第3話 素敵な野心
怒涛の婚約破棄から一夜明けると、様々な噂が飛び交っていた。
(あんな悪役令嬢、婚約破棄されて当然だ…。)
(なんでも…マーガレット令嬢を殺害しようとしたとか…。)
(なぜ処刑されない?)
(それにしても、カイル殿はなぜ…?)
(あーん…カイル様、お優し過ぎます…きっとあの方なら誰でもお助けするわ。)
ミラジェーンはこんな噂はどうでも良かった、一番の心配は修道院と騎士様。
婚約破棄の出来事を聞いたミラジェーンの父・アントワース公爵はすでに行動に出ていた。国王に婚約を白紙にするように伝え、愛する娘ミラジェーンを守るためにマーガレット令嬢が言う事実の有無を明確にするために証拠集めを始めていた。
こんなにあやふやな情報でミラジェーンに危害を及ぼせることはない、とすでに確証は持っていた。
しかし、娘が婚約破棄になったのは事実。これからミラジェーンの身の振り方を考えなくてはならない。
アントワース公爵が気になるのは、もちろんカイル近衛騎士副団長だ。
何か裏があるのか?ただ本当にミラジェーンを愛しているのか?全く分からない。
今後、娘に幸せな縁談話が来るのは難しいだろう、条件の悪い縁談を受けるのも忍びない…。それならば、この話受けるべきか?
噂の中心のミラジェーンは、今どうしたら良いか決めかねていた。
目の前にいるのは、大きなバラの花束を持って微笑むカイル。相変わらずの天使の微笑みだ。彼女の家族もどうしたら良いものか…、固まっている。
それぞれの思惑が交差する中ついにアントワース公爵が口を開く。
「オホン…、今日はよくお越しくださった。…では、要件を聞こうか。」
「突然の訪問を受け入れてくださり感謝します。
居ても立ってもおられず…単刀直入に言わせて頂きます。
ミラジェーン・アントワース公爵令嬢に求婚する許可を頂きに参りました。」
キラキラの微笑みにミラジェーンの母親と妹は倒れそうになっている。
「…あ、え…っと、ご存じでしょうが娘は昨日婚約破棄をされ、心が弱っております。それで、急にこの話…少々困惑しておりまして…。」
「…はい、それは承知しております。私はこんな時だからこそ彼女の側にいたいと…私などが許されるならば…機会を頂けないでしょうか?」
「…うむ…。 こちらとしても娘には幸せになってもらいたい。
ミラジェーンの意思が一番大事だが、君はこのミラジェーンを幸せに出来るのか?」
「はい! 私は近衛騎士としてお嬢様を近くでずっと見てました。誰よりも幸せにする自信があります、愛しているんです。」
ミラジェーンはこんな言葉がスラスラと出て来るこの男に感心すらしていた。
ただ哀れな令嬢を助ける役のためにここまで出来るとは…他にも目的が?
もしその目的がミラジェーンが恐れているものだとしたら?
ミラジェーンはいたぶる側にはなりたくない…。しかし、昨日のあの一瞬の冷たさがこの男の本質だとしたら?ミラジェーンはついに口を開く。
「…では、お父様、少しカイル様とお話をする時間を頂いてもよろしくて?」
「そうだな、二人で話した方が良いな。
カイル殿、私どもはミラジェーンの判断に任せることにします。ミラよ…自分のことだけを良く考えてお返事するんだぞ。」
二人で庭に出て話をすることにした。
庭のバラが見事に咲いている。ミラジェーンはバラの花が好きだ、紫のバラが一番好きだ…そう言えばカイルが持ってきたバラも紫色だった。
「それで…本当に私との結婚を…?」
「はい、もちろん。あなたを愛しているのです。」
「まぁ…白々しいこと…。」
キッと睨みつけてから、今のはまずかったかしら?まだこの男がどういうものを好むのか分からない…気を付けなければ…。
カイルは相変わらずの微笑みでこちらを見つめている。
「それで?あなたの言う役のためには愛のない結婚も厭わないと…?」
「実は、近衛から第一騎士団の方への移動を考えてましてね…。出来たら高い位置に行きたいのですよ。」
第一騎士団は高位貴族で構成されている、いわばエリートの集まり。
しかし、こうもあっさり出世のためと明かされてしまうとは…。
「第一騎士団団長の座はもうすぐ空きますものね、そこへちょうど良く私の夫の肩書が手に入る好機がきた…と。」
「騎士団の内情もご存知でらっしゃるとは…。
まぁ、あなたがいないのなら宮中で近衛にいる意味などありませんから。」
とってつけた様に…! 全く…なんて男なの…。ミラジェーンは顔に出さないように必死だ。
「そうね…。その野心、嫌いじゃないわ。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「では、この話進めて貰って構わないわ、私も煩わしさがなくていいわ。」
一瞬カイルの顔がパッと明るくなった、計画がうまくいって嬉しいのだろう。
しかし次の瞬間には表情は冷たくなり、ミラジェーンを氷の視線で見つめる。
「私の妻になってくれるのですね、夢の様だ。
あなたは私の存在すら知らなかったですからね…いつも近くにいたのに…。」
え⁈
そりゃあ、今まで近衛騎士の存在なんて気にもしていなかった。
しかもこの男の優しい顔は全く興味がない…近くにいたような…?おぼろげだ。
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