第10話 闇と現実のはざま

 街に着くと最初に仕立て屋に行くことにした。

ミラジェーンはまだ他に行きたいところが見つからないでいた…と言うか思いつくことはないだろう、カイルはただ世間体のため妻をもてなしているという図が欲しいのだから仕立て屋だけでもいいのでは?と思い始めていた。

 


 今日訪れたのはではない、カイルが前もって準備している《ミラジェーンのための店》になっている。

前からミラジェーンを連れてここに来る妄想はしていた、なので店主ともすでに顔見知りである。

 カイルは度々ミラジェーンのために装飾品を買っていた、妄想の中で彼女へ渡すプレゼント用に。店主としてはやっとお得意様のお相手に会えたことで張り切って今日のために用意してくれた。

 既にカイルの好みを熟知している店主は、本来のミラジェーンの好きそうなデザインのドレスを中心に揃えていた。もちろんありとあらゆるデザインのもの(悪役令嬢色が濃いものも…)が並んでいるが大半は淡い色調の清楚なドレスである。

店に入って来たマリを見ると表情イキイキと頷いた、よし!カイルは成功を確信する。


 カイルは次々と試着室に運ばれて行くドレスを見ながらこれらを着たミラジェーンの姿を想像する…、今までは想像だけで終わっていたのに今はそれが現実になるのだ。それに、今まで買いためた装飾品も箱から出る日が来ようとは。


 ニコニコ顔の店主がカイルの元にやって来た。

「旦那様、以前に購入頂いたものに合うドレスもご用意してありますが、奥様にお勧めしても宜しいでしょうか?」

「…そうだな、今日はまた装飾品も新調しようと考えていた、新しいものと合わせてくれ。」

「かしこまりました。」


 (危なかった!…妄想が現実になると都合が悪くなることもあるのだな、気をつけねば…う~ん…他に何かなかったかな? まぁ、ミラジェーンが俺のことを好きになってくれたら…何も考えず現実にしていくだけなんだがな。)


 


 ミラジェーンとマリが新しいドレスのデザインに盛り上がりながらどんどんドレスを選んでいる間、カイルはお茶を飲んだりして時間を持て余していた。

 最近は本当に仕事が忙しい、第一騎士団の団長となり引継ぎと毎日の業務、それに自身の鍛錬も欠かせない。ミラジェーンに会えないのはもどかしいが家に帰れていないのは好都合ではある、しかし周りの者達は新婚のカイルに色々と言ってくるのだ。


(あんな悪役令嬢を娶ってやはりうまくいかないものだな。)

(新妻を放って仕事とは…)

(おかわいそうなカイル様、悪役令嬢がいる家になど帰りたくないのだわ。)

(悪役令嬢から悪妻となり、男をとっかえひっかえ…)


 誰がなんと言おうと関係ない!やっと手に入れたミラジェーンの事だけ気にしてれば良いと思っていたが、噂とは厄介なもので今ミラジェーンの噂は思ってもいない方向にいっていた…噂好きの間ではミラジェーンは屋敷から一歩も出ず(これは合っているが…)屋敷に男を連れ込んでいる悪妻、新婚なのに夫はそんな家には寄り付かないのは当然…ということになっている。


 幸い、今ミラジェーンは城に行くことはなくなったので良いが、彼女にこんな噂が耳に入ることは絶対に許さない!

まったく頭が痛い…。こんなくだらない噂煩わしい!この対処法も考えなくてはならない、ミラジェーンを外に出さなかった自分にも非がある…一緒に出掛ければ問題ないと思ったが、馬車から降りて仕立て屋まで来るのにどれだけの男がミラジェーンを見ていたことか!今日は街に来ると言うことで控えめな服装がいけなかったのか?悪役令嬢色の弱いミラジェーンは注目の的になってしまった、あの男たちの目をえぐってやりたい!!…ふ~、今日のデートはここまでにしよう…。


 カイルはどれだけ自分が注目を浴びているということには疎かった…。

天使の様に美しい男がエスコートしているのだ、しかも連れているのは見慣れぬご令嬢。男の目だけではのく噂好きのご婦人方の目も釘付けにしていたのである。

 

 カイルの計画とは裏腹に、カイルが愛人と共に街で逢引きしていたという噂が次の日から加わった。

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