第13話 崩れ落ちる

 第一騎士団へ訪問した日、ミラジェーンは新たな感情の出現に戸惑うしこと出来なかった。

頭の中も体中の感覚もカイルにぐちゃぐちゃにされ、家に帰って来たが…どうやって帰って来たかも、あの後カイルとどういう会話をしたかも覚えていない。

 今はマリに寝るための支度を手伝ってもらっている。マリはいつもよりフリルが多い可愛らしい寝間着を選んでいた、なんだか気持ちもフワフワとしてくる。


「マリ…これは私に似合っているのかしら?」

「はい、奥様。旦那様もますますメロメロになりますよ、昼間の様に。フフッ…」

「⁈…旦那様は…こういう…ううん、なんでもないわ。」

「奥様はやっぱりこういう可愛いものがお似合いですよ。私はまたお手伝い出来て嬉しいんです…。」

「マリ…、私もあなたとたくさん一緒にいられて嬉しいわ…それにしても疲れたわ…

あなたも…もう下がっていいわ、おやすみ。」




 はぁ~…。大きな溜息をついてベッドに横たわる。

体の中はまだ熱く…体中に流れる血液がまるで逆流していくような、指先から血の気が引いて締め付けられるような感覚。今までの酷い言葉を聞いてゾクゾクする感じとは違う…胸が苦しい、でもこれも悪くない。

 カイルは私の求めるものをくれる、全部…?知っている???何を…?なんで?

心臓がドクンとして鼓動が早まる、頭の中はグルグルとして天井も一緒に回っている。なんだかじっとしていられない…ベッドの上でジタバタと悶えて始める。

もう!なんでこんな気持ちになるの⁈…私だけこんな風にモヤモヤと…カイルは?

私をこんな風にしておいて自分は静かな夜を悠々と過ごしているの?なんだか許せない!執務室で寝てると誰かが言っていたわ、行ってやる!

カイルにこのモヤモヤをぶちまけてやるわ!!


 ミラジェーンはもうやけくそだ。その勢いでさっとガウンをはおり寝室を出る。

執務室まで来るとドアの隙間から明かりが漏れている、やっぱいここにいる!!


―――コンコン…


「誰だ?」

「私です。」


ガタッ!バサバサー…バタン…ゴトン

(なにやら騒がしいいわね、どうしたのかしら…? )

ドアを開けたカイルはいつもの冷たい感じがしない。


「こんな時間にどうしたのですか?」

「すみません、少しお話がしたくて…よろしいかしら?」

「どうぞ…」


執務室に入ると書類が床に散らばっている。


「…?…どうかしましたの?」

「…いや、君がここに来るのは初めてだから驚いて…、今日は君に色々と驚かせてもらっているよ…どういう風の吹き回し?」


 執務室の大きな机に寄りかかり腕を組みニコっと笑うカイル、寝る前のリラックスした服装だ、シンプルな薄手のシャツは良く鍛えられている体の線が良く分かる。

髪の毛も洗いざらしで…なんだか色っぽい。ミラジェーンは急に顔が熱くなり胸がドキドキと早くなっていくのを感じる。


「で、話とは?」

「え⁈…ええ、え…ぇと…」


カイルの色気の前にミラジェーンは何を話そうとしていたのか自分の目的を忘れそうになっている、なんとか頭の回線を繋げて言う。


「私、旦那様が私の何を知っているのか存じませんが…私の心を乱すのは止めて頂けるかしら?」


いきなりの発言にカイルはポカンとしている。


「君の心を乱す?…フフッ…いつ?どんな風に?」

「え⁈⁈」


あれ?私変なこと言った?いつ?ってなんだっけ?どう答えれば?自分から言っておいて…?

体が熱い、顔から火が出そうとはこういうこと…どうしよう…どうしよう!


 大混乱に陥っている彼女を見てカイルはふっと笑う。

カイルはゆっくりミラジェーンの方へ歩み寄る、彼女の無造作におろしているが良く手入れされた髪、ガウンからのぞく可愛らしい寝間着、透き通るような肌をした素顔…どれもがカイルの心を搔き乱す…。


「…心を乱されているのは僕の方ですよ。」


カイルはミラジェーンの腰に手を回し抱き寄せる、近い!ミラジェーンはもう動けない…言いたいことが何だったかも今何が起きているのかも分からない…カイルが耳元で囁く。


「ミラ…こんな格好で…僕を誘っているの?」


――ゾクゾクゾク…!!!

膝がガクガクと震え始める、そんなミラジェーンを見ながらもカイルは攻撃を止めない。髪の毛に顔をうずめミラジェーンの香りを楽しむ。


「なんて良い香りなんだ…どうにかなりそうだ…。」


どうにかなりそうなのはミラジェーンだった…心臓は締め付けられ息は出来ない…全身が燃えてるように熱い…もう足に力が入らない、もうダメだ…膝から崩れ落ちる。


「おっと…、まったく…困った奥さんだな…」


カイルはミラジェーンを抱きかかえ執務室を出る、ミラジェーンには抵抗出来る力はもう残っていない…。



 寝室のベッドに優しく降ろされたミラジェーンは少し意識を取り戻しつつある、夢心地の体はフワフワとしているのに心臓だけは部屋中に響き渡るのではないかと思うほどの音をたてている。

 

 カイルはミラジェーンに覆いかぶさるようにして下に横たわる彼女を見つめる、夢の中にいるような瞳、高揚した頬、何か言いたそうな唇、シーツの上に広がる美しい髪…そんなミラジェーンに勝てる訳ないと腹をくくる…。


「…ミラ…もうダメだ…僕のものになって…。」


 ミラジェーンは声が出ない、何も考えられないのだから何も言葉が出て来ない。

ただただ目の前の光景を見ているだけだ…。人をこうやって見上げることの不思議さを、人の熱がこんな風に伝わるのかを、それが現実なのかももう分からない。

 カイルの振り絞ったような声…切ないような、それでいて熱のこもった優しい声が耳元から全身に振動を伝える。澄んだ瞳は、いつもの冷たい瞳ではなく…まるでとても大切な宝物でも見つめるような…暖かな瞳。胸は苦しくてこの瞳から逃げたくもなるのに、もっとこの熱を近くで感じていたい…もっと、もっと…。

―――あがらうことが出来ない愛しいという思い。


 カイルはミラジェーンの頬に触れる、その手が震る…ミラジェーンが全身に電流が走った様にビクッとしたのが分かる、それから彼女はカイルの手に頬を摺り寄せた…体中が熱い…。


 カイルは彼女に優しく口づけをする。


「…何か言って…ミラ…」

 

ミラジェーンはぼんやりとした頭でカイルの囁きを聞いている。体も頭も痺れて機能していないかのようだ…。


「…じゃあ、せめて…名前を呼んで、カイルと…」


「…カ……カイ…ル…」


ミラジェーンは声を振り絞ってようやく声にする…カイルはもう一度口づけをしてくる、今までとは違う…甘く…激しく…体中を溶かすキス…。

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