火達磨の魔女



 東の離島。

 周りを海に囲まれたこの島は、壊滅の危機に陥っていた。


 火山が噴火し、灰が宙を舞う。

 灰によって遮られた陽の光は地上に届くなく他の大地を照らす。

 陽を忘れた大地は作物を殺し、生物を殺す。


 この地に住む人間は、日に日に死んでいく。


 そんな現実が、昨日まで続いた。


 今日、この島は生まれ変わったのだ。


「わはははは!! 皆の者、刮目せよ!」


 この島唯一の国。その国の城の頂上に立つ少女は、小さな身体からは考えられないほど傲慢で自信に溢れた声を出す。


 それもそうだろう。彼女が、世界を変えたのだから。


「これが、妾が作った新たな太陽じゃ! もう怯える心配はない! この消えぬ炎が皆を照らし、寒さを吹き飛ばしてくれるわ!」


 民は叫んだ。

 あるものは感謝を、あるものは崇拝を。


 魔女の宣言はこの島に再び活気を取り戻させ、魔女は誰よりも尊敬された。




 そして、その宣言から1年後。




 魔女は火達磨の魔女と呼ばれ始めた。


 そして、その魔女は現在。


「ひまじゃひまじゃ、暇なのじゃー!!」


 屋敷の中で一人退屈な日々を過ごしていた。


「なんで夢っていうのは叶えるまでは楽しくて叶えたらつまんなくなるんじゃ! こんなの嫌じゃー!」


 この魔女が太陽と引き換えに求めたモノは富と名声。

 彼女は欲していたのだ。誰にも負けない富と誰にも劣ることのない名声を。


 そしてそれを手に入れたからこそ、長年の夢を手にしたからこそ。彼女は夢を失った。


「次の夢なんてすぐ決まるわけないぞ。見つかるまで暇じゃ。何か、何かないのか?」


 屋敷にある書物を漁り、過去の文献を読み、最新の論文読む。しかし、それらは魔女の心の空虚を埋めることは出来ない。


 しかし、ある一つの新聞。

 魔女の目はそれに釘付けになった。


 その新聞には『火達磨の魔女様一年記念祭開催決定』


「なんじゃこれ? 妾、いつの間に火達磨の魔女になっとったんじゃ?」


 この国に来た当時は、ただの魔女と名乗っていた。他に魔女がいないから、考える必要がなかった。


 それが、いつの間にか火達磨の魔女と呼ばれるようになっておる。


「火達磨……、縁起が良いのう! これは妾が尊敬されとる証じゃな!」


 書物によれば達磨は願い叶えるための道具。

 この島に皆の願いである太陽を作った妾にこそ、この通り名は相応しいな!


「それに、祭りじゃと!? これは行くしかないのう!」


 早速準備を……まつのじゃ!


「隠れて行って、急に正体を表した方が面白いに決まっておる! さっそく、ドッキリ開始じゃ!」


 魔女はいつもとは一味違った、赤髪を隠すような服装をする。

 魔女帽子ではなく麦わら帽子。魔女の清掃の黒ローブは放っておき、白のワンピースを着る。


「準備完了じゃ!」


 魔女は屋敷を飛び出し、早速祭りへと向かう。


「うおっフォーー! 綺麗じゃのー、大きいのー!」


 日が落ちる前だが、既に沢山の客がいる。浴衣を着た人々は皆が笑顔を浮かべ、祭りを楽しんでいる。


 この平和を自分が生んだと思うと、誇らしい気持ちになる魔女。


「ぬっふふふ。いつ正体を明かしてやろうかなの〜? どうせなら、目立つところでやりたいの〜」


 と、そんなことを考えていた魔女はとある噂を耳にする。


 今日一番のメインイベントが、もう直ぐ始まると。


「これじゃ!」


 魔女はそのメインイベントが行われる場所まで走った。


 そこには既に多くの人がおり、背の低い魔女には何をやっているか分からなかった。


 そして、それは隣にいる少女と同じみたいだ。


「うぇーん、見えないよ…」


「なんじゃ小童、そんなに見たいのか?」


「うん、みたい! けど、こんなに人がいたら…」


「ふっふっふー、妾に任せよ!」


「えっ、なになに? わっ!」


「喋るでない、舌噛むぞ?」


 魔女は少女を抱えて、飛び上がる。簡単な浮遊の魔術だ。

 そして、イベントが行われているであろう建物の屋根の上にのる。


 見上げる人々を見下して言い放った。


「皆の衆、刮目せよ! 妾が今日のイベントの目玉を見に来てやったぞ!」


 麦わら帽子を捨て、火達磨の魔女特有の赤髪を晒す。


 民が沸いた。

 歓声が上がった。


 それに満足した魔女は笑みを浮かべ、イベントを再開するよう促した。


 そして、庭に招かれる麻袋を被らされた人。その数5人。


「のう童。これは何が始まるんじゃ?」


「え、魔女様知らないの? とっても面白いことが始まるんだよ!」


「そうか、そうか。楽しみじゃな」


 5人は庭に一列に座らされ、刀を持った人がそれぞれ後ろに立つ。


 そして、5人の足の腱を刀で切っていく。


 5人の悲鳴が上がった。

 民の歓声が響いた。


「え…」


「あはは! もっともっと!」


「お、おい童。これは…これは一体何じゃ?」


「面白いでしょ魔女様! けどね、本番はここからだよ!」


「違う、妾が言いたいのうそうじゃなくて…」

 

 次の瞬間、腱を切られた5人に炎が灯される。


 焼かれる皮に燃える肉。

 5人は体を地面に擦り付け、火を消そうとするが火は一切弱まることがない。


 それもそうだ。

 あの日は、魔女が作った炎だから。


「あれは…妾の火…」


「見てみて魔女様! あの人たち面白いよー!」


 転げ回り火を消そうとする人を笑う人。


 こやつら、妾の炎で何をしておる!


「貴様ら、妾の作った炎で何を———」


「魔女様、魔女様。ありがとうございます!」


 童が深々と頭を下げてくる。


『火達磨の魔女様、ありがとうございます!!!!』


 民からその声が聞こえてくる。


 達磨とは人の願いを届ける像。

 火達磨とは全身が炎に包まれた様子。


 魔女は、太陽を生んだと人物として讃えられているのではない。

 火達磨という処刑に使える消えない炎を生み出した人物として讃えられているのだ。


 それゆえに火達磨の魔女。


 この島では処刑は一般的に行われる。


 そして、新たな処刑方法を作る者が最も讃えられるのだ。


 だから、火達磨の魔女とはこの島では最大最高の呼び名なのだ。


 生まれが違えば常識も違う。

 魔女に常識は通じない。

 世界を旅する魔女に常識は持ち得ない。

 いや、持ってはならない。


 常識とは、その地その地で異なり、決して一つになることがないルールだから。


「あ、あはは。そうだな……」


 傲慢で自信溢れる魔女は、この地を離れることができない。

 この炎は、自分がこの国から出るとなくなってしまうから。

 

 出れない国の狂った常識ほど怖いモノはない。


 火達磨の魔女はその後どう過ごしたのか。


 それは誰にも分からない。


 しかし、火達磨の刑は確実にこの地を中心に広まったと言われている。



 

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