ビデオ

「おい、今のところちょっと巻き戻せよ」


息を荒げた孝介がノートパソコンの画面から目をそらさずに急かした。

画面に映っているのは廃墟の1室だ。

窓やドアなどは朽ちてなくなり、コンクリートの壁だけが残されている。

床であったと思わしき場所には、落ち葉が積み重なり土壌が形成されている。

廃墟となって数十年は経っていると思われる。


ここに行こうと言い出したのは孝介だった。

「大学生の夏休みなんだから、大学生らしいことしようぜ」

と言い出した彼が提案したのは、心霊スポット探検だ。

男2人で行くようなものでもないような気もしたが、暇で死にそうになっていたので二つ返事で了承した。

心霊スポットとは言っても、大学の裏手の山中にある廃施設だ。

元は戦時中に病院として使われていたと言われているが、真偽のほどは分からない。

室内は朽ちに朽ちていたため、容易に侵入できた。

暗闇に満ちた廃墟は異世界のような感覚があり、冒険のようでなかなか楽しかった。

何か怖い経験ができるかと期待していた自分もいたが、特に何も起こることはなく、肩透かしを食らった気持ちになった。

孝介も同じ気持ちだったらしく、露骨につまらなそうな顔をした。


孝介はポケットからスマホを取り出して壁に立てかけて撮影を始めた。

「一晩ここで録画してみようぜ、何か面白いものが撮れるかも」

おれたちは一度撤退した。

その日は飲み明かして、スマホを回収できたのは、次の日の昼過ぎだった。

一晩放置しただけなのに、孝介のスマホは砂埃まみれになっていた。


アパートに戻り、動画を自分のノートパソコンに移動させた。

動画の長さは6時間くらいか。

再生ボタンを押す。

自分たちが去っていく姿が映った後、カメラは暗闇を写し続けた。

まるで静止画のように続く画面に飽きたので、倍速で再生する。

ある場面で孝介が言った。

「おい、今のところちょっと巻き戻せよ」

動画を戻し、通常の速度で再生する。


暗闇の中に2つの小さな光が並んで、宙に浮いている。

闇の中から突然現れたようだった。

その光はまるで、闇夜でヘッドライトに照らされた獣のようだ。

小さな光は小刻みに震えると、また闇の中に溶け込んだ。

孝介が興奮する。

「すげえ!映ったよ!もう一度見せろよ!」

たぶん、動物だと思うが、興が醒めるのも嫌なので黙って巻き戻した。


「あれ?」

思わず声が出る。

光が映らないのだ。

何度か戻してみても、その光が映った場面が見つけられない。

苛立った孝介が操作を変わってもその場面を二度と見ることができなかった。


自分は諦めて漫画を読んでいたが、孝介はまだ躍起になって何度も動画を再生して確認してを繰り返している。

腹が減ったなと思い、窓の外を見ると、もう外は真っ暗になっていた。

カーテンを閉めようと思い、立ちあがろうとしたとき…


窓の外に2つの小さな光が浮いていた。

動画に映った廃墟の光と同じものだ、と直感した。

「おい」と孝介に声をかけると、孝介もその存在に気づいているようだった。

孝介と目配せをし、息を合わせて逃げ出した。

その夜はファミレスで一夜を明かした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る