第8話 親睦会?

 僕達はハンターギルドを出ると、いつも泊っている宿屋へ向かった。


「グラトニーワイバーンは思っていたよりお金になったね。初めて戦った魔物だったから、あんなに驚かれるような危険な相手だとは知らなかったよ」


 僕は「空を飛ぶ魔物は普通に考えて厄介だよね」と言うと、すっかり手に馴染んで来た短めの槍を担ぎ直した。

 以前、エリーに出して貰った、そこら辺に捨てられていた錆びた槍(3TP)――ではない。

 ちゃんとした武器屋で買ったちゃんとした槍である。

 エリーはあまり興味がなさそうに「ふうん」と相打ちをうった。


「ラルクは勇者だったくせに、戦った事のない魔物もいるのね」

「いや、エリーは勇者を何だと思ってるの? 勿論、移動中や野営中に魔物に襲われた時には戦って来たけど、基本、わざわざ探してまでは戦っていないから。勇者の相手は魔王軍で、魔物退治は専門外だから。ましてやグラトニーワイバーンみたいに、高い山の上に住んでいる魔物なんて、存在すら知らなかったから。ていうか、山で魔物と戦ってる時にも同じ事を言ったはずだけど覚えてないの?」


 エリーは「そんな事言ってたっけ」とコテンと小首を傾げた。

 どうやら本気で覚えていないようだ。

 僕は小さくため息をついた。


「まあいいや。宿で荷物を下ろしたら、いつもの食堂に行くよ」

「ゴンズと一緒に、パーッと騒いでワイバーン退治のお祝いをするのね。分かってるわ」


 いや、お祝いするなんて一言も言ってないんだけど。

 派手好きのエリーは、祝い事やパーティーが大好きだ。

 彼女が羽目を外さないように、今日はいつもより注意しておいた方がいいかもしれない。




 お馴染みの食堂に行くと、ゴンズ達は先に食べ始めていた。

 随分早いな、と思ったら、壁際に彼らの荷物が積まれているのが見えた。

 どうやら、一度宿屋に戻った僕達と違って、彼らは食堂に直行したようだ。


「こんな風にあちこちに迷惑をかけているから、ハンターは町の人達から煙たがられるんだろうなあ」


 僕はハンター達の日頃の粗野なふるまいを思い出してため息をついた。

 嫌われ物の魔物を退治しているハンターは、本当ならもっと町のみんなから感謝されていてもおかしくはないのに。何だか残念。


「おう、ラルク、エリー! やっと来たな! ここだ、座れ座れ!」


 ゴンズは上機嫌で自分の隣のイスをバシバシと叩いた。


「ゴンズ! あんたもう出来上がってるじゃない! お酒を控える約束はどうなったのよ!」

「はんっ! こんなの飲んだうちに入るかよ! おい、ラルク! お前も当然飲むよな?! おおい、こっちのテーブルに酒を追加だ!」


 ゴンズは勝手に僕の分もお酒を注文した。

 やれやれ、とは思うが、彼と食事をするのが決まった時から、こうなる事は予想していた。

 僕は大人しく彼の隣に座ると、運ばれて来たカップを受け取った。


「ラルク達も来た事だし、もう一度乾杯だ! 仕事の終わりに!」

「じゃあ、グラトニーワイバーンの魔核の売り上げに!」

「ちょっとエリー! こんな場所でそんな事言わなくてもいいだろ! ええと、美味しい食事に」

「「「「カンパーイ!」」」」


 それからしばらくは飲んで食べての時間が続いた。

 エリーは気分良くグラトニーワイバーンとの戦い(戦ったのは僕なのに)を語り、ゴンズ達をしきりに感心させた。


「マジかよ。いや、ラルクの腕前を疑う訳じゃねえが、そんな魔物、普通なら軍隊が戦うようなヤツじゃねえか」

「たまたま僕の魔法と相性が良かったってのもあるかな。運が良かったよ」

「雷の魔法だっけ? スゲエよな。俺も魔法を練習すっかな~」

「バーカ、アンタ達がどれだけ練習したってラルクに敵う訳ないでしょ。なにせラルクは主神が認めた勇――」

「あーっ! え、エリー、甘い物が欲しくない?! ホラ、フルーツでも頼もうか!」


 僕は慌ててエリーの話を遮ると、お店の人にカットフルーツを注文した。


「おお、俺には酒の追加を頼まあ!」

「ゴンズはもう飲むな! アンタどうせ弱いんだからさ」

「いや、ホントにエリーは俺に対してだけ当たりが厳しくねえか? なあみんな?」


 ゴンズの情けない声に、あちこちのテーブルから笑い声が上がった。

 あちこち?


「なんだかいつの間にか周りに随分と人が増えてない?」

「なんだ今更。少し前からここは俺達ハンターの貸し切りみたいになってたぞ」


 ええっ?! あ、ホントだ。

 ゴンズの仲間に言われて周りを見回してみると、確かに僕が知っている顔がチラホラと見える。

 あっちで飲んでいる、周囲とちょっとだけ毛色の違う一団は、ギルドの職員達だろうか?

 僕と視線が合うとペコリとお辞儀をしてくれた。

 こんな事になって、食堂の人はさぞかし迷惑をしているんじゃ――と心配したら、お店の女将さんは嬉しそうにジャンジャンお酒を運んでいる。

 考えてみればハンターは割と儲かる仕事だ。

 それに命のかかった仕事をしているせいか、結構、金払いもいい。

 お店としては、上客が団体でやって来た、といった感じなのだろう。

 だったら気にする事はないのかな?

 僕はそんな事を考えながら、落ち込むゴンズと、そんな彼に辛辣な言葉で追い打ちをかけているエリーを眺めていた。


「なあラルク。俺達、お前には感謝しているんだよ」


 真面目な声に振り返ると、ゴンズの仲間――確かバルトナだったかな?――が僕を見ていた。

 バルトナは、僕が最初にギルドの建物でゴンズに会った時、彼と一緒に飲んでいたハンターだ。


「? 別に感謝されるような事はしていないと思うけど? むしろ今は、エリーがゴンズを落ち込ませているくらいだし」

「あー、それについては後でフォローを入れてくれると助かる。アイツ落ち込むと面倒くさいんだよ。じゃなくて、俺が言いたいのは、お前が来てくれて俺達は助かったって事だ」

「? はあ?」


 ゴンズは恵まれた体格と恐れ知らずのクソ度胸で、昔から周囲に一目置かれていたらしい。

 しかし、ハンターとしてベテランの域に入り、ギルドでも一流とみなされるようになった頃から、彼はいつも苛立ち、つまらない事で周囲に当たり散らすようになっていたんだそうだ。


「今ならアイツの気持ちが少しだけ理解出来るような気がする。きっと何もかもつまらなくなっちまったんだろうな。そんな時、ラルク。お前がやって来た。お前は圧倒的な力でゴンズのヤツを叩きのめした」


 実力も根性もあるゴンズは、今までずっと真っ直ぐに生きて来た。壁が立ちはだかればその腕っぷしで叩き伏せ、力任せに乗り越えて来た。

 しかし、頂点に立った瞬間、彼は行くべき道を見失ってしまった。

 これから自分は何を目指せばいいのか? 一体何処に向かえばいいのか?

 誰かに聞こうにも、周りの人間は全員、自分の後ろを歩いているだけ。前には誰もいない。

 ゴンズはたった一人になってしまったのだ。

 彼は自分がどうすればいいのか、どうしたいのか分からず、常に苛立っていた。

 そんな時、彼の前に僕が現れた。僕はみんなの前で彼を散々に叩きのめした。

 しかしゴンズはこの結果に納得していなかった。こんなものは負けじゃない。俺が倒されたのは酒に酔っていたからだ。まだ勝負はついていない。

 そう思ったゴンズは後日、今度は万全の状態で再び僕に挑んだ。しかし結果は惨敗。

 満を持して挑んだだけに、ゴンズは恥ずかしいやら情けないやら。

 その日の夜、彼は、「もう自分はこの町にいられない。町を出て自分の事を誰も知らないどこか遠い場所に行く」と仲間に打ち明けたんだそうだ。


「まあすぐに俺達が止めたけどな。アイツには身重の奥さんもいるし、足を悪くした親もいる。そんな家族をどうやって連れて行くんだ、ってね。アイツがそんな状態だったからな。後日、お前が普通に新人としての立場で接してくれた時、俺達はめちゃくちゃホッとしたんだよ」

「いや、実際に僕は新人ハンターだし、バルトナ達は先輩ハンターだから」

「理屈としてはそうだが、ゴンズはお前に絡んで返り討ちに遭ったんだぞ。実際、あの日エリーは俺達の事を散々こき下ろしていたじゃないか」

「・・・あ~、それについてはごめんなさい。彼女には注意したんですが、後でもう一度僕から言っておきます」

「え? あ、いや、別にあの日の事で文句が言いたかった訳じゃないんだ。ええと、何の話をしてたんだっけ? そうだ、俺達はお前が先輩として立ててくれた事でメンツが守られたんだよ。それに最初は微妙だった周りの目も、お前がバカげた活躍を見せているうちに、『コイツには敵わない』『ラルクは特別』という意識に変わって行った。結果としてお前に負けたゴンズも、『ラルクになら負けてもしかたがない』と思われるようになった訳だ」


 バルトナ達は自分達のメンツが保たれてホッとしただけだったが、ゴンズは違っていた。

 彼はあの日以来、何かが吹っ切れたように生き生きしているという。


「自分が目指す方向が見つかったんだろうな。つまりはラルク、お前の事だ」

「あ~そういう」


 僕は納得すると同時に、それはちょっと違うんじゃないかな? とも思った。

 バルトナはゴンズが僕の強さを知って、「いつかコイツに勝ってみせる」と新たな目標を見つけたと考えているようだが、それは微妙に違うと思う。

 ゴンズは多分、所詮自分はこの町のハンターギルドのトップでしかなかった事に気が付いたのだ。

 それに気付いた時、彼の視野は一回り大きく広がり、自分がいかに井の中の|蛙≪かわず≫であったかを思い知った。

 僕の存在はあくまでも彼の気付きに手を貸しただけ。きっかけでしかなかったんだろう。

 全てはきっと――


「全てはきっと、主神アポロディーナ様のお導きですよ。悩めるゴンズを哀れんだ慈悲深い主神様が、彼と僕を引き合わせてくれたんじゃないですかね」

「なんだお前、教会の教導師みたいな事を言うんだな」


 バルトナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 彼は知らないだろうが、主神アポロディーナ様はたまにこうやって|勇者≪僕≫を遣わして、悩みを抱える人を手助けさせる事がある。

 勿論、主神様がなされるのは手助けであって、悩みを解決するのはあくまでも本人だ。

 神は導く者であって、答えを与えてくれる者ではないからである。

 バルトナは今までの真面目な顔から一転。明るい笑顔でカップの残りをあおった。


「これで俺もスッキリしたよ。いつかお前に礼を言わないととずっと思っていたんだ。まあ、お前はあまり深く考えずに、これからも今まで通りに俺達と付き合ってくれればいいよ」

「はい」

「うぉい! お前ら何俺を無視して話し込んでやがるんだよ! おいラルク、この性悪妖精をどうにかしてくれ! コイツさっきから的確に俺の心を抉って来やがるんだよ~!」

「また私の事を妖精って言った! こら、ゴンズ! 私を妖精なんかと一緒にするなーっ!」


 半べそのゴンズと怒りのエリーがなだれ込んで来た事で、僕達の話はここまでとなった。

 周囲もバカみたいに盛り上がってるし、ここはあまり真面目な話を続けられるような場所じゃないよね。

 こうして僕達の食事、親睦会?は、夜が更けるまで続いたのだった。

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