第6話 絡まれ勇者

 ハンターギルドの建物の中は、場末の酒場といった感じだった。

 三~四人がけの古びたテーブルが四つ。奥には長いカウンター。

 壁には賞金首らしき男達の似顔絵がズラリと貼られている。


「スゴイねエリー。昼間からお酒を飲んでる人がいるよ。あっちのカウンターでは仕事を貰えるのかな? 今は誰も並んでいないし、ツイてる――」

「おう、テメエ!」


 ワクワクしながら部屋の中を見回していた僕は、大きな声に驚いて振り返った。

 ガタン!

 そこではいかにもベテランハンターといった出で立ちの大男が、イスを蹴って立ち上がるところだった。


「僕の事ですか?」

「このクソが、僕の事ですか、だぁ?! テメエ、スカシてんじゃねえぞ! さっきから目障りなんだよ」

「おい、よせゴンズ!」


 仲間からゴンズと呼ばれた大男は、止めようとした仲間の手を振り払うと、足を踏み鳴らしながらこちらに歩いて来た。

 ゴンズの仲間は、慌てて背後から縋り付くが、それでも彼の歩みは止まらない。

 僕はこんな状況でありながら、思わず「スゴい力だな~」と感心してしまった。


「仲間の中でも一番の力持ちだった大楯のガレットといい勝負かも」

「ああん?! テメエ、何をブツブツ言ってやがる!」


 僕も平均よりは身長があると思うけど、大男のゴンズが目の前に立つと、どうしても見上げて喋らなければならない。

 カウンターの奥ではハンターギルドの人達が、どうして良いか分からない様子でキョロキョロと辺りを見回している。

 どうやら周囲の仲裁は期待出来なさようだ。


「ええと、僕に何か用でしょうか?」

「ちょ、バカかお前! 何をのん気にコイツに話しかけてんだよ! 分かんねえのかよ! いいからさっさとココから逃げろ!」


 ゴンズの仲間(装備から見て彼もハンターなのだろう)が、ゴンズを羽交い絞めにしながら叫んだ。

 一触即発のこの状況。

 僕の肩にとまっているエリーが、ペシペシと僕の頬を叩きながらケラケラと笑った。

 

「チョーウケる! 痛い目だってさ! 町の腕自慢なんかが本気でラルクに敵うとでも思ってるのかしら!」

「ちょっとエリー。そんな風に相手を挑発しないでよ」

「なっ! 何だそいつは!」


 ゴンズは驚きにギョッと目を見張ると、「グエッフ」。大きなゲップと共に酒臭い息を吐き出した。

 エリーは「臭っ!」と鼻を摘まんだ。


「ちょっとアンタ、人の目の前で何すんのよ!」

「なんだこいつは?! 妖精か?! 人間の言葉を喋ってやがるぞ! 喋る妖精なんて初めて見たぜ!」


 ゴンズは不機嫌そうな態度から一転。嬉しそうな顔で僕の肩に――エリーに手を伸ばした。


「誰が妖精よ! 妖精なんかが喋る訳ないでしょ! これだから酔っ払いはキライなのよ! あっち行けバカ!」

「へえ、良く見りゃ結構美人じゃん。コイツは益々珍しい妖精だぜ」


 流石にこのまま黙って見ている訳にはいかない。 

 僕は体を半身にしてゴンズからエリーを遠ざけながら、彼の手首を掴んだ。


「あの。エリーが嫌がっているので止めてくれませんか?」

「ああん?」


 ゴンズは一瞬、「こんなヤツいたっけ?」という顔になった後、自分の手を僕が掴んでいるのを見て、怒りの表情を浮かべた。


「テメエ、邪魔すんじゃねえよ。俺はこの妖精に用があんだよ」

「うっさい! こっちはアンタに用なんてないっての! ラルク、いいからこんなヤツぶっ飛ばしちゃえ!」

「だから何でエリーはさっきからそんなにケンカ腰な訳? まあ経験上、こういう時に穏便に済んだ事ってないんだけどさ」


 僕はゴンズの手を引っ張った。ゴンズは引っ張られないように後ろに体重をかける。そのタイミングで僕はすかさず突き飛ばすように手を離した。


「なっ・・・!」


 ゴンズはバランスを崩し、二歩三歩。フラフラとたたらを踏むと、背中に張り付いていた仲間と一緒にペタンと尻餅をついた。

 エリーは「キャッホー! ざまぁ見ろ!」と大喜びである。

 ゴンズの顔が怒りで首まで真っ赤に染まった。


「・・・て、テメエ」

「ば、バカ! お前何やってんだ! マジで殺されるぞ! コイツ今日はどうかしちまってるんだ!」

「殺されるんだってさ。どうするラルク? 心残りにならないように今のうちにTPを使っとく?」

「いや、それエリーが使わせたいだけだろ。仕方がない。せめて表に出ようか。ここじゃ周りの迷惑に――って、聞く耳持たないか」


 ゴンズは立ち上がると同時に拳を振った。

 無駄のない素早い動き。かなりケンカ慣れしているようだ。

 ――とはいえ、僕もこなして来たケンカの数なら負けはしない。


 ドスッ!


「ぐっ!」


 僕はパンチを掻い潜ると、相手の胸に肘打ちを叩き込んだ。

 ゴンズは鋭い痛みに息を詰まらせたものの、ひるむことなく僕の服を掴んだ。

 グルリ。

 僕はすかさずその場で一回転。ゴンズの手に上着の裾が絡まり、逆に彼の手を拘束する。

 そのまま僕は彼の眉間に頭突きを叩き込んだ。


「えっ。これを耐えるの? スゴいね」


 ゴンズはグラリと頭を揺らしたものの、辛うじて意識を繋ぎ止めていたようだ。

 僕を引き倒そうと太い両腕に力が入る。

 ゴンズと僕とでは、それこそ大人と子供程の体重差がある。グランド勝負に持ち込まれれば流石に分が悪い。

 僕はさっきと逆回転。ゴンズの手の拘束を外すと、彼の動きに逆らわずに上着から腕を抜いた。

 ゴンズは脱げた上着を床に放り投げると、再び僕に掴みかかった。

 僕は彼の腕を取ると、背を向けるようにしゃがみ込む。


「なっ?!」


 その状態で思いっきり体を跳ね上げると、ゴンズの体が面白いように宙を飛んだ。

 僕の仲間、教会のハグレ教導師、戒律破りの常習犯ジェスラン直伝の一本背負いだ。


 ズダダーン!


 大きな音と共に、ゴンズの巨体が酒場の床に叩きつけられた。

 引き腕は手放していないので、頭部は床に当たっていない。

 受け身も取れない相手を地面に投げたら、後頭部を打って大変な事になってしまう。

 頭を打たなかったとはいえ、自分の体重がモロにそのまま腰と背中にぶつかったのだ。ゴンズは痛みと衝撃に悶絶している。

 エリーが「へえー」と感心した。


「今の技スゴかったわね。ラルクってそんな見た目のくせして、素手でも結構やるんだ」

「そんな見た目ってなんだよ。まあ、昔はこういうのに巻き込まれる事も多かったからね」


 多かった、と言うよりも、新しい町に行った時や初対面の人に会った時には、大抵、絡まれていた気がする。

 これも勇者の宿命とでも言おうか、僕はこの手のトラブルに巻き込まれ易い体質?をしているのである。


「だから慣れちゃった。って言うか、まあ、僕と戦った相手は、その後はみんな仲間になってくれたからね。そういう意味では、仲間の力を計るための力比べ。実力試しのテストみたいな感じだったのかもしれないね。

 とはいえ、最終決戦前ともなると、流石に周囲に顔見知り以外はいなかったからね。だから今日のは結構、久しぶりの感覚でちょっとだけ新鮮だったかな」

「へ、へえー。アンタも大変だったのね」


 しみじみと昔を懐かしむ僕に、エリーはなぜかドン引きしていた。

 なぜに?


「じゃあラルクは、アイツも仲間になると思ってる訳?」


 エリーは仲間に助け起こされているゴンズの方を指差した。

 ゴンズは痛みに顔を歪めながら僕を睨み付けた。


「おい、テメエ! いい気になるなよ! これが俺の本気じゃねえからな! 今日はちょっと酒が入り過ぎていただけだ! 今度は俺が酔っていない時に勝負してやる! 首を洗って待っていやがれ!」

「うわっ、そんなベタな捨て台詞を、ホントに言うヤツっているんだ」


 目を丸くして驚くエリーを、ゴンズは憎々しげに睨み付けた。


「そこの口の減らねえ妖精もだ。次に床に転がるのはテメエらの方だからな」


 エリーは「また私の事を妖精って言ったー!」と怒りに声を荒げた。


「まあまあ。みんなエリーの事を良く知らないから仕方がないよ」


 僕は荒ぶるエリーを宥めながら、去って行くゴンズの後姿を見つめた。

 首を洗って待っていろ、か。僕の仲間になった半分くらいは、その手の言葉を言って再挑戦して来た事を知ったら、ゴンズはどんな顔をしただろうか?

 「俺はそいつらとは違う!」と怒る? あるいは、「俺は絶対にお前の仲間になんてならねえ!」と吐き捨てる?


(まあ、そうは言っても、結局、みんな最後には仲間になってくれたんだけどね)


 魔王の城に乗り込んだ時、|勇者≪僕≫の仲間は百人を超えていた。

 ゴンズが僕達の仲間になってくれるかどうかは分からない。

 けど、僕は何となく、彼なら仲間になってくれるんじゃないかな、と考えるのだった。」

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