


「じゃあエリー、付いて来て。馬車の中を見せて上げる。お菓子もあるわよ。メアリー、トーマス、後の事は任せたわ。出発の準備が出来たら声を掛けて頂戴」


 メアリーというのが侍女、トーマスというのが僕と話していた護衛の名前なのだろう。

 二人は「分かりました」とマルガリータに頭を下げた。

 僕がエリーに頷くと、彼女はヒラリと空を飛んでマルガリータの頭の上に止まった。


「ちょっとエリー、頭の上に乗らないで頂戴! 頭の上に物を乗せたら背が伸びなくなるのよ。あなたそんな事も知らないの?」

「それってただの迷信でしょ? 大丈夫大丈夫。だったら私が代わりに引っ張ってあげるから」

「キャアッ! 痛い痛い! 髪を乱暴に引っ張らないで!」


 仲良くなったら仲良くなったでやっぱり騒がしいんだな。

 僕は二人の背中を見送ると、賞金首を確保する作業に取り掛かるのだった。




 それからしばらく。

 僕は賞金首の確保と死体の処理(と言っても、茂みに投げ込んだだけだけど)。メアリーとトーマスは仲間の傷の治療と、馬と馬車の確認を終えた。

 トーマスが不思議そうに僕に尋ねた。


「なあ、あんた。何でわざわざ全部の死体の首を切り落とすんだ?」

「そんなのみんなやってる事だろ?」


 僕はそう答えようとして、ここは魔王軍との戦いの最前線ではない事を思い出した。

 ここでは死体を放置しておいても、敵にアンデッド兵として利用されるような事はないのだ。


「ええと、念のため、かな?」

「・・・随分と慎重なんだな」


 トーマスは釈然としない表情になりながらも、それ以上は尋ねて来なかった。


「お嬢様、出発の準備が整いました」


 侍女のメアリーの呼びかけに応じて、馬車のドアが開いた。

 エリーが茶色い塊を手に飛び出して来た。


「ラルク! この砂糖っていうのスゴく甘くて美味しいわ! 後で私にも買って頂戴!」

「砂糖だって? う~ん、僕じゃちょっと難しいかな」


 砂糖は貴族や豪商に大人気の嗜好品だ。

 大変貴重な品で、買おうと思ってもお店に並ぶような品ではないのだ。


「だったらウチに来ればいいわ。それくらい毎日食べさせてあげるわよ」

「あ、それはムリ。じゃあねバイバーイ」

「ちょっと!」


 マルガリータはエリーにあっさりとフラれて、声を荒げた。

 エリーの狙いは僕のTPだからね。砂糖の甘さで目的を忘れたりはしなかったようだ。

 護衛のトーマスが部下に命じて、一抱え程の麻袋を五つ、それぞれの馬の背に括り付けた。


「賞金の首は、我々が責任をもって町の衛兵に引き渡しておく。町に戻ったら詰め所に寄って賞金を受け取ってくれ」

「助かります」


 正直、切り落とした首を五つも持って帰るのは大変だった。

 彼らが引き受けてくれて非常に助かった。

 護衛の一人が馬車の御者席に上がる。そう言えば御者の姿が見えないな、と思ったら、襲撃者が現れた時、真っ先に馬車を捨てて逃げ出したんだそうだ。


「賊は逃げるアイツを誰も追わなかった。おそらく今回の襲撃を手引きしたのはヤツだったんだろう。金を積まれて商会を裏切ったのか、あるいは脅されて仕方なくヤツらに従ったのか。どちらにしろ、必ず見つけ出し、自分のやった事を後悔させてやる」


 トーマスは腹立たしげに吐き捨てた。

 もしも御者が脅されていたのなら、ある意味彼も被害者なのだが、僕の到着が間に合わなければトーマス達は殺される所だったのだ。彼らが御者に対して怒りを覚えるのも当然だろう。

 ふと気が付くと、マルガリータが何やらモジモジしながらこちらを見上げていた。


「僕に何か?」

「さ、さっきは色々と酷い事を言ってしまったわね。あんな事があったばかりだったから、気が動転していたの。気を悪くしているならごめんなさい。それと、危ない所を助けてくれてどうもありがとう。あなたが助けてくれなかったら、私達全員、大変な事になっていたわ」


 僕は不意を突かれて、咄嗟に言葉が出なかった。

 思わずエリーに振り返ると、彼女はニヤニヤ笑いながら僕を見ていた。

 なる程、エリーが馬車の中でこの子に何か言ったのか。


「あの時の言葉なら気にしなくていいよ。本気で言った訳じゃないって分かっているから。それと、どういたしまして。君達が全員無事で何よりだったよ」


 僕はそう言うと安心させるために笑顔を見せた。

 マルガリータは驚いたように目を見開くと、頬を染めてはにかんだ。


「助けに来てくれたのがあなたで良かったわ。エリーとも友達になれたし。改めてお礼を言いたいから、町に戻ったら私の屋敷に来て頂戴」


 僕は「そうだね」と頷いた。


「お嬢様、出発致します。急ぎますので少し揺れると思います。ご注意下さい」

「分かったわ。じゃあ、ラルク、エリー、ごきげんよう」


 マルガリータが乗り込むと、御者席の護衛が馬に鞭を入れた。

 僕達は彼らの姿が見えなくなるまで、手を振り続けたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 エリーは「そう言えば」と、ハタと手を打った。


「結局、町に帰った後、あの子の屋敷に行ってないわね。いいの?」

「良くはないのかもしれないけど、社交辞令を真に受けるのもどうだろうね。それに豪商と顔見知りになるのも気が進まないし」


 町の大手商会ともなれば、代官や教会とも繋がりが深いだろう。

 彼らの口から僕の正体が――勇者がこの町にいる事がバレるんじゃないか、と思うと、出来ればあまり会いたくない所だ。


「いつかはバレるとしても、少しでもその日は先延ばしにしたいからなあ」


 そう思えて仕方がない程、僕は今の生活がすっかり気に入っているようだ。


「大丈夫。もしもラルクの存在が教会にバレたとしても、彼らが迎えに来る前に私が遠くの町まで逃がしてあげるから! 勿論、TPは貰うけどね」

「いや、そうなったら流石に観念するよ。別に悪い事をして逃げ回っている訳じゃないんだから」


 いつまでもこの生活を続けてはいられない。それに生き残った仲間達に会いたいという気持ちも当然ある。

 つい二ヶ月ほど前まで、僕は北の魔王領で仲間達と一緒に戦っていたのだ。

 例え今は魔王が死んで平和な世界になっているとはいえ、戦場で共に戦った仲間達の――戦友達の事は一日たりとも忘れた事はなかった。


「ふぅん。ま、ラルクがそれでいいならいいんじゃない? それよりそろそろギルドに着くわよ。今日の魔核はどのくらいのお金になるのかしらね」


 エリーはそう言うと、いつものように僕の肩に止まったのだった。




 ハンターギルドの中はいつになく妙にざわついていた。

 とは言っても、何か悪い知らせがあったという雰囲気ではない。

 落ち着きなくソワソワしているというか、誰かと噂話をしたくて仕方がない、といった感じである。

 そんなギルドの様子に僕が戸惑っていると、ベテランハンターのゴンズがこちらを見つけて声を掛けて来た。


「おい、ラルク! 聞いたか?! 何でも教会が勇者を認定したんだってよ!」

「教会が勇者を?!」


 まさか?!

 教会が僕以外の勇者を公式に認めただって?!

 一体なぜ? どんな理由で?

 魔王はあの時、確かに倒したはずだ。今更新しい勇者を認めた所で何の意味もないだろうに。


(まさか僕が死んだから? 教会は、魔王を倒した勇者という象徴がどうしても必要になって、仕方なく新しい勇者を作りだしたとか?)


 仮に新しい勇者を認定したとしても、その勇者は魔王を倒した勇者ではない。偽物だ。

 そんな事くらい分からない人達ではないと思うけど・・・大きな組織というのは、外から見ていると理解不能な事や愚かに思えるような事を、大真面目に行ったりもする。

 それにしても、主神様の神託も下されていないのに、人間が勝手に勇者を認定するなんて。

 混乱する僕の姿に、ゴンズは「何だ、やっぱり知らなかったんだな」と、満足そうな顔で頷いた。


「どうやら何も知らなかったみたいだな。勇者の名前はラルクなんだってよ。ラルク、お前と同じ名前の勇者だぜ」

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