我が家の明かり

私の家は夜になると「全ての部屋」の明かりが点く。

玄関、台所、茶の間、普段使っていない奥座敷でさえ、蛍光灯が灯っている。

夕方になると仕事で帰りが遅い父に代わって、母が必ず明かりをつけて回ることになっている。

万が一、電球が切れた時に備えて、各部屋には非常用の懐中電灯が用意してある。

私が生まれるずっと前からこの家に続いてきたしきたりらしく、私はそれが普通だと思っていた。

小学生の頃、初めて友達の家に泊まる時、友達が就寝時に電気を消したのにとても驚いたものだ。


高校生の時の出来事だ。

夜中に大きな地震があった。

あまりの揺れに飛び起きた。

今までに経験したことのないような揺れで、新しいとは言えない我が家はミシミシと音を立てて崩れそうになっていた。

本棚が倒れ、引き出しの中身は散らばり、台所からは皿が割れる音がした。

そして次の瞬間、部屋の電気が消えた。

揺れが収まり、真っ暗で散らかった部屋を四つん這いになりながら廊下への出口を目指した。

両親が寝ている部屋から、「大丈夫か」と声が聞こえる。

「私は大丈夫だよ」と言うと、「身動きが取れないから家の明かりをつけてまわってくれ」と父親の声がした。


「分かった」と返事をし、廊下に踏み出した時だ。

廊下の突き当たり、出窓の前に大きな人影が立っていた。

出窓から差す月明かりがその人物を背後から照らし、逆光になっており顔つきはよく見えない。

真っ黒なその影からはどことなく、人ならざるものの気配を感じさせた。

「それ」に近寄ってはいけない。

そう直感する。

しかし、身体が硬直し、その場から動くことが出来なかった。

立ったままの姿勢で身動きが取れなくなる。

それを尻目に、その影は私の方へゆっくりと動き出した。

動くたびに関節がゴキリと音を立てて、マリオネットのような動きでこちらへと向かってくる。

あまりの恐怖に目を瞑ろうにも、瞼を閉じることも出来なかった。


次の瞬間、その影に懐中電灯が照らされた。

影は煙が拡散するように、跡形もなく消えた。

同時に身体の硬直が解け、後ろを振り返ることが出来た。

見ると、父親が私の後ろに立ち、懐中電灯を握りしめていた。

「どうして部屋から出たんだ、停電の時は部屋から出ないって約束しただろ」

父が息を切らしながら言う。

「だって、電気をつけてまわれって言ったのはお父さんじゃん」

父の顔が青ざめるのが分かった。

「今帰ってきたばかりだぞ」

そういうと、父は私を抱きしめ、家中の懐中電灯の明かりを点けてまわった。


あの時見た影の正体は今でも分からない。

父と母に聞いても、

「昔からいた」

「明かりを消すと現れる」

「家を変えても着いてくる」

それしか教えてもらえなかった。






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