第15話 レオンハルトの決意
私はレオンハルト王太子殿下の自室にいた。
「いよいよ明日の議会で承認されるのですね」
「そうだな。まあ、議会では形ばかりの手続きを踏むだけだから、問題ないだろう。反対派もなんとか抑え込めた」
レオンハルト殿下は自信ありげな笑顔でこちらをみている。
明日でこの生活にも終わりがくる。議会で就任が決まれば、正式に王位の移譲手続きは終了する。私はきちんと役目が果たせたという満足感と共に、少し寂しさを感じていた。
婚約破棄されたとき、自分はたった一人で生きて行くしかないと思っていたのに、こんなに自分が必要とされるなんて思いもしなかった。ただ不吉なだけの自分の能力がこんなに役立つ時が来るなんて考えもしていなかった。
明日は笑顔でこの別荘から去っていこう。
「右手は大丈夫。辛くないかい」
「大丈夫です。少しずつ動くようになってきましたから」
右手の動きはこの一週間くらいでだいぶ回復していた。まだ、感覚は十分戻っていないので、動きはぎこちないけど、ある程度大まかな動きはできるようになっていた。
「色々、お世話をかけました」
私がそういうと彼は不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「こちらの方が助けてもらっている。それに何度も。君には感謝しても、感謝し足りないくらいだ。それに、どうして、もうこれで終わりみたいなことを言うんだい?」
私は首をゆっくりと左右に振った。
「どこかで、また会うことがありましたら、その時は声をかけてくださいね。いろいろありましたけど、とても楽しい思い出をありがとうございました」
寂しさと切なさが私の声を少し振るわせていた。涙がこぼれそうな気がしたので、私は頭を下げると立ち上がり部屋の窓の方に歩いて行った。外を見ると星空の中、大きな満月が一際明るく輝いている。
すると背後から殿下の気配がした。そして振り向く前に後ろから抱きすくめられた。
「僕の元から去るなんて言わないでくれユリア。せっかく、自分の理想の人を見つけたって言うのに…… その毅然とした佇まい、正しく強い意志を持っていて、頭脳明晰で、とても献身的で、そして、誰よりも美しい。もう君みたいな人は僕の前には現れないだろう。君を愛しているんだ。絶対に離したくない。どうかわかってくれないか」
私はそのたくましい腕に抱かれ身動き一つできなくなった。優しさと暖かさに全身が包まれ、殿下の愛おしい気持ちが伝わってくる。せっかく笑顔で別れようと思っていたのに、その決意がグラグラと揺らいでしまう。でも私はピンと背を伸ばし、毅然として答えた。
「自分が今まで人からこんなに必要とされたことはありませんでした。だから、殿下には本当に感謝しています」
「それなら、なぜ?」
「怖いのです。私は未来が見えるのが怖い。何より自分が愛した人が不幸な目にあう未来を見るのが辛い。いくら避けようとしても避けられない未来もあります。その時、自分を責めるのです。何もできなかったじゃないか、どうして助けてあげられなかったんだと。だから、私はこれからも一人で生きていくつもりです。誰の不幸も見ることはないし、自分に起きることだったら諦めがつきますから」
「それは違うよ。ユリア。たとえ一時的に不幸が起ころうとも、もっとずっとずっと先に、望んでいる未来があるかもしれないじゃないか。たとえ、足元が目の前の泥で汚れてしまっても、その先に向かうべきところがあるなら、突き進むべきじゃないのか」
私はハッとして、彼の方を見た。
「僕は決心したんだ。明日議会の就任式の後、晩餐会が開かれる。そこで、継母を告発するつもりだ」
私は驚いて彼の顔を見た。彼は何かの決意をしている顔をしていた。
「僕はずっと悩んでいた。身内のゴタゴタでみんなが不幸になるくらいだったら、僕が一時期我慢していればいいのではないか。うまくやり過ごしさえすれば、いいんじゃないかってね。最悪な場合でも自分が暗殺されるだけで済む。いっそのことその方が楽かもしれないってね」
「そんな……」
彼がそこまで深刻に考えているなんて思わなかった。
「本当は怖かったんだ。楽しかった思い出を壊してしまうのが。そして、継母は僕を最初から愛していなかったって知ってしまうのが怖かった。継母は黒幕なんかじゃないとも思いたかった。だから、継母のことはこれ以上追求せずにやり過ごそう、王位に就きさえすればなんとかなると思っていた。でも、それは大きな間違いだったんだ」
彼は私を見つめて言った。
「君があんなことに巻き込まれるなんて思いもしなかったんだ。僕のせいだ。全て僕の判断が悪かったんだ。君が意識を失っている時、もしこのまま君が死んでしまったら、どうやって償えばいいんだろうと思っていた。後を追って死のうかとも考えていた。僕は目先の不幸を回避するために、大きな過ちを犯してしまった。どうしようもなく臆病だったんだ。だから、もうこれ以上過ちは繰り返さない」
「殿下……」
「明日で継母と決別する。そして、君を王妃として迎えたい。たとえこの先どんなことが起ころうとも、僕は必ず乗り越えてみせる。絶対に幸せにするから、僕をもう一度信じてくれないか」
少し先の未来の、さらにもう少し先へ。
私たちは未来へと足を踏み出すことに決め、月明かり下、長い長い誓いのキスをした。
◇
当日、私は落ち着かない気持ちで別荘の部屋にこもっていた。
彼は今日、全ての決着をつけると言った。晩餐会のその席で継母の悪事を暴くつもりだと。
『大丈夫?』という私に、『ちゃんと対策は考えている。最後は君の力を借りず、自分の力で決着をつけたいから』と言っていた。
彼の継母ベルタ・ネッツァーは第二王子オスカー・ネッツァーに王位を継がせるため、陰で相当な運動をしていた。だが、レオンハルト殿下にはこれと言って問題があるわけではなく、むしろ評判は高いくらいだった。多数の貴族からも支持されている。王位継承は間違いなく議会で承認されることだろう。
ベルタ王妃は今日になる前に彼を暗殺するしか方法はなかったのだ。そして、王太子殿下は無事に乗り越えた。彼は継母ベルタに勝負で勝ったのだ。たとえ、晩餐会での告発がうまくいかなくても、王になってしまえば彼は勝利することができる。あとは、ベルタ王妃から権力を奪い去り王宮から遠ざけてしまえば、それで終わりになるはずだった。
それでも私の漠然とした不安は消えることはなかった。私はただ、不吉な予感が消え去ってしまうよう、そして、自分に悪い未来のイメージが浮かんでこないように、ひたすら神様に祈っていた。
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