水滴

「引っ越したばかりだろう」

「古い家だから建て付けが悪いかもしれないぞ」

「今こっちも余裕がないからしばらく我慢してくれ」


父親とそんなやりとりをしたのち、絶望しながら電話を切った。

受話器から耳を離した今も、水の滴る音が聞こえている。

自分の思いが裏切られたこと、この部屋の不気味さに耐えきれず部屋から飛び出た。



それは越してきた時から聞こえていた。

水が滴る音だ。

3、4秒に一度、どこからともなくその音は鳴った。

台所、洗面所、風呂場、トイレ、ありとあらゆる場所を確認したが、どこからも水が漏れている様子はなかった。

隣接する部屋や、どこか見えない場所で水が漏れているかもしれないので、管理会社に言い、点検をしてもらった。

しかし、業者は首をかしげながら「たしかに水滴の音はするんですが、どこも漏れてる様子はないですね」と言って帰ってしまった。


両親に迷惑をかけるので、すぐに引越すわけにもいかない。

仕方なく我慢することにした。

アルバイト代が貯まったら、自分で引越し代は工面しようと考えた。


しかし、その水滴の音は昼夜関係なく、耳を澄ませば聞こえてしまう。

その水滴の音を掻き消すために、テレビを点けたままにするようになった。


ある時から、テレビを観ていてもその水滴の音が聞こえてくるようになった。

音が大きくなったのではなく、まるで音源が近づいてきたかのような、耳元で聞こえているようだった。

さすがに我慢出来なくなったので、友人に頼み込んで友人宅に泊めてもらい、両親に無理を言って引越しをさせてもらった。


今でも、あのままあの部屋に居続けたらどうなっていたのかと考える。

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