第7話 新人ハンターラルク

◇◇◇◇◇◇◇◇


 古びた大きなドアが大きな音を立てて開くと、ドカドカと硬い靴底が床を踏む音が響き渡りました。

 ハンター達が町の外でひと仕事を終えて帰って来たのです。

 私は整理していた書類を一旦机の上に置くと、慌てて受付のカウンターへと向かいました。


「おう、今日は譲ちゃんが受付当番か。獲物はイノシシの魔物だ。討伐証明の確認を頼まあ」


 ハンターのオジサンはそう言うと、背嚢の中から手のひらサイズの丸い石を取り出しました。

 魔物の体内にだけ存在している器官、魔核です。

 私は分厚いファイルをめくると、カウンターの上の魔核と、挿絵に描かれているそれを見比べました。


「これは大きな魔核ですね。マーブルドボアの物ですか。この辺りでは珍しい魔物ですね」

「そうだな。かなりの大物だったぜ。おかげで危うく仲間がやられる所だった」


 ハンターのオジサンはそう言うと白い歯を見せて笑いました。

 私は「ほへ~」と感心しながら、挿絵の横に書かれた説明を読みました。

 マーブルドボアは高い山に住むヤマイノシシが魔物化したもので、大きな物になると2メートルにもなるんだそうです。


「査定しますので、この番号札を持ってお待ち下さいね」

「コイツを倒すのは苦労したんだ。いい値で買い取ってくれよな」


 買い取りと言っても、魔核そのものには何の利用価値もありません。というよりも、魔物自体に商品としての価値はほとんどありません。

 魔物の肉は筋っぽくて食べられたものではなく、爪や牙は魔物が死んだ途端、強度を失って何の素材にもならないからです。

 そのため魔物は見付かっても、誰にも狩られないまま放置される傾向があります。

 苦労して狩っても、売り物にもならないのだから、それも当然でしょう。

 しかし、それでは魔物ばかりが増え過ぎて、やがて森や山には魔物しかいなくなってしまいます。

 そこで土地を治める領主様は魔物に懸賞金をかけ、私達領民に討伐させる事にしたのです。

 その懸賞金の支払い所が、このハンターギルドという訳なのです。


 ちなみに昔は討伐証明として、魔物の死体がそのまま持ち込まれていたそうです。

 しかし、漂う悪臭に近所からの苦情が殺到。更には大量の魔物の死骸の処理が大きな問題になっていました。

 この問題に頭を悩ませたギルド側によって、魔物の体の一部――例えば尻尾や牙、耳なんかを持ち込めば換金出来るようにルールが変更された事がありました。

 しかしこれが大失敗。魔物からその部位だけを切り取り、止めを刺さずに放置して帰るハンター達が増え始めたため、慌てて取りやめになったそうです。

 そういった経緯を経て、現在では魔核を討伐証明にするという方法に落ち着きました。

 魔核とは瘴気を溜め込む機能を持った器官で、そういった性質上、魔物の体内にしか存在しません。

 内臓の一部である以上、絶対に止めを刺さないと取り出せないし、ハンターにも、何の使い道もない魔物の死体を重たい思いをしながらわざわざ持って帰らなくてもいい、というメリットがあります。

 ギルドとしても、面倒な死体処理の悩みから解放されるしで、双方にとっていい事尽くめだったのです。


 私が魔核の大きさや重さを計り、ファイルの表と照らし合わせながら査定をしていると、ギイッ、と音を立てて入り口のドアが開きました。


「あれ? 今日はあんたが受付なんだ。まあいいや、今回は苦労したんだから高値で買い取ってよね」

「いや苦労って、エリーは何もしてないでしょ。ええと、ミラだっけ? 査定をお願い出来るかな」


 カウンターの前に立っているのは一組の男女。とは言っても、遠目には少年が一人で立っているだけにしか見えないかもしれません。

 彼の名はラルク君。そして彼の相棒のおしゃべり妖精エリーです。

 ラルク君は先月ハンターギルドに登録したばかりの新人ハンターで、何と登録の初日にベテランハンターのゴンズさんを打ち負かした凄腕の持ち主でもあります。

 ラルク君はこの一ヶ月で数多くの魔物を討伐し、あれよあれよという間にベテランの仲間入りを果たした、今、ギルドで最も注目を集めている期待の――私達ギルド職員にとってはちょっと問題のある――新人なのです。

 私は内心で「よし!」と気合を入れると、顔に営業スマイルを張り付けて彼に向き直りました。


「はい、ミラです。それでラルク君は今日はどんなとんでもない魔物を狩って来たんでしょうか?」

「とんでもないって・・・。これなんだけど」


 そう言って彼が取り出したのは、一抱え程もある大きな魔石。

 その大きさに、マーブルドボアの魔核の査定を楽しみに待っていたオジサンハンターの顎が、音を立ててカックーンと落ちました。




 ラルク君がハンターギルドに登録して、最初に持ち込んだのは、レッサーオーガの魔核でした。

 新人が、しかも単独の彼がレッサーオーガを狩って来たというだけでかなりの驚きなのですが、問題になったのはその数でした。

 何と彼は三十個以上ものレッサーオーガの魔核を取り出したのです。


「たまたま小さな集落を見つけたから潰して来たんだよ」


 ラルク君はそう言っていましたが、レッサーオーガの集落を一人で全滅させられるハンターなんて聞いた事がありません。

 というより、小規模とはいえ、町の近くにレッサーオーガの集落が出来ていたというだけで大問題です。

 私の上司から報告を受けたギルドマスターが、慌てて代官様の屋敷に走った事からもそれが分かります。

 実際、あの日はギルド中、上を下への大騒ぎでした。

 そんな中、この騒ぎの元を作った当の本人は、魔核の換金を済ませると、相棒の妖精を連れてサッサと食事に行ってしまいました。

 私達が恨めしい気持ちで彼らの背中を見送ったのは言うまでもありません。

 それからもラルク君は、度々とんでもない獲物を狩って来ては、ハンターギルドに大小の騒ぎを起こしました。

 以前、一度彼に先輩のハンターが、「お前ばっかり何でそんなに特別な魔物に出くわすんだ?」と尋ねた事があります。


「それはラルクが勇しゃ――」

「ゲフンゲフン! ――え~と、何故なんでしょうね。僕って不思議と昔からトラブルに巻き込まれ易いんですよ。ひょっとしてそのせいじゃないでしょうか」


 私も含め、彼の周りで聞き耳を立てていた者達は、「何だそりゃ?!」と思いましたが、昔からそんなトラブルにずっと対処し続けて来た結果が、このとんでもない強さの秘密なのかもしれない。と、妙に納得もしてしまったのでした。




 ラルク君が取り出した大きな魔核。

 コッソリこちらの様子を窺っていた職員達が、そのサイズにギョッと息を呑みました。

 明らかに普通の大きさじゃないですからね。気持ちは分かります。


「あ、あの~、ラルク君。これはどこでどんな魔物と戦って手に入れたんですか?」

「場所は西の山の頂上付近だったかな? 最近、体がなまっていたから鍛えようと思ってロッククライミングをしてたら、大きな青いワイバーンに襲われたんだよ」


 彼の後ろで聞き耳を立てていたハンターが、「西の山の山頂だって?! あの切り立った高い崖の事か?! あそこを登ったなんてウソだろ?!」と驚きの声を上げました。

 そっちはそっちで気になりますが、それより私はラルク君が語ったモンスターの特徴に意識を奪われていました。


「大きな青いワイバーン――まさかグラトニーワイバーンですか?!」


 グラトニーワイバーン。|暴食≪グラトニー≫の名を冠するこのレッサードラゴンは、その名の通り貪欲で何でも食べる事で知られています。

 噂では攻撃を受け、キズだらけになりながらも、獲物を貪り食うのを止めようとしなかったとも言われています。


「グラトニーだって?! 国の騎士団が相手にするような魔物じゃないか!」

「いや、俺は知り合いの衛兵から、グラトニーワイバーンを討伐した時の話を聞いた事がある。魔核の大きさはあれよりずっと小さかったはずだ」

「じゃあ山のヌシだったのかもしれねえな。マジかよ。またラルクがとんでもねえ事をしでかしやがった」


 騒ぎ立てるハンター達に、エリーは胸を張って満足そうにウンウン頷いています。

 そんな相棒に、ラルク君はヤレヤレと苦笑しました。


「じゃあ、査定をお願いしますね」


 ラルク君が番号札を持ってカウンターから離れたその時でした。バタン! と大きな音を立てて入り口のドアが開きました。

 現れたのは、この港町ホルヘのハンターギルドを代表する凄腕ハンター達。

 ゴンズさんのチームです。

 ゴンズさんはギルド内の騒ぎに少し不思議そうな顔になりましたが、ラルク君達の存在に気が付くと納得の表情を見せました。


「ラルク! エリー!」


 大きな声にラルク君が立ち止まります。

 ゴンズさんはズカズカと大股で近付くと、彼らの前に立ちました。


「何だゴンズじゃない。あんたも仕事の帰り?」

「どうもゴンズさん。僕達は、丁度、西の山から帰って来たところでして」


 ラルク君達の言葉に、ゴンズさんはふとこちらに振り返り、カウンターの上に置かれたグラトニーワイバーン(山のヌシ)の大きな魔核に目を止めました。

 ゴンズさんの目が驚きに見開かれました。


「・・・どうやらお前ら、またドえらい魔物を倒して来たようだな。どうだ? 飯でも食いながらその話を聞かせてくれないか?」

「ええ、いいですよ。丁度、今から食事にしようと思ってましたから。エリーも構わないよね?」

「いいわよ、ゴンズがお酒の量を控えるならね。大体、ゴンズは大して酒が強くないくせに、いつも飲みすぎなのよ」

「ちぇっ。相変わらずエリーは俺に手厳しいぜ」


 ゴンズさんは額に手を当てて苦笑しました。

 初対面の時こそケンカになったゴンズさんとラルク君でしたが、後日、今度は町の外で戦った結果、なぜかすっかり仲良くなったようです。

 私も通りのお店で彼らが一緒に食事をしている姿を見かけた事があります。

 その時も、気の置けない仲間同士、といった感じに見えました。

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