車窓


いつからそれがいたのかは分からない。


気付いたのはある日の仕事の帰りだった。

いつもより仕事が遅く終わってしまい、終電に駆け込んだ。

座席には座れたものの、車内は人で溢れていた。

こんなに遅くまでみんなご苦労様だな、と思いつつ、自分もその一員なのだなと落胆する。

車窓を見やる。

外は真っ暗なのでまるで鏡のように車内を写し出している。


そこに、マフラーを巻き、コートを着た男がいた。

今は8月なのに。


違和感があったが、

相当な寒がりなのだろう

そう思うことにした。


降りる駅のアナウンスが鳴る。

席を立ち、出口に向かう際、先ほどのコートの男がいた場所を見る。

その男は、居なかった。

代わりにその男がいたはずの場所には、中年の女性が座っている。


男を見つけてから、一度も駅には停車していない。

つまり、男は降りていないはずだ。

辺りを見渡しても、コートを着た人物など、1人もいなかった。


引っかかったものを感じながら、電車を降りた。



その後も、乗る時間、車両に関わらず、その男は車窓に写るようになった。

と言うよりも、前からそこにいたのかもしれない。


「写るだけ」なので今は気にしないようにしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る