第12話 従者たち
それから、ここ一ヶ月というもの、とても忙しい日々を過ごした。
その間、何度が襲撃を受けたけれど、私の能力で未然に防ぐことができた。
レオンハルト王太子殿下は王立学校に行くだけではなく、公務であちこちと外出することがあった。だから、私もその度に連れて行かれることになる。
当然、外出すればするだけ隙ができる。相手からすればどこからでも狙うことができるのだろう。特に馬車から降りて、建物などに入るまでの間が一番多かった。
馬車から降り際に矢を打たれるとか、沿道にいる哀れな物乞いが実はナイフを持っているとか、ひどい時は建物にいる守衛がいきなり襲いかかってくる時もある。
イメージが浮かんだら、すぐに、従者のジョヴァンニとヴィクターにこれから起きる出来事を教えることで、何事も未然に防ぐことができた。
もちろん、未然に防いでいるので王太子殿下は無事だったけど、毎回、嫌なイメージはしっかりと頭に浮かんでくるので、とてもしんどかった。
働いてみてよく分かったが、結構従者の二人は優秀なようだった。連携も取れているし、動きも素早い。あの時に失敗したのは、どうやら、それまで王立学校内では一度も襲われたことがなかったこと(人が多い場所の方が襲われやすかったとのこと)、殿下の取り巻きが結構いて、その対処に気を取られてしまったからだったようだ。
その辺りの事情は、だんだんと仲良くなっていたヴィクターの方から話を聞いた。ヴィクターは意外と気さくな人柄だったので、打ち解けるまで時間が掛からなかった。相変わらず、ジョヴァンニの方は必要な時以外話をしてくれないが、それでも、積極的に協力してくれているので、少しづつ信頼を勝ち得ているようだった。
多分、私の能力を何度も目の当たりにしたので、彼らも納得してくれたのだろう。
◇
今日はレオンハルト殿下が有力貴族たちとの会議に出席するのに同行した。私たち三人は、もちろん会議には加われないので隣の控室にいる。部屋の中では私とヴィクターは椅子に座っていて、ジョヴァンニは窓際で外をみていた。
「レオンハルト殿下はすごいですね。あれだけ、危ない目にあっても全く屈する様子がないのですから」
私がそういうと、ヴィクターがうなずいた。
「殿下はああ見えて、なかなか肝が据わっている。まあ、俺たちはその分、大変になるんだが」
「そうなんですか」
「ああ、ヒヤリとしたことは何度もある。運も良かったのかもしれない。なあ、ジョヴァンニ」
「少しは黙っていろ、ヴィクター」
ジョヴァンニはこちらの方を向くことなくこう言った。
「へいへい。まあ、今まで綱渡りのようにやってきたことを思うと、最近はすごい楽だ。ユリア嬢ちゃんのおかげだな」
「私はそんなには貢献していないです。直接、殿下を体を張って守っているわけではありませんし」
「まあ、謙遜するなって。事前に何が起きるか分かっているのは相当なアドバンテージだ」
「事前に全てわかるわけではありませんし、タイミングが間に合わないこともあります。だから、ヴィクターさんやジョヴァンニさんが身を挺して守っている方が大きいと思います」
「まあ、役割分担ってところかな」
ヴィクターはニヤリと笑っている。
「やっぱり命の危険にさらされていたからだったんですね。私もっと、レオンハルト殿下は冷たい人だと思っていました。直に接してだいぶ印象が変わりましたけど」
私はレオンハルト殿下が王立学校内で笑っている姿を見たことがなかった。以前から彼はクールなことで有名で、女性に対して冷たい態度をとり、浮いた噂をひとつも聞いたことがなかった。もしかしたら、彼が今までそう言う態度をとってきたのは、常に命の危険にさらされていたからなのかもしれない。
「いや、最近明るくなったのは、多分、嬢ちゃんのせいじゃないか。最近だぜ。よく冗談を言うようになったのは」
「え、そうなんですか?」
「なあ、ジョヴァンニ」
「……子供の頃はもっと明るく快活だったんだ。あの毒母のせいで殿下は心を開かなくなった。俺はあの女を許すことはないだろう」
ジョヴァンニは怒りの表情を浮かべていた。
「まあ、熱くなるなよ。とにかく、あと二ヶ月を乗り切れば、なんとかなるんだからさ」
ヴィクターがそう言ってジョヴァンニをなだめている。しかし、王になったからと言っても、相手は王妃である。そう簡単に解決するのだろうかと私は思った。
◇
別荘に戻った後、私は王太子殿下の部屋に訪ねて行った。彼はすぐに入るようにと言い、部屋に通された。
椅子に座ると彼は対面に座り、話しかけてきた。
「今まで、本当にありがとう。おかげで命拾いできている。君には本当になんて言っていいかわからないくらい感謝しているんだ」
彼は机の上にたくさんの書類が置かれてあった。
「たまたまだと思います」
「たまたまなもんか。君は本当に素晴らしい女性だ。もちろん能力だけじゃない。頭脳も明晰で的確な指示もできる。とても心強く思っているんだ。君がいなければもうとっくに僕の命は無くなっていたかもしれない」
私は少し戸惑ったが、話を切り出した。
「殿下、これ以上危険を犯すのは良くないと思います。そろそろ、外出は控えた方がよろしいのではないですか?」
レオンハルト殿下は少し考えてから、こう言った。
「そうもいかないんだ。何しろ、有力貴族たちと関係を持ち続けないと、こちらの派閥が不利になってしまうんだ。味方は多いに越したことはないしね。それに、王太子がきちんと公務をしないと、敵につけ込まれるかもしれない」
「ですが、就任が決まるまであと二ヶ月を切っています。今さら、オスカー殿下の派閥が巻き返しすることはできないのではないですか?」
「すまない。本当にすまない。君には迷惑ばかりかけているのは分かっているんだ。ただ、僕にも意地がある。これ以上逃げるわけには行かない」
殿下は意志の強い目をして、こちらを見据えている。
「分かりました。私も力になれるように精一杯頑張ります」
「ありがとう。本当にありがとう」殿下は私に向かって静かに頭を下げた。
きっと、殿下には何か私には言えない事情があるのだろう。ここまで信頼されている。とてもしんどいけれど、私は最後までやり抜く覚悟を決めた。
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