第9話 どうでもいいドレスの選び方
ミラジェーンがカイルと顔を合わせたのは結婚から5日後だった。
「お早うございます。
すみません、仕事が立て込みまして…何か不自由はありませんでしたか?」
いつもの様に一人で朝食を取っていると、仕事から戻ったカイルが駆け寄って来た。
「お早うございます。
大丈夫ですわ、お仕事お疲れ様です。」
カイルはこんな風に一人でを朝食をとっている新妻をみて心がチクッとする、しかしミラジェーンの方はすっかりリラックスしているようだ。
朝の光のなかにキラキラと輝いている髪の毛、素顔に近い薄く施された化粧。
マリは良い仕事をしている、ミラジェーンらしくて実に美しい!…しかし違和感がある、そうか、ドレス!!ドレスだけがいまだに悪役令嬢なのだ。
「…後で一緒にお茶でもどうですか?」
「ええ、旦那様がそうおっしゃるなら…。」
「……。」
「どうかしまして?」
「…いや、なんでもない、では後ほど。」
カイルはミラジェーンに旦那様と言われて動揺した、顔が赤くなるのが分かる…。
(くそっ…!あんなの反則だろ…)
カイルはこっそりとマリにドレスのことを聞いてみた。ミラジェーンの持っているドレスはすべて悪役令嬢色でどうにも出来ないとの事、しかもメイドの分際でドレスにケチをつける訳にもいかないと嘆くマリ。もっと早くの気付くべきだったが…ここはどうにかしてドレスと装飾品も全て取り替えてしまおう!!
約束した通りに一緒にお茶をする、制服から着替えたカイルはやはりキラキラしていて天使様と言う評判通りだ。
(久々に眩しいわ…。)
ミラジェーンは出されたお茶を飲む、いつもの様にぬるい…。でもカイルは飲んでも何も言わない…と言うことは、私のお茶だけぬるいの⁈ このメイド出来るわね!でもどうやって…??? などと考えているとカイルが口を開く。
「明日、何か予定はありますか?」
「いいえ、特になにも…。」
「そうですか、では街へ買い物にでも行きませんか?この所忙しかったので…その埋め合わせに。」
「…はあ、分かりました。」
なんだか優しいわ、買い物に一緒に行こうなんて…なんて…良い旦那様。
―――物足りない…。
(全く分かりやすいな。あんなに残念そうな顔をして…。)
「ところで、そのドレス…あなたの好みですか?もしかしてアルバート殿下の好みですか…?」
「…え…っと、これは…」
どう答えればいいのだろう?別に私の趣味でもなければ、アルバートの好みでもないのだ、アルバートに文句を言われる為だけに選んでいたのだから。
カイルが何故こんなことを聞いてくるのか意図が読めない、表情はいつもの様に冷たい…こういう色味のきついドレスが好きではない?アルバート好みのドレスだと思って、それを今も着ているから?
「私のドレスがお気に召しませんか?…殿下は関係なく私が選んでおりますが…。」
「いえ、ご婦人のドレスは分かりませんので。明日あなたにドレスを贈ろうと思っていたので聞いてみただけです。」
「…そうですか。」
私にドレスを…贈りたい?なぜ???好意を持った方がドレスを贈るのは知っているがカイルにそんな意図がないことは分かっている。
カイルは明らかにドレスのことを気にしている、しかしドレスには口出しはしたくない?あくまでも私に選ぶ権利があるということ?
良く分からないカイルの行動に困り果てたミラジェーンは幼い頃から仕えてくれているメイドのマリに聞いてみることにした、マリは母親の様な存在で色々と相談できる。
「ねえ、このドレス…どう思う?」
「…はい?ドレス…ですか?素敵ですよ。」
「本当に?明日旦那様とドレスを見に行くのだけれども…急にドレスを贈って下さると言うし…このドレスは私の好みか殿下の好みか…と聞かれて…。」
「お嬢様、いえ奥様…愛されておいでですね、素直に受け取れば良いのですよ。」
(…愛…。旦那様と出かけるのだって…、私…どんなドレスを選べばいいの?ああ…分からないわ…。正解は?)
「そうだわ!マリ、明日はあなたが一緒に行ってちょうだい!」
次の日、二人は馬車に乗り込み街へと向かう。
二人で一緒に出掛けるなど初めてのこと、――緊張感漂うデートの始まりだ。
お互いが気持ちを顔に出さないようにと気を張っている、この空気感にミラジェーンの心は躍り顔がほころばないようにしている。カイルは彼女とデートが出来るだけで嬉しいが表情は冷たい。
「あなたは今日も素敵です、良い一日になると良いですね。」
「そうですね、楽しみですわ。」
ミラジェーンはカイルの真意が知りたい。
同じ様なドレスか全く趣向の違ったものにするか…どちらを選べば冷たくされるのか。そんなことは関係ない?この男はどちらにしても冷たいのかも。
カイルはもう一押しが欲しい、マリに同行してもらうのには成功したが…確実なものが欲しい。ミラジェーンが自分の反感を買うために、またあのようなドレスを選ぶとも限らない…。どうしたものか。
「どこか行きたいところはありますか?どこへでもご一緒しますよ。」
「ありがとうございます。そうですね…。」
ミラジェーンは何も浮かばなかった、それもそうだ…アルバートとはこんな風に出かけたことはなかった、二人で過ごすと言えば…強制的なお茶会、たまに馬車での送り迎えなど公的なものだけだった。
(行きたいところ?どこへでもって…、まるでデートみたいじゃない…あれ?これって…まさかデート⁈ドレスのことが気になってたけど、そうよね…二人でこうして出掛けるのはデートって言うんじゃ…?)
「今日はデートが出来て嬉しいな。」
(やっぱり!これは…デート!!!)
「…そうですね。」
何だか心を見透かされているようで恥ずかしい。構わずにカイルは笑顔で続ける。
「少し…仲が良い所を見せつけておかないと。」
冷ややかな視線…、空気が一気に凍り付くような声。
(そういうこと!別にドレスなんてどうでも良いのだわ、自分が留守をしたから誰かに何か言われたんだわ…世間体?ご自分の評価のため!あぁ…、なんという扱い!
素敵すぎます、旦那様!!!)
――ゾクゾク…
体中が冷たくなっていく、耐えられずに扇子で顔を隠す…手が震えないように。
カイルは正面に座っていてミラジェーンの表情は見えない。扇子の奥で彼女がにやけているのは分かっている。
(くそっ…見えないか、でもこのまま冷たい視線を送り続けよう。帰りは隣に座るかな。)
シーンと静まり返った馬車の中でミラジェーンとカイルは恐ろしい沈黙の中、幸せな気分で街に着こうとしていた。
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