第14話 謝罪

 気づくと、私はベッドに横たわっていた。


 そして、目が覚めて事情がよくわからないまま、周囲を見渡した。レオンハルト殿下がそばの椅子に座って目をつぶっていた。そして、私が目覚めたことに気がつくとすぐに私に抱きついたきた。


「ユリア、良かった」


(え、ちょっと、ちょっと待って……)


「すまない、本当にすまない。こんなことになるなんて。全て僕のせいだ。僕が意地を張ったばかりに、取り返しのつかないことをしてしまった」


 彼の思いの外ぐいぐいと強く抱きしめてくるので、私はびっくりして思わず押し返そうとした。その時、右手に痛みを感じた。


「いたっ」


 レオンハルト殿下はすぐに私を離した。


「あ、ごめん」


 殿下が離れた後も私の胸の鼓動が止まらなかった。しっかりと抱かれた感触がまだ残っている。私はふと右手を見てみると、包帯が右の前腕から手の先まで厚く巻かれてあった。


「治療はもう済ませてもらったけど、治るまでには少し時間がかかると言われた」

 彼はすまなそうな顔をしてそう言った。


 私はまだぼんやりとしていたが、徐々に記憶を取り戻してきた。


「そうだ、あの時……」


 猛然と突っ込んでくる馬車に跳ね飛ばされたところを思い出して、今更ながら怖くなって体が震えた。


「あれから、別荘に連れて行って、そこで、医者を呼んで治療してもらったんだ。右手がだいぶ痛んでいたけど、時間が経てば良くなるって言われた。馬車に轢かれて、この程度のケガで済むのは奇跡的だって。でも、頭を打っているようだから、目が覚めるまでは用心しなさいって言っていた」


 レオンハルト殿下は心配そうにこっちを見ている。


「殿下がご無事で何よりです。私はもう大丈夫ですから」


「君がもう目覚めないんじゃないかと思って気が気じゃなかった。僕のせいで君に酷い目にあわせてしまった。本当にすまない」


「そのようなことを言わないでください。殿下の命が助かったことだけで、私は嬉しく思っていますので」


「これからはゆっくりしよう。僕も外出は控えるよ。君もしばらくはここでゆっくりしていくといい」


 彼の目は赤く充血し、涙を流した後のように見えた。


 ◇


 どうやら、かなり幸運だったらしい。確かに肩から先は感覚が失われていて、自分では思うように動かせないけれど、お医者様には即死していなかったのが奇跡だと言われた。


 学校のすぐそばの事故だったので、応急処置も速やかに行なってもらい、別荘でもすぐに治療を受けられたのが良かったのかもしれない。


 今は三角巾で右腕をつっている。先生には1ヶ月くらいで治るから、毎日右手を少しずつ動かしていきなさいと言われていた。


 しかし、ちょっと困ったことが起きていた。


 ◇


「はい、アーン」


「あの、レオンハルト殿下」


「何」


「私、左手は使えますので、お気遣いしていただかなくても大丈夫です」


 私の目の前にはお皿がいくつかあり、一口サイズに切られたお肉や野菜、別皿にはパンが乗っている。私の横にはレオンハルト殿下がいて、スープをすくったスプーンを持って待機していた。


「あつくないように、さましているから大丈夫だよ」


「えー、ですから、私がその、困るんですけど……」


 あれから、すっかりレオンハルト殿下は変わってしまった。何かと私の面倒を見ようとするのである。


 私を喜ばそうと、あれこれといろんなことをやろうとするので、あまりの殿下の溺愛ぶりに、最初はやんわりと彼に注意をしていた周囲の使用人たちも、今では、優しい目をして見守ってくれたり、気を利かせてその場からいなくなってくれたりする。


 ベッカー執事に至っては、あのレオンハルト殿下がついに心を開く相手が見つかったと泣いて感激していた。何か大きな勘違いをさせてしまっている。


 さすがの彼も王太子という立場なので、公務で書類を処理するときだけは自室に戻っているけれど、それが終わるとすぐに私の元にやってきて、いなかった時間を取り戻そうとより一層熱意を見せる。


 学校の方は休んでいたが、正直、行かずにすんでよかった。そうじゃなければ、あんな光景をみんなに見せびらかすことになってしまう。さすがにそれは恥ずかしすぎる。


 そんなある日、従者の二人が私の部屋を訪ねてきた。タイミング悪く、殿下が私の口にスプーンを入れているところを見つかってしまった。


「その、お取り込みの途中、大変申し訳ないのですが……」とジョヴァンニが少し申し訳なさそうにしている。


 ヴィクターは横でニヤニヤしてこっちを見ている。私は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたが、殿下は涼しい顔でこう言った。


「もう少し待ってくれないかな。今、いいところなんだから」


「いえ、その、大切な用事だったら、今でも大丈夫です」

 私はあわててそう言った。殿下は少し不満げな顔をしている。


「いえ、その……」


 ジョヴァンニは少し口ごもりながらもこう言った。


「ユリアさんには大変、申し訳ないことをしたと思って謝罪に来たのです」


「なんだ、そのことか」殿下がいうと、


「いつも殿下がお部屋にいらしているので、なかなかタイミングが掴めなくて」

 ジョヴァンニは私に頭を下げてこう言った。


「我々のミスで、こんなことになってしまったなんて。大変申し訳ありませんでした。助けが遅くなりユリアさんがこのような怪我をしてしまった。なんてお詫びをして良いか分かりません」


「大丈夫です。殿下は無事だったので私は満足しています。それに私たちはチームで殿下を守っているのです。だから、今回の件は私にも責任があります。そんなに自分を責めないでください」


「それに、今まであなたを信じていなかったことも、私は悔いているのです。これまであなたに嫌な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」


再びジョヴァンニは頭を下げる。


「ジョヴァンニさんはしっかりと、自分のお役目を果たしているのだから、何も謝ることはありません。私は何も気にしていません」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 ジョヴァンニは感激のあまり少し涙目になっていた。


「だからよ。俺は言ったじゃねえか。もっとユリアさんを信じてあげろって」


 ヴィクターはジョヴァンニの肩を叩きながらこう言った。


「あともう一ヶ月を切りました。これからもみんなで殿下を守っていきましょう」


 皆がうなずくとレオンハルト殿下も嬉しそうに笑っていた。


「それにしてもよ。こんなに殿下とユリアさんが仲良くなるとはな。だが、一線だけは越えるなよ。何かあった時に助けに踏み込めなくなるからな」


ヴィクターがとんでもないことを言っている。


「ありません。絶対にありえませんから」


 私があわてて強く否定すると殿下はこう言った。


「そんなに強く否定しなくても……」


「あ、すいません。その、今は大変難しい時期なので、その……」

 私がこう言うと、みんなは笑っていた。


 こんなに打ち解けあうなんて思っても見なかった。あともう一ヶ月もないのが少し寂しい気がした。とにかく今の事態を乗り切って無事に殿下を王位に。そして、全てが解決しますように。


 私は祈るようにそう願った。

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