第5話 文無し勇者

「どうしようエリー、お金がなくなっちゃったよ」


 ここは宿屋の一室。

 僕はすっかり軽くなった財布の中身を確認して肩を落とした。


「ラルクが誰彼構わずお金をばら撒くからでしょ」


 エリーは細く裂いた干物をクチャクチャ齧りながらズバッと切り捨てた。

 ちなみに、彼女が食べているのは、イカを開いて|干物≪ひもの≫にしたものである。

 |スルメ≪・・・≫というこの港町の名物で、お酒のおつまみとして人気らしい。

 最近の彼女のマイブームだ。

 何だか好みがオジサンっぽいね、と言ったら、その日は口をきいてくれなくなってしまった。


「お金をばら撒くって、そんな金満家みたいな。困っている人がいたんだから仕方がないだろ」


 勇者は救いを求めて来た人を見捨てられない。

 なぜなら本当に困っている人が、最後に縋る先が勇者だからである。


「いや、あれって絶対、いいカモにされてただけだと思う。ラルクはお人好し過ぎるのよ」

「だって、『家に病気で寝たきりの母親がいるけど、お金がないから治療費が払えない』なんて言われたら、放っておく訳にはいかないだろ?」

「いや、あなた何人に同じ事を言われたと思ってるのよ。この町、どれだけタチの悪い病が流行している訳?」

「それは・・・けど、子供やお年寄りは病気に対しての抵抗力が低い訳だし」


 頑張って言い訳を続ける僕に、エリーはヤレヤレと肩をすくめた。


「私としては、本当に病気で寝たきりの母親がいようが、全部ウソでラルクが騙されていようが、どっちだっていいわ。それよりどうするの? お金がなくなったら宿屋にも泊まれなくなっちゃうわよ?」


 そう。今はそこが問題だ。病気の母親がいるかいないかを論じている場合じゃない。

 僕の財布の中には銅貨が数枚ぽっち。これが僕の全財産だ。

 こんなものでは今日の宿代も払えない。

 なんでこんなになるまで気付かなかったのかって?

 恥ずかしながら、ついさっきまで2~3枚は銀貨だと勘違いしていたのだ。まさか全部銅貨とは。


「ホントに恥ずかしい勘違いね。普通、銀貨と銅貨を間違える?」

「し、仕方がないだろ。村では基本的に物々交換だったし、村を出て勇者になってからは、教会の人達がお金を管理してくれてたから、自分でお金を使う事なんてなかったんだよ」


 僕は仲間から「危なっかしいからお前は金を持つな」と止められていたのだ。

 僕の説明にエリーは思案顔で頷いた。


「ラルクの仲間はあなたの事を良く分かっていたのね」

「そ、それより、お金をどうにかしないと! 一番手っ取り早いのは教会に行く事なんだけど・・・」


 生き返ってからこの町で暮らすようになってからそろそろ二週間。

 今、教会に顔を出したら、「今まで何をやっていたんですか?」と聞かれてしまいそうだ。


「正直に言えばいいんじゃない? 町で女の子をナンパしてましたって」

「それは最初の頃だけで、最近はやっていないから」


 ナンパはどうも僕には向いていなかったみたいなので、早々に諦めた。

 特にやる事のなくなった僕は、一日中部屋でゴロゴロしたり、町をブラブラ観光したり、美味しい物を食べ歩きしたりしていたのである。


「そんな風に遊び歩いてたから、騙して金を巻き上げてやろうと考える人間に目を付けられたって訳よね。それでどうするの? 教会を頼りたくないなら、女の所に転がり込むくらいしかないわよ? けど、残念。ナンパは失敗してしまったからその手は使えないけどさ」

「なんでエリーの中では、僕は教会に行くか女性のヒモになるかの二択しかない訳? それとナンパをネタにするのはもう止めてくれないかな」

「じゃあ賭博場に行く? 元手は少ないけど、TPで強運のオプションを取れば負け知らずになるんだから、別に問題はないと思うし」

「当たり前のようにTPを使うのを前提にするのも止めようか。僕は賭博場には行かないから。大体、どこにあるのかも知らないし」


 賭け事は犯罪組織の資金源になり易く、また、治安の悪化にもつながるため、どの土地でも賭博は禁止されている。

 とはいえ、ギャンブルの刺激と一攫千金を求める者達は――つまりは客はどこにでもいるため、違法である事を知りつつも賭博場を開く人間は後を絶たない。

 勿論、教会の勇者だった僕は、そんな場所には近付いた事もない。今のは全部、仲間達から聞いた話である。


「TPを使えば賭博場の場所くらい分かるけど?」

「止めて! 勇者が賭博の罪で逮捕、なんて事になったら、今まで一緒に戦って来た仲間達に顔向け出来ないから!」


 ちなみに少しだけ心が揺らいだのは秘密だ。

 だって仕方がないだろう。お金を稼ぐ稼がないはともかく、僕は賭け事自体をした事が無いのだ。

 僕は勇者だ。僕が参加したら、周囲が(※特に国と教会の関係者が)過度に忖度して賭けが成立しなくなってしまう。

 しかし勇者である事が知られていない今なら、一般人として賭けに参加する事も出来るんじゃないだろうか?

 そう思ったら、「だったら一度くらい」と好奇心が刺激されてしまったのである。


 ハッと気が付くと、エリーがニヤニヤと笑みを浮かべ、揉み手をしながら僕の方を見ていた。

 心を読まれた?!

 僕は「コホン」と咳をすると、勢い良く立ち上がった。


「よし! 働こう!」


 エリーは「え~っ」とイヤそうな声を上げた。


「何それつまんな~い。退屈~。額に汗してチマチマ稼いだって、楽して楽しく稼いだってお金はお金じゃん。パーッと稼いで、パーッっと使おうよ。金は天下の回りものなんだからさ~」

「じゃあエリーはここに残ってればいいよ。僕は働きに行って来るから」

「ちょ、そんな事出来る訳ないわよ! あ~もう、なんでラルクは私の言う事を全然聞いてくれないのかしら」


 エリーの言う通りって。そんな事をしたら、今頃僕はTPを湯水のようにジャブジャブ使って、豪遊三昧をしていただろう。

 それは僕の望みとは異なっている。(それはそれでちょっとだけ惹かれる気もするけど)

 僕の望みはあくまでも平穏で平和な生活。

 魔王が滅んで平和になった世界で、当たり前の人生を送る事だったのだ。


「うんうん。そう考えれば、いつまでもこんな風に遊んではいられないよね。しっかり働いて生活基盤を作らないと」

「しかも何だかやる気になってるし! え~、つまんな~い。もっと遊んでいようよ~」


 僕はブウブウ文句を言い続けるエリーを連れて、宿屋を後にしたのであった。




「という訳で到着! ここが僕達の目的地だよ!」

「何よこのボロい建物。お店や宿屋じゃないみたいだけど」


 エリーはふくれっ面で古い建物を見上げた。

 ここは大通りから一本外れた裏通り。僕が勇者の鎧を買い取って貰った防具屋から少し先に進んだ所だ。

 僕達が立っているのは古びた洋館の前。

 建物の作りはしっかりしているものの、確かに古ぼけている。

 魔王軍が町に攻めて来たら、大軍勢の地響きだけで倒壊してしまいそうだ。


「魔王軍が攻めて来たらって、ラルクって案外、物騒な事を考えるのね」

「ここはハンターギルドだよ。エリーは聞いた事ない? 魔物を退治するのを仕事にしている人達の事」


 ハンターギルドの場所はたまたま町で小耳にはさんでいた。

 いつか見に行ってみようと思ったので覚えていたのである。

 ちなみに魔物というのは、野生動物が瘴気に侵されて変質した生き物と言われている。

 僕がこの町に来る前に戦ったレッサーオーガも、元はサルだったのが、瘴気を浴びてあんな風に魔物化したんだそうだ。

 エリーは、「ああ、そういう事ね」と納得顔になった。


「働くって言うから、鉱山夫にでもなるのかと思ってたわ。考えてみればラルクは昔からずっと魔王軍と戦ってたんだから、戦うくらいしか能がないわよね。だったら魔物退治屋になるのも納得だわ」

「なぜそこで鉱山夫になるって思ったのか聞きたいけど。後、戦うくらいしか能がないってのは言い過ぎだから。一応、僕だって読み書きや計算くらいは出来るから」


 これでも、教会の人達から、勇者として何処に出ても恥ずかしくないように、一通りの教養は叩き込まれているのだ。

 読み書き計算以外に、貴族の礼儀作法も知ってるし、社交ダンスだってお手の物だ。・・・ダンスはあまり得意とは言えないけど。

 僕は建物のドアに手を掛けた。


「じゃあ行くよ。ごめんくださーい! ハンターの仕事を貰いに来ましたー!」


 僕は勢い良く入り口を開けると、建物の中に足を踏み入れたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 若い男がヘラヘラと愛想笑いを浮かべながら、テーブルの男に声を掛けた。


「あれぇ、ゴンズさんじゃないッスか。ハンターギルドで飲んでるなんて珍しいッスね」


 ゴンズ、と呼ばれた男は三十歳前後。

 大きな体に太い腕。傷らだけの顔に使い込まれた皮鎧。壁に立てかけられているのはバスタードソード(片手でも両手でも扱えるサイズの剣)。

 いかにも腕利きのベテランハンター、といった出で立ちである。

 しばらく前からここで飲んでいるらしく、すっかり顔が赤くなっている。

 ゴンズはジロリと男を睨み付けた。


「失せろ。目障りだ」

「ひっ」

「スマンな。コイツは大分酔ってるんだ。おいゴンズ、駆け出しに絡むな」


 同じテーブルのゴンズの仲間が、彼の肩を掴んだ。


「ホントにどうしたんだよゴンズ。今日は様子がヘンだぞ。何か気に入らない事でもあったのか?」

「・・・別に。なんでもねえよ」


 ゴンズはそう言って顔をしかめた。

 仲間が心配するのも分かる。本当なら、とっくに仕事に出ていなければいけない時間なのだ。

 それをこうしていつまでもギルドで酒を飲んでいるのは、ゴンズのわがままによるものだった。


(なんだか分らねえが、ここにいなきゃいけねえ。俺の勘がそう囁いていやがる)


 ハンターは危険な魔物と戦う命がけの職業である。

 そのためか、神経質なまでに縁起やジンクス等を気にする者達が多い。

 ゴンズもその例に漏れない。

 そう。今のゴンズを突き動かしているのは虫の知らせ。長年に渡って彼の命を助けてくれた己の勘。彼は自分でも理解出来ない衝動によって、ハンターギルドを離れ難くなっているのである。


(だが一体何だ? 何が原因だ? 町中に危険があるとは思えねえ。ここにいたからって何が起きるってんだ。仲間の手前もあるし、いつまでもこうしている訳にはいかねえんだぞ)


 心の奥底から湧き上がって来る不可思議な感覚。

 ゴンズはイライラと酒をあおると、空になったカップをテーブルに叩きつけた。


「クソが! こんなの酒でも飲まなきゃやってられるか! おい! 誰か酒を持って――」

「ごめんくださーい! ハンターの仕事を貰いに来ましたー!」

 

 バタン! その時、大きな音と共に建物の入り口が開くと、能天気な男の声がゴンズの言葉を遮った。


「ああっ?!」


 ゴンズの額に青筋がたった。

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