第5話

 圭子は数日後、東京からの引っ越しの手配に取り掛かった。

子供を弟に預けて東京へ向かった、引っ越し業者と打ち合わせをするためだった。

 誠治は1人で引越し荷物をまとめることにした。誠治はこれからの生活をおもいながら(やっと楽ができる、生活の心配をしないでいいんだ)とほっとしていた。

 10日後、東京からの引っ越しが済んだ。

 誠治は畳に大の字になると「俺の人生の役目は済んだ」と圭子にいうと「そうね」と畳に寝転んだ。2人で顔を見合わせてやっと楽ができるねとほくそ笑んだ。

 それから1か月ほどして誠治はようやく動き出した。自分の小遣いも残り少なくなり、そろそろ働くかと思い、講師のバイトをさがしにでかけた。

 幸い学習塾の講師のバイトはどこの町にもあり、すぐに見つかった。

 誠治は東京の時と同じく自分のペースでしか働かなかった。お金は2の次なのだ、生活費は全く考えていなかった。

 圭子は毎日、朝昼晩と3度の食事のことだけを考えていた。

 誠治はお気に入りのものを作らないと狂ったように怒るのだ。誠治は食事だけは決まった時間にゆっくりとするのが常だった。

 誠治は食事と酒と囲碁将棋を中心に生きていた。他のことは全く関心がなく女房も子供も存在を認識する程度だった。酒はすこぶる好きで暇さえあれば飲んでいた、医者からは注意を受けていたが。いつも聞き流していた。

 ある日、僕が母屋に行ってリビングの棚をみたら、長年集めていたウイスキーの中身がなくなっていた。20数本くらいあったはずだ。

 僕が海外へ出張するたびに瓶のデザインが気に入って買ってきたものだった。

 僕は圭子に尋ねると「あなたがお酒はのまないから、誠治さんに飲んでもらったのよ、悪くなっちゃうじゃない」圭子は不愉快そうに答えた。僕はあきれて返す言葉もなかった。それから圭子は別の言葉をつづけた「おかあさんのことだけどね、私が面倒みているんだから、この家は私が継いでいるようなものね」と強い口調で言った。

 

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