第4話 ナンパ勇者
ここはホルヘの町。王国の南に位置する大きな港町である。
ちなみに僕がこの町を訪れたのは今回が初めてだ。
北の魔王領から遠く離れたこの地に、魔王軍の魔の手が伸びる事はなかったからである。
三日前、草原で生き返った僕は、たまたま魔物に襲われていた馬車と遭遇した。
僕はエリーに貰った錆びた槍(※時価3TP)で魔物を退治すると、助けた馬車に乗せて貰ってこの町へとやって来たのであった。
ここは町の目抜き通り。
僕は食堂の|屋外テーブル≪カフェテラス≫でチビチビとお茶を飲みながら、賑やかな通りを眺めていた
「ちょっとラルク。ねえ? 今日もやるの?」
小さな女性――幼女という意味ではない。手のひらに乗るサイズの女性なのだ――が背中の羽根をはためかせるとテーブルの上に着地した。
「ナンパだっけ? 女の子に声を掛けるの。100パー無駄だと思うから止めといた方がいいと思うけど?」
辛辣だなエリーは。
この小さな美女の名はエリー。背中に生えた半透明の羽根を見れば分かると思うが、神の使徒様だ。
ちなみに彼女が僕の事を以前のように「勇者」ではなく、「ラルク」と呼んでいるのは、それだけ僕達が親しくなったから――ではない。
さっきも言ったが、僕はこの町には来た事がない。つまりはここでは誰も僕が勇者だと知らないのだ。
こんなに大きな町だ。当然、教会の支部だって建っている。
町に勇者がいると分かれば、きっと偉い人が自ら僕を出迎えに来るだろう。
折角、こうして魔王が死んで戦いのない世界に生き返ったのだ。どうせなら自由に羽を伸ばしたい。
だから僕はエリーに、ここにいる間は「勇者」ではなく名前で呼んでくれるようにお願いしたのだ。
彼女は特に何も言わずにすんなり了承してくれた。
実は彼女なら、「それなら一日5TPね」などと言い出しかねないと思っていたので、その点は少し意外だった。
エリーは僕を生き返らせてくれた恩人(恩使徒?)だが、隙あらば僕にTPを使わせようとしてくる点だけは困りものなのだ。
けど、考えてみれば、最初に僕が彼女の事を「使徒エリー様」と呼んでいた時、「使徒って呼ぶな」「様も付けるな、エリーでいい」と言い出したのは彼女だった。
彼女なりに肩書きで呼び合う事に思う所があったのかもしれない。
エリーはアヒル座りで僕を見上げた。
「それより今日はTPを使って何か楽しい事でもしない? そうだ、賭け事でお金を稼ぐのなんてどう? 強運のオプションを使えば負け知らずよ。今なら一日五百TP、いや、五百五十TPでいいわ」
「何で逆に増えているんだよ。お金なら別に困ってないからいらないよ」
僕はお店の人にドライフルーツを注文すると、エリーのために小さくちぎった。
ちなみにエリーのような存在は非常に珍しいものの、全くいないという訳ではない。
いわゆる妖精というやつだ。
実は僕は見た事がなかったりする。要はそれだけ珍しいのだ。
この話をエリーにすると、「私をあんなヤツらと一緒にしないで!」と怒られてしまった。
「人間だってサルと一緒にされたら不愉快でしょ!」との事だ。
「お金って、それって鎧を売ったヤツじゃない。折角私が作ってあげた鎧を売っちゃうなんて」
僕がこの町に来て最初にしたのは、着ていた鎧を防具屋に売る事だった。
なにせ着の身着のままで生き返ったのだ。
ここでは教会を利用しないと決めた以上、食事をするにも宿を取るにも先立つ物が――つまりはお金がなければどうにもならない。
「あれはいい値段で売れたねえ。傷だらけとはいえ勇者の鎧――魔導真鉄製の鎧だった訳だから。エリー知ってる? 魔導真鉄って魔導銀とも呼ばれているんだって。銀だよ銀。そりゃあお高い訳だよね」
僕の勇者の鎧は鎧としては大分ガタが来ていたが、素材としては非常に優秀だった。
売り値は何と小金貨二枚。
これは普通の家族がギリギリ二~三ヶ月暮らせるだけの金額なんだそうだ。
僕が生まれた村なら、頑張れば半年はいけるかもしれない。
これが勇者の鎧の価値、と考えると、ちょっと情けない気持ちにもなるが、魔王を倒した今、勇者の鎧といえども傷だらけの中古の鎧でしかない。お金になっただけ有難いと言うものだ。
こうして僕は当面の生活に困らないだけのお金を手に入れる事が出来たのであった。
「そのお金でそんな変な服まで買っちゃうし」
「そ、そんなに変かな。お店の人はオシャレな男性に流行っている服だって言ってたんだけど」
僕は自分が着ている赤と青の格子ガラのピチピチシャツを引っ張った。
「周りを見てみなさいよ。そんなバカみたいな服を着ている人なんて誰もいないじゃない。それ絶対、店の人間に騙されたのよ。ずっと売れて無かった不良在庫を、体よく売り付けられたんじゃない?」
そ、そんな。
いや、エリーは神の使徒様。人間とはファッションセンスが違っていても仕方がない。
「何を考えているか大体分かるけど、多分、それ違ってるから。ラルクの着ている服は絶対に変。何ならそこら辺にいる人間に聞いてみればいいんじゃない?」
「・・・・・・」
僕は黙って立ち上がった。エリーはテーブルから飛び上がると、最近、彼女の定位置になっている僕の肩の上にとまった。
「ホントに聞きに行くの?」
「エリー。一つ教えてあげるよ。勇者は決して諦めない」
「・・・ああ、ナンパに行く訳ね」
僕は力強く頷いた。
エリーは「はあ」と可愛らしいため息をついたのだった。
町の中央の大広場。ここは若者の待ち合わせの場所として良く利用されているんだそうだ。
彼女もそんな一人なのだろう。広場の彫像を背にポツンと佇んでいる。オシャレな服にオシャレな髪型。
「オシャレオシャレと語彙が死んでるわね」
「い、いいだろう別に。流行の事なんて良く知らないんだから」
僕はエリーにここで待っているように告げると、ヒューと口笛をひと吹き。女の子に声を掛けた。
「君ってとってもカワイイね。その髪型チョーイケテル。どう? ご馳走するから、そこの店でちょっと|オレ≪・・≫と話しをしない? あ、ちょっと待って、待ってよ彼女ー!」
女の子はイヤそうな顔でチラリとこっちを見ると、急ぎ足でこの場を立ち去った。
「今ので七人目ね。ねえ、もう諦めたら?」
「いや、まだ僕には出来る事があるはずだ」
勇者は決して諦めない。
・・・けど、正直、「もう諦めてしまいたい」という気持ちが湧き上がって来るのも事実だった。
「おかしいな。オルファンはいつもこうやってナンパをしているって言ってたのに・・・」
僕の仲間にオルファンという男がいる。
オルファンは男の僕の目から見てもオシャレな男で、彼は同時に何人もの女性と付き合っていた。
今のは彼直伝のナンパ術で、いつもこの方法で女の子と仲良くなっていると言っていたけど・・・
おかしいな。一体どこが悪かったのだろう?
「服装じゃない? それかそのオルファンってのにからかわれたのかも。ねえ、意地を張ってないでいい加減にTPを使えばどう? 異性にモテモテになるオプションなら色々あるわよ?」
「モテモテじゃ意味がないんだよ。僕はナンパがしたいんだよ」
「?」
う~ん、分からないかなこの感じ。
例えて言うなら、そう、釣り。
「エリーの提案って、言ってみれば「そんなに魚が欲しいなら、お金を払ってお店で買えばいいじゃない」と言っているようなものだよね?
違うんだよ。僕は魚が欲しいんじゃなくて、釣りがしたいんだよ。僕にとっては魚が目的なんじゃなくて、釣りをする事が目的なんだよ」
「? でも釣ったら勿論、食べるんでしょ?」
「・・・何だか意味深な表現のような。う~ん、どうだろう。僕がしたいのは釣りだから、釣れても多分、逃がしてあげるんじゃないかな」
「はあ?」
エリーは信じられないバカを見るような目で僕を見上げた。
「これはバカを見る|ような≪・・・≫じゃなくて、バカ”|そのもの≪・・・・≫”を見る目よ。えっ、じゃあ何? ラルクは付き合う気も無い女の子に声を掛けている訳?」
僕は「やれやれ」と肩をすくめた。
「エリー、教えてあげるよ。ナンパはロマンなんだよ」
「何言ってんの?」
おかしいな。僕に深い感銘を与えたオルファンの名言は、エリーには全く響かなかったようだ。
「ええと、ちょっと待って。そうそう、この広い世界の中で、目の前の女の子との出会いは天文学的な確率なんだよ。これは富くじ(※宝くじ)で一等が当たる確率より全然低くて――」
「それが何? この世に人間なんてごまんといるんだから、男と女なんて毎日どこかで出会ってるでしょ」
それは・・・あれ? なぜだろう。段々、エリーが言ってる事の方が正しい気がして来たぞ。
あれあれ?
「それでどうするの? これ以上まだ無駄な挑戦を続ける訳?」
「ええと、どうしたらいいと思う?」
エリーは心底呆れた顔で、「バカじゃないの」とバッサリ切り捨てた。
こうして僕のナンパチャレンジは終了した。
合計三日で成果ゼロ。
一人も成功しないという悲しい結果で幕引きとなったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます