第9話 彼女候補

 なし崩しに始まった例の親睦会?から数日後。

 僕達は魔物退治を終え、ハンターギルドを目指して歩いていた。

 ぼんやりと通りの家々を眺めていた僕は、ふと思いついてエリーに言った。


「割とお金も溜まって来たし、そろそろ家を借りてもいいかもしれないね」

「そう? 宿屋の方が便利じゃない? ラルクがご飯を作るより美味しいし」


 エリーの何気ない一言は僕に衝撃を与えた。

 魔物退治は日帰りでは出来ない。町に近い場所には流石に魔物がいないからだ。

 僕達は短くて二泊三日。長ければ四~五泊の旅をしながら、魔物を退治して回っている。

 その間は基本的に野宿となる。食事だって当然、自分達で作らなければならない。

 自分達、とは言ったものの、実は毎回僕が作っている。

 エリーはこんな小さな体なので、ほとんど僕が食べる事になるからだ。


「僕がご飯を作るより美味しいって・・・エリー、ひょっとして僕の料理って不味かった?」

「野宿だし仕方がないんじゃない? 食べられない程酷い味って訳じゃないし。けどまあイマイチ?」


 ガーン! そ、そんな。

 実は密かに料理の腕に自信があった僕は、ショックのあまり呆然としてしまった。


「・・・ハンターで稼いだら、いずれそのお金で食堂を開くのも悪くないな、とか思っていたのに」

「あ~うん。それは止めといた方がいいと思うわ。失敗して潰れる未来しか見えないから」


 そんな言い方しなくても。止めるにしても、もっとソフトに言って欲しいよ。


「だったら料理の方は奥さんに作って貰えばいいんじゃない? ていうか、ラルクは彼女とか作らない訳?」

「か、彼女?! そ、そりゃあまあ、普通に欲しいけどさ。けど、出会いがないって言うか」


 デリケートな話題に僕の体が硬直した。

 ギクシャクした動きに、座り心地が悪くなったのか、エリーは僕の肩から飛び上がると顔の前にやって来た。


「出会いねえ・・・。だったらギルドの受付のミラとかどう? おっぱいはちょっと小さいけど」

「おっぱいの事は別に言わなくていいよ。どうって、向こうは僕の事を何とも思ってないんじゃない?」


 ミラはハンターギルドの職員だ。年齢は多分、僕より少し上。ニ十歳くらいじゃないだろうか?

 スラリと背の高い落ち着いた感じのお姉さんである。

 おっぱいに関してはノーコメントで。


「後、最近では僕が話しかけると身構えているような気がする。むしろ警戒されているんじゃないかな」


 これでも僕は勇者だから、この手の警戒心や緊張の気配には割と敏感な方なのだ。


「だったら宿屋の娘は? グレースだっけ? おっぱいは並みくらいだけど」

「だからおっぱいの話は・・・あの子は彼氏がいるって言ってたよ。両親も二人が付き合っているのを知ってるみたいだし、そのうち多分、結婚する事になるんじゃないかな」


 グレースは宿屋の看板娘だ。年齢は多分、僕と同じくらい。

 灰色の髪をおさげにした声の大きな元気な女の子だ。

 おっぱいに関しては・・・って、この情報いる?


「じゃあさ、この間ラルクが助けた商人の子は? あの白い馬車に乗ってたギャンギャンうるさい子。おっぱいは残念だったけど」

「ああ、あの子ね。マルガリータだっけ。この町の大手商会の娘か。う~ん、どうなんだろう」


 僕は勝気そうな金髪の少女の顔を脳裏に描いたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 あれは二週間程前だっただろうか。

 あの日、僕とエリーは足を延ばして隣領の近くまで遠征していた。


「ラルクが賞金稼ぎの真似事をするなんてちょっと意外ね」

「そう? 僕は勇者だから、どっちかというと魔物よりも人間を相手にしている方が本業とも言えるんだけど」


 僕達がこんな所まで来た理由。

 それはハンターギルドに、タチの悪い賞金首が隣の領地からこちらに流れて来た、という情報が入ったからである。

 賞金首の名はタラスコ兄弟。兄弟と付いてはいるが、彼らは血の繋がった本当の兄弟ではない。五~六人程の悪党のグループで、強盗に傷害、誘拐に殺人と、悪い事なら何でもやる酷いヤツらだそうだ。


「町の人間に被害者が出てからじゃ遅いからね。もしも知ってる人が犠牲になったら最悪だろ?」

「けど、領地の騎士団や衛兵だってそいつらを捜しているんでしょ? そんなのラルク一人で見つけられるの? あっ! TPを使うつもり?! そういえば確か、探し物を見つける道具があった気がするわ!」


 えっ、それって魔法の道具って事? 何それちょっと気になるかも。


「いや、いいよ。僕は勇者だよ? そんなものを使わなくても、こうして歩いていればそのうち向こうから――」


 ドーン!


 その時、突然の轟音が僕の言葉を遮った。

 火系統の魔法が|対抗呪文≪アンチスペル≫を受けて発動を失敗した時、丁度ああいった爆発音がするはずだ。

 慌てて辺りを見回すと、遠くで黒い煙が一本、青い空に立ち昇っているのが見えた。


「あそこで誰かが戦ってるに違いない! エリー行くよ! 掴まって!」


 僕は荷物をその場に降ろして身軽になると、煙を目印に一直線に駆け抜けたのだった。




 戦いは僕達の勝利に終わった。


「やっぱりタラスコ兄弟みたいだね。ギルドで見せてもらった手配書の特徴と一致してるよ」


 僕は死体をひっくり返すと、手配書のメモ書きと見比べた。

 賊の人数は十人。どうやらその内の五人がタラスコ兄弟だったようだ。


「全員殺しちゃったの?」

「余裕が無かったから仕方がないよ。こっちは僕一人だし、馬車の人達に被害を出さないためにも、早目に決着を付けないといけなかったから」


 タラスコ兄弟は商人の馬車を襲っていた。

 僕達は襲われていた馬車へと振り返った。


「それにしても白い馬車なんてあったのね。馬車って普通は黒色よね?」

「うん。僕も白色の馬車は初めて見るよ。引いている馬も芦毛の白馬だし、こだわってるよね。持ち主はよっぽどのお金持ちなんだろうね」


 馬車の護衛は五人。全員火傷を負って倒れている。

 どうやら襲撃者(※タラスコ兄弟)に向けて火の魔法を放った所で、|対抗呪文≪アンチスペル≫を受けて魔法が暴発。自傷してしまったようだ。


「幸い、気を失っているだけで命に別状はなさそうだ。それにしても対人戦闘でいきなり魔法を使うなんてどうかしてるよ。それとも、たかが盗賊が|対抗呪文≪アンチスペル≫を使えるとは思わなかったとか? どっちにしても、あまり戦い慣れしている人達じゃなかったんだろうね」


 僕の仲間の魔術の求道者、老魔術士ドレがいれば、彼らを叩き起こして説教が始まる所だ。

 魔法は上手く使いこなせば戦況を決定づける決め手となるが、失敗してしまえば御覧の通り。

 生兵法は大怪我のもと。魔法は使い手を選ぶ癖の強い武器なのである。


「お嬢様お待ちを! まだ危険かもしれません! お嬢様!」


 馬車の中から女の人の焦り声が聞こえる。

 そう思った次の瞬間――


 バンッ!


 大きな音と共に馬車のドアが開かれた。

 ドアを開いたのは、ヒラヒラのドレスを着た12、3歳の女の子。

 人形のように整った顔は、可愛らしいというよりも気が強そうな印象だ。

 癖のある長い金髪を左右二つに束ね、肩に下げている。

 この子の侍女だろうか。三十歳前後の地味な恰好をした女の人が、慌てて彼女を止めようとしていた。


「あなたが助けてくれたのね! 良くやったわ! 褒めてあげる!」


 女の子は、なんだか偉そうに胸を反らした。


「ああうん。コイツらはタラスコ兄弟っていう凶悪な賞金首なんだ。捕まってたら多分、ロクな目に遭わなかっただろうし、間に合って良かったよ」

「そ、そんな事言って私を怖がらせようとしても無駄なんだから! もし捕まってたとしても、きっとお父様が助けに来てくれたわ!」

「いや、僕が言いたかったのは、助かるまでにきっと酷い目に遭わされただろうって話。それこそ死んだ方がマシって目に遭ったんじゃないかな」


 僕は魔王軍との戦いでそういった被害者を大勢見ている。

 タラスコ兄弟が魔王軍より優しいかどうかは、今となっては分からないが、捕まる前にこの子達を助けられたのは幸いだろう。


「そ、そんな事言って、私に恩を売ってお礼を吊り上げるつもりなんでしょ! フン! あなたのような粗暴な人間の考えている事くらいお見通しよ!」

「お礼? ああ、僕が君を助けたお礼に、君の実家にお金を要求するんじゃないかと心配している訳ね。それなら心配いらないよ。さっきも言ったけど、タラスコ兄弟には賞金が掛かっているから。僕には彼らの首だけで報酬は十分なんだよ」


 ホントの事を言えば感謝の言葉くらいは欲しかったけど、この様子だとムリそうかな。

 この場はサッサと賞金首を確保してここから退却した方が良さそうだ。

 僕の肩でエリーが頬を膨らませた。


「何よあの態度! せっかく私達が助けてあげたっていうのに偉そうにして!」

「エリー。彼女は怖い思いをして気が動転しているんだよ。まだ子供なんだから許してあげなよ」

「今の声は何?! ひょっとしてその妖精が喋ったの?!」


 女の子は険しい表情から一転、興奮に頬を朱に染めてエリーを見つめた。


「すごい! すごいわ! 近くで良く見せて!」

「いーやーでーすぅー!」


 エリーはべーっと舌を出した。

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