殺し屋の弟子〜世界は師匠でできている〜

すずまる

殺し屋の弟子~世界は師匠でできている~

 殺し屋というのは、仕事に意味を見つけてはならない。

 無情に非常に殺す。感情移入などもっての外、復讐なんて考えるな。お前は復讐される側だから、情熱を持ってはいけない。


 殺される時は、相手に任せる。


「なあ、お前もそう思うだろ?」


「ひゃ、ひゃっいっっ!」


 田舎の廃ビル。

 いわく付きで誰も近寄らなくなったビルに、今日さらにいわくが加えられる。9人分の血液の痕はさすがに残ってしまう。


 まあ、これが殺し屋の日常だ。


 死んだ9人の仲間である、今床に縫い付けられ鳴いている男。

 それに、フォークを向ける少女が一人。

 ハイライトのない瞳に、その風貌に似合わない手入れされた茶髪。長い髪は気に入っていないのか、結ぶことはなく垂らしている。

 血に飾られた部屋の中で、少女には一滴の血も浴びていなかった。


「ちくしょう、ちくしょう! 誰だよ、誰が弱くなったってガセ言ったんだよ、どこがだよ、どこが弱くなってっッキョメッチュッっっッッ!!」


 ………男の喉を、プラスチックフォークが貫いた。100本入り1100円のプラスチックのフォーク。男は11円の金と引き換えにこの世を去った。


「…タバコ」


 その男のポケットからタバコを取り出した少女。しかし、ライターがない。マッチもない。

 

「おい、動くな」


 火を探している間に敵の増援が来たようだ。

 数は一人。しかし、立ち振る舞いが、顔の傷の数が、その男が数々の修羅の道を通ってきたことを物語っていた。


 刀身の長いナイフを2本構えた男は、それを打ち合わせ火花を散らす。


「あ、火だ」


 少女が動いた。

 地面が窪むほど脚力で加速し、火を拾う。

 男が散らした火花。それが地面に落ちる前に、少女はタバコへと火を移す。


 火のついたタバコは、灰色の煙をあげる。


「……まっず」


「死ね」


 男が少女にナイフを振るう。

 少女は脚を動かさず、上半身だけの動きで避けると、


「お前、灰皿な」


 吸っていたタバコを男に食わせる。

 男は怯まなかった。が、相手が悪かった。


 少女が男の手に手を添える。ただそれだけの動きで、男はナイフを奪われた。

 男はナイフを離したつもりはなかった。しかし、ナイフは少女へと渡った。


「火の用心だ。特に、この季節はな」

 

 少女がナイフを振る。

 ただそれだけの動きで、男が3等分にされた。


 もう男に意識はなく、あの世へ行った後だった。


 男の血が、タバコの火を消した。それが、男の死で得られたものだった。


「さてと……」


 周囲には11人もの死体が。

 MW(Murder Window)に言えば掃除してくれるだろうか、と少女は考えたが。しかし、別にどうでもいいかとも思ってしまう。


 それほど、少女にとってはこれが日常だった。


「師匠、師匠、仕事終わりましたか?」


 窓の外から一人の少年が入ってきた。

 瑠璃の瞳の少年は、少女とは異なり光に包まれている。その笑顔も、いるだけで場を和ませるような柔らかな雰囲気も。11人の死体が転がるこの部屋では、むしろ少女の方ではなく少年の方が異質だった。


「一二三、見て分かることを聞くな」


「僕は師匠と話したかっただけですけどね……あ、ちょっとすいません」


 少年——ヒフミ——が窓の外に逃げる女を見つけた。

 窓から外に出て、3階からの衝撃を上手く体の外に逃す。


 生き残りだ。殺そう。


「師匠の顔に泥を塗る気?」


「あ、やめ、やめて、、!」


 簡単に首を切ってその場で殺す。

 女は最後まで何か言っていたが、師匠のとこに早く行きたいので無視する。


「師匠、上手く殺せましたよ!」


「そうだな……上手くなったな」


 少年は女をナイフで殺したにも関わらず血を浴びていなかった。

 昨年などは、全身に血を浴びていたこともあったから、成長である。


「あとはフローターに任せて、僕たちは帰りましょうか」


「そうだな……しっかし、この体弱いな」


 ヒフミに師匠と呼ばれている少女は、自身の体を改めて見る。

 それはやはり殺し屋と呼べる身体はしていなかった。言うなれば普通の女の子。誰もこの少女が伝説の殺し屋だと思うことはないだろう。


「背も低いし力もない。技術で補うにも限界がある」


「そうですか。今日の夕飯はどうします?」


「お前、話聞いてたか?」


「師匠の話を聞き漏らしたことなんて一度もありません」


「なら無視だな。久々に私の怖さを教えてやろうか?」


「師匠がするなら喜んで。あ、帰れなくなるので脚は折らないでください」


「………」


「………」


 少年と少女がお互いの瞳を覗く。

 しかし、やはり少女の方が練度は高い。

 少年はただ瞳を覗かれるだけで、脳の中まで見られているような寒気に襲われる。


 やっぱり、師匠は師匠だ。


 動いたのは少年だ。

 小細工なしの力比べ、正面からの突き。を、フェイントとして本命は右脚のローキック。


「甘い」


 読まれた。

 師匠が足裏で蹴りを受け、そのまま脚を掴まれた。

 ただそれだけ。脚を掴まれた。それだけで足首や膝の関節が外される。


 もう右足が動かなくなった。


「流石です、師匠」


「まだ読みが甘いな………なんで嬉しそうなんだよ」


「いや、師匠は師匠だなって」


「なんだそれ」


 呆れる師匠に、それでも喜びで頬が緩むヒフミ。


「ほら、行くぞ」

 

「あの師匠? 右脚動かないんですけど」


「片足がなくなった時の修行だ。励め」


「いつ使うかわかりませんが、師匠が言うなら励みましょう」


 すると、師匠が少しどこかへ行き、壊れかけの椅子と縄を持ってきた。それをヒフミに結びつけた。


「ほら、ヒフミ。しゃがんめ、座れない」


「師匠、本気ですか?」


「私は休む。今日は疲れた」


「せめておんぶにしません?」


「修行」


 ヒフミは師匠第一なので、意見は言うが反抗するつもりはない。

 師匠に言われた通り、椅子を体に結び、そこに師匠を座らせた。


「座り心地はどうですか?」


「揺れが大きい。減らせ」


「片足じゃ無茶ですよ」


 そうして、二人は家に帰った。

 殺し屋の家に。

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