第5話 隠された恍惚

 カイルとミラジェーンの婚約の儀も済み、結婚式は3か月後に執り行うと決めた。

早急に進めたのは、早く彼女と一緒になりたかったというのが一番だが…ミラジェーンの卒業に合わせたのも大きい、アルバートがまだ何か企んでいるのも視野に入れてのことだ。

 

 アルバートの勝手な行動は国王の反感を買い、今は謹慎中だ。

まだ卒業後の処分は決まっていないが王位継承権はなくなるだろう。


 カイルは愛のない結婚だということを示すためにミラジェーンに極力会わないようにした、彼女に会いたい思いを昇進という野望に置き換えて耐えた。

そして、見事第一騎士団団長への昇進が決まった。


 

 

 今日は昇進の報告も兼ねてアントワース公爵邸を訪れていた、

婚約したとは言え公式に会うのは今日で3度目だ、まだまだよそよそしい。


「本日は急な申し出を承諾してくださりありがとうございます。」

「…いえ、お忙しいでしょうに、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます。」


 天気の良い今日は屋敷の庭でお茶をすることにした、様々な花が咲き誇る庭の中にあるこのガゼボは彼女のお気に入りだ。

アルバートともここでお茶をしたことがあるが、特に思い出もないということは本当にただお茶をしただけなのだろう。


 しかし、カイルにとってここは思い出深い場所だ、アルバートの護衛として以前は後方から二人を見ていた。こうして今向かい合って座っている自分がまだ本当のことに思えずにいる。ミラジェーンはつまらなそうにアルバートと少し会話すると、いつもそっぽを向いていた。アルバートもつまらないという態度を隠すことはせず文句ばかり言っている。

カイルには彼女がこんな扱いを受けていることに我慢ならなかったが、ある日の茶会で知ってしまったのだ。


 いつもの様に一言二言話すと、アルバートは不機嫌になりミラジェーンに冷たく当たる。


「まったく!時間の無駄だな。」

「あら、殿下はお忙しいですし…お茶の時間は必要ですよ。」

「…お前のような女といても時間の無駄だと言っているんだ!!」


 彼女はいつもの様にそっぽを向く、ちょうどカイルのいる場所からその顔が見えてしまった、扇子で口元を隠しているがその顔はとても嬉しそうだ、アルバートの心ない言葉に傷ついている訳でも、悪役令嬢の邪悪な笑みでもない。本当に嬉しそうに微笑んでいたのだ。


 カイルはその後も観察することにした、やはりアルバートが冷たくすると彼女は喜んでいる…? 悪役令嬢が王子に対しての冷たい態度、からかうような口調で…

わざとアルバートを怒らせて彼女に冷たくするように仕向けている? 

そう考えると色々とつじつまが合う気がする。


 彼女は冷たくされるのが好きなのだ!




 カイルはこんなことを思い出しながらミラジェーンに話しかける。


「ふっ…よくここでアルバート殿下とお茶をしてましたね。」


「…そうですね。」


(なんで知ってるのかしら? まだまだよく分からない男ね…。

でもアルバートの様に単純ではないのは確か…こちらがあれこれ考えても無駄ね。)


ふと庭の花に目を向ける、ちょうど好きな紫色のバラが咲いている。


「いつもそんな風に花を眺めていましたね、他に興味がないという様に。

私にも興味がありませんか?」


 ミラジェーンは我に返る、カイルの顔は少し寂しそうでいて初めて見る表情だ。

それでいて青いサファイアの様な澄んだ青い瞳は突き刺すように鋭い。

――ゾクゾク…

いつもの様に扇子で顔を隠そうと、テーブルの上に置いてあった扇子を取ろうとする、すると突然カイルが彼女手を止めた。


「その美しい顔を隠さないで下さい。」


ミラジェーンの手を握りニコっとする、その笑顔にますますゾクッとするがどうすることも出来ない、次の手は…などと考える余裕もない。


「は…離して…ください。」

「離したくないな、やっと手に入れたのに…。」

「そ…それは…出世のために…という意味で…?」


カイルは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに冷たい表情に戻る。


「…そうですね、…でも、こうしているとあなたを愛しているようでしょう?」


――ゾクゾクゾク…

カイルがギュッと手に力を入れて来る。

どんな風にすれば冷たくされるのか…次はどうすれば…何を言えば…

次は…次は…?今までずっとこんなことを考えていた…。


 でももう何も考えなくても良いのだ、この男に対してあれやこれや考えても無駄なのだ、天使の顔をした悪魔なのだわ、きっと…。

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