滲
実家の茶の間の天井には、ボーリングの球くらいの大きさの滲みがある。
元々そういう模様だったのか、雨漏りで出来たのかは分からない。
しかし、幼い頃、その滲みを見るのが怖かった。
滲みには濃淡があり、それが人の顔に見えるからだ。
ある日の夜のことだった。
尿意を催して起きた私は、一人でトイレに向かった。
家の構造上、私の部屋からトイレに行くためには、滲みがある茶の間を通らなければならない。
常夜灯の心許ない明かりを頼りにトイレに向かった。
親を頼らずにトイレに行くことはできるようにはなっていたが、やはり夜中のみんなが寝静まった家は怖かった。
音が暗闇に吸い込まれ、静寂が周りを包んでいる。
庭の木々が風で微かに揺れた音でさえも、トイレまで聞こえてくる。
茶の間の方から、誰かが喋る音がした。
太い声の男が小声で1人、ボソボソ話している。
何を言っているのかは分からない。
しかし、その声は祖父でも父親でもない。
トイレのドアを少し開けて、音がする方を覗いた。
茶の間の方から声がする。
もう少しドアを開けて茶の間の方を伺う。
天井から真っ黒い男の顔がにゅっと出ているのが見えた。
常夜灯に微かに照らされたそれははっきりとは見えなかったが、あの滲みから出てきているようにも思えた。
次の瞬間、顔が動き、ぎらぎらとした2つの目がこちらを見た。
トイレのドアを閉め、悲鳴を聞いた祖父母が助けに来てくれた。
電気がついた茶の間の天井には、いつもの滲みがあるだけだった。
それ以来、滲みが男となり浮き出ることはなかった。
しかし、今でも夜中にトイレに行くことは避けている。
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