第8話 理想の朝を迎える

 ミラジェーンが朝起きるとカイルの姿はもうない。

夫婦になって初めて迎える朝、一人で大きなベッドからむくりと起き上がる。

昨夜のことを思い出す、愛さないだの、抱かないだの、離縁だの…、次々に冷たいことを…思い出すだけでもゾクっとする。


(初めて迎える朝がコレ?…なんて……素敵!!!)


 ミラジェーンが一人で身悶えていると不意にドアをノックする音。


「ミラジェーン?起きたかい?」


 カイルが部屋に入って来た、まだベッドの上に座っているミラジェーンの方に歩いてくる。もう制服を着ている、やっぱりこの色はよく似合うわ…ってまさか…⁈


「すまないが、もう仕事に行かなくてならない。」


(えーーーーー!昨日結婚したのに、今日仕事に行くって…)


昨日の余韻に浸っていた体がまた痺れ出す。ミラジェーンは思わず下を向いて黙り込んでしまう。


「…では。」


 ミラジェーンは頭に何か触れたのを感じた、ん?撫でられた?

それにしても何だかいい匂いがしたわ。カイルはそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった、結局ミラジェーンは何も言うことが出来なかった…。

 そのままベッドに倒れこみパフっと枕に顔をうずめる。

カイルは自分の欲しいものをくれる、もう周りから酷く扱われたいが為に色々と画策しないでいいの?何もしないでこんなに冷たくされて、自由に出来て、干渉もなし、いや…、放置? こんなに結婚が素晴らしいものだなんて!


 カイルは扉の外で一人口に手を当て口から歓喜の声が漏れるのを抑えていた。

ミラジェーンの寝起きの破壊的な可愛さに自我を保つのがやっとだったが、ミラジェーンが軽くうつむいて目を逸らした時…抑えられなかった!つい彼女の頭にキスをしてしまった、彼女は気付いたのか?いや、あの顔は撫でたか何かだと思ったに違いない…。

 昨夜はあんな言い方をしたし、今朝はもう仕事に行くなどあり得ない行動をとる自分に嫌気がさす…でも彼女が自分に対して何も興味がないのに本当の夫婦にはなれない。今は辛くてもいつかは好意を持ってもらえるように…あの寝顔をずっと見ていられるように…いつか一緒に朝を迎えられるように…。

そんなことを考えていると全身から汗がでるような、顔が熱くて燃えているような感覚になる。

う~ん…、こんなんで仕事になんてなるかな…、本来休むべき新婚の期間に無理やり仕事に行くのだ…同僚は怒るに違いない、しかし誰かに怒ってもらえれば少しは落ち着くかな。


 玄関に向かう途中でメイドのマリと鉢合わせた、このマリは特別だ。


「あ、お早うございます、旦那様。」

「お早う。しばらく家を空けると思うが頼む。」


 普段はメイドに話しかけるなどあまりしないが、このマリこそがミラジェーンを元の可愛らしい彼女に戻す鍵なのだ。ここに来てもらうにあたり、マリには悪役令嬢の扮装をすべて変えたいこと、メイクなども彼女に合ったものを…と伝えてある、マリもそれには大賛成ですぐに承知してくれた。マリはあの悪役令嬢の恰好が好きではなくミラジェーンの支度の手伝いからしばらくは離れていたが、これからは一番に関わっていってもらおう、ミラジェーンの反応が楽しみだ。



 ミラジェーンは今メイド達の突き刺さる視線の中朝食を食べている。

結婚した翌日に一人で朝食を食べていればそんな風に見られて当然だ、しかしミラジェーンにとっては新鮮で新たな喜びの発見だった。

 今までは悪役令嬢と言われるまでの態度の悪さ、いつも機嫌が悪そうにしていることからメイドにも敬遠されていた。

でも、今の…これは少し違う…。

可哀そうに相手にされず…と哀れみの視線?素敵な騎士様がなぜこんな女と…という憎しみの視線?

なんだか、出されたお茶もぬるい…。

 

 あぁ…、メイド達にも冷たくされるなんて…良い朝だわ。

 


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