死の真実
1
「……置いていく方は、置いていかれる方の気持ちなど考えないものなのでしょうか」
悲壮な顔をしたロンドを向かい入れたラウルは、開口一番の問いに眉を潜めたものだ。
昼。ケチャの死は島民に知れ渡り、葬儀の準備が始まっていた。悲しみに沈む島民を先導し、粛々と儀式を進めるティティを見て、これなら安心とその場を一時任せてきたのである。
そのティティの近くに、第二王子の姿が見えないことには気付いていた。ティティの様子もどこかおかしい。父の死が彼女に影響を与えているのだとしても、いつもの覇気が見当たらない。何かあったのだろうとは思うものの、ラウルは何も聞かなかった。
だから、こうしてロンドが訪ねてきたことはある意味予想の範囲内である。
「――アラン様のことですかな」
ロンドはその言葉に、ぴくりと体を震わせた。ラウルはロンドを細い目で見つめ、ふ、と息を吐いた。
「ロンド様。お話したいことがございます」
「……はい」
「今こそ、このライオネル。全てをお話させていただきたいと思います。なぜ、あなた様の兄上がこの島に来ることになったのか、そして何を思い、何を成しえようとしていらっしゃったのか」
ロンドはごくりと息を呑む。ラウルは細い目に厳しい光を湛えていた。その光を余すところなくロンドに注ぎ込み、重々しく告げたのである。
「これは、アラン様の遺言ともいえましょう。あなた様にはそのお覚悟がありますかな」
ロンドは頷いた。兄が何を考え、何を思い、なぜ死んだのか。知らなければ進めない。ロンドの決意に気が付いたのであろう、ラウルはロンドに椅子を勧め、自らも藁座へと腰を下ろした。
「青茸瘤のことでございます。全てはあれが発見されてから動き始めたと言っても過言ではない」
死者を悼む、太鼓の音がうっすらと聞こえる。その音を聞くともなしに聞きながら、ロンドはラウルの瞳を見つめていた。
「わしはすぐに鳥紙を使い、アラン様に連絡を取った。なるべく早くこちらへ来てほしいと。内容が内容だったが故、手紙にしたためるのは危険でした。なるべく内密に、王の耳だけに入れたかったのです」
王の行動力は素早かった。鳥紙を出して四日後、人目を忍んで舟をつけ、ライオネルの小屋までやってきたのである。
「これをご覧くださいまし」
ライオネルは、駆けつけてきた王に例の魚を取り出し、見せる。青茸瘤が原因で沖の魚が減少、その結果島に食糧危機が起きているという旨を聞かせると、王は首を捻ったものだ。
「起こっていることは確かに重大だ。――しかし、それと、俺がここに呼ばれたことに何の関係がある?」
その言葉を待っていたのだ。ライオネルはあらかじめ用意してあった別の箱を王に差し出した。
「――今を取るか、未来を取るか、そのご決断をしていただきたいのです」
王は差し出された箱を手に取ると、そっと蓋を開け――瞠目した。
ラウルは一度席を立ち、小屋の奥へと入る。戻ってきたときには、手の上に小さな木箱を乗せていた。
「そのときアラン王にご覧いただいたのが、こちらの箱でございます」
ラウルは木箱をロンドにそっと手渡した。ロンドは慎重にその蓋を開ける。中に入っていたものを見て、ロンドは一瞬首を傾げた。
何かの破片だ。小指の先ほどの大きさで、眩いばかりの純白。真珠のように煌めくその破片に見覚えがあるような気がして、記憶を探るようにする。
「お気をつけて。これを使ってください」
ラウルに布を手渡される。つまり、これは素手では触ってはいけない類のものなのだ。
ロンドは布を手に巻き付けた。その上にころりと破片を転がし、十分に注意して、目の高さに掲げてじっくりと観察する。真珠色の破片は鉱石に見えた。しかし、鉱石にあるはずの結晶がない。人工的に加工してあるようである。断面はつるりとしており、明らかに天然のものではなかった。
「これは、もしかして」
その可能性に思い至り、ロンドは息を呑んだ。
「アラシアの壁……ではありませんか」
自国の港だった場所に聳え立つ遺物。太陽の光を燦燦と受けて輝く純白の壁に使われている木材と、この破片は酷似している。
ラウルは頷いた。
「青茸瘤を発症した魚の腹から、その破片が出てきたのです」
ロンドは考える。
青茸瘤を発症した魚の腹からこの破片が出てきた、ということは、アラシアの壁が何らかの原因で剥がれてきているということなのだろう。それを誤って魚が口にした、ということだ。
何か分かりそうで、分からない。ロンドは目の前の壁の破片をじっくりと眺める。
そもそも、なぜ急に魚が青茸瘤に罹患したのであろうか。あの病は、毒を摂取し続けなければ発症しないはずだ。魚の寿命を考慮し逆算すると、半年から一年の間で発症していることになる。
その間で、何らかの毒物が海に流れ出たということになりはしないか。そしてその原因は。
「ライオネル」
物事がひとつに繋がった瞬間、ロンドは目の前が暗くなるほどの衝撃を覚えた。
「もしかして、壁が……アラシアの壁が青茸瘤の原因ですか?」
ラウルは重々しく口を開いた。
「アラシアの壁が何でできているかは知っておられますかな」
「はい。何かしらの木材である、文献で読みました」
左様、とラウルは頷いた。
「アラシアの壁は木造です。その壁に油分を何度も刷り込み、潮にさらすことで強度を強めた。そして、今の壁の形になったといわれております。そしてその壁の元々の材料はシャラノキ……こちらの言葉でいう、ケラの木なのです」
「ケラの木……!? これが、ですか」
ロンドは驚いた。再度確かめるように破片を眺める。このきらきらとした白い破片が、元はケラの木だとはとても信じがたい。
素手で触れないように慎重に木箱に戻すと、布を取り、知らずかいていた冷や汗を拭った。
「青茸瘤の原因となる毒は……これだったのですね……」
ケラの木は、口に含むだけで致死量の毒がある。
ティティの話してくれた伝承がロンドの頭をよぎった。アラシアは、ミツチの民を奴隷のように扱った。病になっても助けてくれることはなかった……。
「アラシアの壁は、ミツチの民の祖先となる者たちが作り上げたものです」
ラウルがぽつりと言葉を落とす。
「大量のケラの木を組み、壁を作る。その壁に油を何度も塗りこむ……。どんなに気をつけていても恐らくは、命を落とした者もおりましょう」
「でも!」
ロンドは思わず声を挙げた。
「ケラの木に毒があることは、その当時でも周知の事実だったのではありませんか? そんなものを、どうして」
塩害に負けない食べ物として、ケラの木の皮を使った方法が伝わっているくらいだ。毒があることは分かっていたはずなのに、なぜそれを壁に使用したのか。そんなの、影響が出るに決まっているではないか。
ラウルは眉を寄せ、息を吐く。
「当時のことは、当時のものにしか分かりませぬ。しかし、推測することはできる。……当時のアラシアは、度重なる塩害で、作物もろくに育たなかった。それは樹木も同じこと。潮に強く、巨大な建造物を作ることができ、耐久性に優れていた唯一の木が、ケラの木だったのでしょう」
「石ではだめだったのですか? 実際、アラシアの民は石を使って家を建てているではありませんか」
「年月を考えてくださいまし、ロンド殿下。数件の家を建てるわけでなし。海と陸とを切り離すための大掛かりな建設です。石を切り出し、加工するだけで途方もない年月かかかる。それを待っていられるほどの余裕はなかったのではないでしょうか。つまり……」
ラウルは目を細める。
「毒のある木を使うことよりも、塩害の被害の方が深刻だった。多少の犠牲はやむをえない、と考えたのかもしれませんな」
アラシアの壁の建設は、文字通り国を挙げての施策だったのだろう。しかしながら、犠牲になった方からしたらたまったものではない。
ミツチの民が、未だにアラシアを恨んでいるというのはもっともなことである。
「では、アラシアの壁周辺に住んでいた者が亡くなった理由は……」
アラシアの壁建設当時は、塗りこまれた油で毒が流れ出ることはなかった。だから今まで無事だったのだ。しかし、長い年月を経て壁が崩れ、塗装されていない箇所が露出した。その結果、ケラの木本来に含まれている毒が周囲に広がり、海にも流れ出てしまったのだということなのだろう。
「そうか、だから、今を取るか――未来を取るか……」
ロンドはほとんど呆然としながら呟いた。
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